ガチャ23 神剣の勇者
幾何学的な黄金の魔法陣が地面に現れ、ほとばしる稲妻のエフェクトと共に、まばゆい光を発した。でもそれはほんの一瞬のこと。魔法陣も、稲妻も、光もあっという間に消え失せたその場所に、一人の男が立っていた。彼が、勇者。
真っ先に目に付いたのは、彼が握る大きな剣。刀身には波の模様のようなものが描かれていて、うっすらと青白く発光してる。たぶんあれが、神剣なんだと思う。
続けて全身を覆う鎧。イメージ的には西洋のフルプレートアーマーなようなものかな? 神剣のように伝説的な品物って感じじゃなさそうだけど、そもそも全身鎧なんて普通に暮らしてて見る機会がないから物珍しい。
最後に容貌。宝箱で手に入れたカードだったから、もっとアニメキャラみたいな恐ろしく整った西洋人みたいな顔立ちなのかと思ってたけど、平凡そうな日本人に見えた。
本当に彼が日本人なのか、どんな経緯でカード化してるのか、気になることはいくらでもあるけど、でも今はそれどころじゃない。
「仲間を助けて下さい!」
私はスマホ握ったままクオウを指さした。悪魔の外見は人間に近いけど、それでもどっちが敵かを間違えることなんてないはずだ。状況的にもそうだし、相変わらず悪魔からの敵意は垂れ流しだから。
勇者は、一瞬怪訝な顔をした。それはまるで、意味が分からないとでも言いたげな表情だった。ううん、正確に言うなら、言葉の意味そのものじゃなくて、そんなことを言われてもというような、困惑に近い感情が込められた表情。
カードで呼び出された助っ人なのに無条件で私たちを助けてくれるわけじゃないの!?
「任せろ」
勇者の反応を見て私は不安になったけど、それは杞憂だった。勇者は困惑しながらも力強く頷いて、悪魔に踏み出したから。
「えっ!? ちょっ!?」
驚きの声は、私があげたものじゃない。それは、あの無敵にも思えた悪魔が発した声だった。そこにさっきまでの余裕そうな雰囲気は少しもない。
それも仕方ないことだと思う。私だって、声には出さなかったけど驚きで目を見張った。
勇者はたった一度の踏み込みで悪魔に切りかかれる距離まで移動していた。まるでコマ送りみたいに。
気が付いたら勇者は剣を振り終わってた。振り下ろされた神剣を、私は目で追うことすらできなかった。きっとクオウでも反応することすらできないと思う。
強い。期待した通り、ううん、期待以上にとんでもなく強い。私たちとどれほど差があるのかわからないほど。
安心したの同時にぞっとした。あの悪魔がこんなところで出会っちゃいけないような怪物だってことがあらためてわかった。かろうじてとはいえ、悪魔は勇者の攻撃を避けたから。
「カスリでこのダメージ!! 君、強いなぁ!!」
クオウを守るように立つ勇者に対して、距離を取った悪魔が楽しそうに話しかける。さっきまでの悪魔は、道化のような態度をしながらもどこか気乗りしなさそうな様子だったけど、今は違う。まるで自分に相応しい遊び相手を見つけたかのように、声が弾んでる。
「猫が心配なんだ。悪いけど遊んでやる暇はないぞ」
猫? なんの話だろう? 猫を飼ってるのかな?
言っていることはよくわからないけど、勇者はあまり悠長にしてる暇はないみたいで、さっきと同じようにたった一歩で神剣の間合いに入り込んだ。けど、悪魔の方もそれを予想してたみたいでさっきよりも余裕を持って回避する。
勇者と悪魔は戦いながら段々私たちから離れていった。もしかしたら、勇者がそういう風に誘導してくれたのかもしれない。
あんなに重たそうな剣と鎧を身につけてるのに、どれだけ力が強かったらあんな動きが出来るんだろう。魔法職のステ振りになってる私じゃ多分無理だろうけど、クオウならそのうち出来るようになるのかな。
勇者と悪魔が目で見えなくなったところで、クオウは糸が切れたみたいに崩れ落ちた。とっくに限界だったんだ。本当は戦う力なんて残ってなかった。それなのに、気力を振り絞って立ってたんだ。
「クオウッ!」
私は急いで駆け寄って、仰向けに寝転がるクオウにポーションを飲ませる。
全身血だらけで傷だらけだけど、まだ息はある。だからこれで大丈夫だと思った。
「ボッッガフッ!!」
苦しそうにせき込み血反吐を吐くクオウを見て、回復が足りなかったのかと思った私はもう一本ポーションを飲ませた。だけど、回復しない。クオウは苦しそうせき込むだけで、体の傷も塞がらない。
「なんで!?」
下級のLv3を2本飲ませたからHPは全快してるはずなのに!?
そうだ、スマホで見れば……!
「――!?」
HPがどうなってるのか確認するためにパーティーの編成画面を見た私は、その表示に絶句した。
クオウのHPはすでに0になっていて、「状態異常:瀕死」と表示されている。さらにその横に243って数字が表示されてて、1秒ごとに数字が1減っていく。
「これ……!」
状態異常:瀕死という項目をタップすると、カウントダウンが0になるまでに状態異常を治療しないと死亡する、死亡したプレイヤーを復活させる手段はない、と表示された。この減っている数字がカウントダウンに間違いない。だとしたら、クオウは後4分で死ぬってこと……?
「クオウ! 死んじゃダメだよ! 死んだらダメだ!」
「ごふっ! ……ムツムィ、……すま……ない」
苦しそうにクオウが喋る度に、カウントダウンの数字がごっそり減っていく。あと、202秒。
「喋らないで! 死んじゃうからぁ!」
瀕死を治療する方法……! ヘルプには載ってない! ショップを見てもそんな薬とかないし、どうすればいいの!?
そうだ、魔法は!? 回復魔法とかないし、それっぽいのはないの!?
あっ! あった! 蘇生の奇跡!
説明には、状態異常:瀕死を治療する奇跡って書いてある。Rスキルだけど、ポイントは暴れ坑道狸を倒してから使ってない。取得できる!
「取得できません」
蘇生の奇跡を選択して取得しようとしたら、そんなメッセージが機会音声で流れた。
なんで!? ポイントは足りてるのに!?
時間がない! 時間がないんだよ!
「そうだ! 上級ポーションなら!!」
中級ポーションは欠損を治療するポーションだった! ポーションごとに違いがあるなら、上級ポーションは瀕死の治療ができるんじゃないの!? もう可能性に賭けるしかない!
上級ポーションはショップに置いてない。交換を見ても出品されてない。だったら手段はもう、一つしかない。
ガチャだ。
「ガチャはアイテムも出る……! これなら!」
「もう……いい……。もういいんだ……、ムツムィ……」
「よくない!」
いいわけない!
一人で不安だった! 怖かった!
クオウは傲慢で、独りよがりで、自分勝手だったけど……!
ずっと私を守ってくれたんだ! ムカついたりしてたけど、でも安心もしてた! だから私は……、戦えなくならないように、一人になろうとして……。
私はバカだ。カッとなって、後先なんて考えてなくて。
「本気じゃなかったの! クオウが死んでもいいなんて本当は思ってなかった! だから、死んじゃダメだよ! 私を一人にしないでよぉ!」
「すまない……。……これで私は……貴族のまま、私の……まま……終われ……る……」
終わらせない! 誰が貴族のまま死なせるもんか! 絶対に助けて、これでもかってくらい文句を言って、これからは二人で戦うんだ! 二人で戦い抜いて、笑って帰るんだ!
保有ポイントは400。中級ポーションがLv1だから、上級がそれより低いってことはないはず。たぶんSRだ。なら回すのはレアガチャ。チャンスは2回。
お祈りしてる暇なんてない。画面を開いて即座に回す!
「出ろ! 出ろ!」
出てきたのは銀色のカプセル。中身はRの魔法使いのクラスカードだった。
クラスカードってなに!? 説明を読んでも蘇生のこととかは書いてない。ハズレだ!
がっかりしてる暇はない。編成画面は閉じたから正確にはわからないけど、カウントはあと1分くらいのはず。
「お願い! お願いします!」
神様でもなんでもいい! お願いだから、クオウを助けて!
「お願いだから……!」
2回目のガチャ。出てきたのは、銀色のカプセル。
中身は、Rの大魔法使いの大杖。
装備カードで、当然、蘇生効果なんてない。
大声をあげて、みっともなくわんわんと泣きたくなった。だってもう、私に出来ることなんてなにもない。ただ、仲間が死んでいく横で泣き喚くことしかできない、そんな無力な人間だから。
これまでの私なら、もう諦めてたかもしれない。
それどころか、そもそも期待した結果が得られないことを怖がって、最初から何かしようなんて思いもしなかったかもしれない。
こんなに頑張って、こんなに望んで、それを裏切られるのは辛いから。
悪い癖。簡単には変えられないと思ってた、私の呪い。
でも、それでもまだ、諦めたくなかった。
決意したから?
そうかもしれないけど、でもそれだけじゃない。
ただ単純に、私がクオウともっと一緒にいたいから!
二人で生き抜いて、本気でぶつかり合って、それで……!
「まだ、なにか!!」
何かないかと探すために、ガチャの結果を表示している画面を閉じた。まさにその時だった。さっきまで、私のスキルポイントは400だった。間違いなくそうだった。2回レアガチャを引いたから、もうポイントは残ってない。そのはずだった。
だけど、今、ガチャのページに戻ってきたら300ポイントになってた。なんで? 間違えてノーマルガチャを引いた? いや、そんなわけない。間違えないようにちゃんと確認したし、そもそもノーマルガチャでRが2回も出るなんてありえない。
この300ポイントは急に増えた。間違いない。なんで? そんなことはどうでもいい。
回せ。もう時間がない。
「いいから出せよ! クソ運営があああああ!」
今までの鬱憤を叩きつけるように、力強く画面をタップした。
排出演出が今までと違う。金色の光がガチャガチャからあふれ出す。
軽快でやかましい音楽と共に排出されたカプセルは、金色。
中身は――
「上級ポーションッ!!」
早く! 早くっ!
説明には瀕死の状態異常を治療してHPを50%回復するって書かれてた。私はそれを確認したと同時に顕現化させて、まだ僅かに息のあるクオウの口に流し込もうとした。でもその直前に嫌な考えが脳裏をよぎる。
クオウはもう、喋ることも出来ない。息だって今にも止まりそうだ。こんな状態のクオウの口にポーションを流し込んで果たして飲み込めるの?
漫画で見たことある。そういう時は、口移しで飲み込ませるんだ。
恥ずかしいとか、本当に効果があるのかわからないなんて、言ってる場合じゃない。少しでも可能性があるなら、躊躇っちゃダメだ。
私のファーストキスは、水薬の味がした。
あっという間のフェードアウトですね




