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ガチャ27 普通の大人

 キーボードのエンターを強めに叩き、ディスプレイに映る内容を簡単に見返してデータに不備がないことを確認する。仕事の区切りにキーを強く叩くのは、止めようと思っていても気を抜くとついついやってしまう昔からの癖だった。

 もしも若かりし頃の自分にアドバイスが出来るのなら、インターネットはほどほどにするよう忠告したい。勢いに任せて何でも出来てしまうのが若さであり、インターネット越しの無責任な他人はそんな若者を騙して楽しんでいるのだから。


「先輩、今日はあがりですか?」

「今日中の仕事は片づいたからな」

「俺もあがれますけど、このあと一杯どっすか?」

「悪い、嫁と娘が飯作って待ってるんでな」

「先輩いつもそれじゃないっすかー」


 すまんすまんと笑いながら背中を叩く。ぶーぶーと文句を言っている後輩だが、それは本気で言っているわけじゃない。なんだかんだで最後は、しょうがないっすね、笑いながら諦める。これは毎週金曜日のルーチンになっていて、言ってしまえばキーボードの押し方同様、癖のようなものなのだろう。

 飲みに誘われること自体は嫌いじゃないし、誘ってくれた後輩とは何だかんだで結構長い付き合いのため、毎回毎回断っているのは少々罪悪感を感じるところでもあるが、だからと言って俺の帰りを待っている家族を放置するわけにもいかない。


 大人には優先順位というものがある。

 子供の内はうまく扱えなかったそれも、経験を積んで、世の中を知ることで、自分に適した順位を付けられるようになる。


 俺にとって最も大切なものは家族だ。

 もちろん友人や仕事の同僚だって大切で、それらをないがしろにしていいというわけじゃないが、彼らとの関係に気を使うあまり家族を悲しませては本末転倒。


 大人はやるべきことを間違えない。


 俺は愛する家族の待つ我が家へ帰るため、今日も人混みに押しつぶされながら電車を乗り継いだ。







「おかえり~」

「おかえりー!」

「ただいまー」


 3年前に建てたばかりの我が家へ帰ると、のんびりとした可愛らしい声と元気一杯な大声が俺を出迎えた。その大声に負けないようにとはさすがに言わないが、キッチンに聞こえるくらいの声量で返事をする。

 続けてドタドタと廊下を走る音が聞こえ、小学2年生の俺の娘、三咲真が飛びついてきた。


「パパー! おみやげはー!」


 がしっと俺の体に捕まった真は、目を輝かせてそう叫んだ。もしもドアが開けっ放しだったら、ご近所中に聞こえそうなほどの大声。間近でその大声攻撃を受けた俺は耳がキンキンと痛くなった。


「なんだと思うー?」


 しかし顔を歪めたりはせず、笑顔で話しかける。子供がうるさいのは当たり前で、自分たち以外に迷惑をかけていないならむしろ元気があっていいことだ。


「えっとねー! ケーキ!」

「正解! 今日は駅前のケーキ屋でケーキを買ってきたぞー!」


 我が家では週に一度、金曜日の仕事帰りにお土産を買って帰るようしている。そういう日常の中のちょっとしたイベントが、子供の思い出を鮮やかに彩ってくれるのではないかと俺が思っているからだ。

 子供の頃の思い出というのは成長しても中々忘れないもので、充実した子供時代を過ごせたかというのはその後の人生に大きな影響を与える。だから俺は、楽しかった思い出が沢山になるよう努めている。


「わーい! まことケーキ好きー! パパありがとー!」

「パパも真が大好きだぞ!」


 俺にしがみつきながらすりすりと頭をこすりつける真を撫でてやりたいところだが、カバンとお土産で両手が塞がってしまっているため身動きが取れない。

 それに、しがみつかれているのが段々きつくなってきた。ちょっと前まで真を背負おうが抱っこしようが余裕だったのに、時の流れは速いものだ。俺の体が衰えたわけではなく、真が成長していることが原因だと信じたい。


「ほら真~、ずっとそうしてたらパパ疲れちゃうでしょ。ごはんできたから、机に並べてくれる?」


 真に遅れてやって来たのが、俺の妻の三咲優子。おっとりしているがしっかり者で、ついつい真を甘やかしてしまう俺とは違い、叱るべきところではしっかりと叱れるお母さんだ。ついでに俺も叱られるのだが。

 優子とは社会人になってから共通の友人の紹介で出会い、意気投合して何度か一緒に出かけたりした後に、俺から告白して交際が始まった。

 俺たちはお似合いのカップルだったと思う。一度の喧嘩もしたことがないとまでは言わないが、喧嘩してもしっかり仲直りして、3年の交際の末に籍を入れた。

 それからは辛いことも楽しいことも二人で分け合って、真が生まれてからは家族三人仲良く暮らしてきた。


 俺はたぶん人生の絶頂期にいるのだと思う。


「はーい! あっ、ケーキしまうね!」

「おっ、じゃあお願いしようかな。真は偉いなー」


 俺の体から飛び降りた真がケーキの箱を受け取って頭を差し出して来たので、お望み通りわしゃわしゃと撫でてやる。


「うわー! パパにボサボサにされたー!」


 楽しそうにキャーキャー騒ぎながら駆けていく真。その後ろから優子が、走らない、と注意すると、早歩きになってリビングに入っていった。


「お疲れさま、パパ」

「ママもお疲れだろ?」


 真が見えなくなったところで、軽い抱擁を交わしてお互いを労い合う。


「いつものことだもん。それに、真を見てるのは楽しいから」

「そりゃそうだ。なんせ俺たちの娘だからな」


 何だかんだとお小言を言っても、優子だって真が好きなのは当たり前だ。出来ることなら俺だって一日中真を見守り続けたい。学校があるから優子も一日中見守っているわけじゃないが、俺だったら学校に忍び込んででも見守る自信がある。


「ほら、とりあえずパパは着替えてきて。ご飯の準備終わらせるから」

「ありがとう。すぐに行くよ」


 一階にはリビングとキッチンの他に、トイレと風呂、それから寝室がある。2階には一応子供部屋があるが、今は家族三人で寝室で寝ているためほとんど物置と化している。

 スーツや部屋着は寝室に置いているから、着替えるために寝室へ向かう。


 ここまではいつも通りだった。


 ただ、この日はいつもより少しだけ感傷的な気分になって、ふと考えてしまった。


 こんな幸せな日々がいつまでも続きますように、と。


 誰に向けたわけでもないこの祈りが、俺たち家族を引き裂くことになるなんて、この時の俺は思ってもいなかった。

絵にかいたような幸せな家庭ですね

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