ガチャ22 決意
私たちの話はいつまで経っても平行線で埒があかなかった。お互いに一歩も譲らないんだからそれは当然だ。
古今東西、立場の違う者の要求がぶつかり合って妥協点を探れない場合、最後は争いに発展して強い方が要求を通す。悪化する私たちの空気は、どこか一触即発のような危険性をはらみ始めていた。
「だからちゃんと説明してくれなきゃわかんないんだよ!」
「平民は黙って貴族の言うことに従っていればいいのだ!」
「そもそも私はあんたの世界の平民じゃない! そんなのあんただってわかってるでしょ!?」
「ええい、そんなことは関係ない! いいから付いてこい!」
「この――っ!?」
いつ爆発してもおかしくない私たちの言い合いは、だけどお互いの我慢弱さではなく外的要因で一度ストップすることになった。
突如けたたましく鳴り響くサイレン。その発生源は、私とクオウと持つスマホだった。
「規定の滞在時間を超えたため、徘徊する悪魔が出現します」
機械音声で語られた内容を理解できず、一瞬ポカンとしちゃったけど、すぐに気が付いた。
RPGなんかだと、同じエリアにずっと留まってレベル上げをしてると滅茶苦茶強い敵が出てくることがある。いつまでも悠長にレベル上げしてるじゃないっていう開発者の都合が反映された処刑人みたいな敵。
規定の滞在時間を超えたってことは、もしかして、そういう魔物が出現したってことかもしれない。
やばい。争ってる場合じゃない。
「クオウ! 話は後! 今すぐこの階層を離れないとマズイ!」
「何!? どういうことだ!?」
幸い来た道を引き返してから次の階層の扉まではそう遠くない。運悪く遭遇しなければ逃げられるはず。
いきなり走り出した私だけど、クオウも緊急事態だってことはわかってくれたのか捕まえるんじゃなくて単純に付いてきてくれてる。
1分も走らないうちに扉にたどり着いた。
「間に合った!」
私は勢いよく扉を開いて飛び込んだ。
いつもと同じように光の奔流に呑み込まれ、光が収まると森の中だった。クオウも隣にいる。なんとかなったみたいだ。
「はぁ……、助かった……」
脱力してへたり込む。
長時間滞在した結果出てくる敵って、適正レベルじゃ絶対勝てないくらい強いんだよね。
わざわざ階層ごとにレベルキャップを設けてるってことはそれがその階層の適正レベルなんだろうし、今の私たちでは多分勝てない相手だ。
本当に逃げられて良かった。
「おい、説明してもらおうか。どういうことだ?」
「え? あー、なんていうか――」
「こういうことさ」
「っ!?」
第三者の声。この場には私とクオウしかいないはずで、もしいるとしたら魔物!? でも人語を解する魔物がこんな早い段階で出てくる? 案外このダンジョンでは普通のことだったりする?
いや違う、これは、徘徊する悪魔?
すぐに状況を理解して立ち上がる。逃げきれたと思ったけど、逃げ切れてなかったってこと?
よくよく考えれば、第三階層にはそんなに長居してなかった。長く居たのは第二階層だった。それで滞在時間を超えたってことは、まさか徘徊の森全域で遭遇するってこと!?
「やあ、こんにちわ。僕が徘徊する悪魔だ」
前方にある樹の後ろから姿を現した悪魔に向かってクオウが咄嗟に切りかかった。だけど、全て禍々しい爪に弾かれてダメージを与えられてない。
私の時は寸止めだったのに、クオウが躊躇なく切りかかったのは、あの悪魔の雰囲気がどう考えても友好的なそれじゃなかったからだ。言葉こそ理性的で丁寧なように見えるけど、それで隠せないくらいの敵意がにじみ出てる。自分は敵だとアピールしているんじゃいかって思うほどに。
悪魔の見た目は凄く人間に近かった。身長は180cmくらいで全身に黒いベルトを巻いて服の代わりにしてる。全体的に肌が青白くて、不健康そう。
「君たちも運が悪いね。一応第一から第四階層を徘徊する予定だったから、よほど運が悪くなければ遭遇したりはしないんだけど……」
最悪だ。私が勘違いして急いだせいで遭遇したってことだ。
せめてもう少しだけ時間があれば、一戦何かの魔物と戦ってすぐに次の階層、多分ボス戦に挑めるのに……。
なんとか逃げながら他の魔物を探す? それでボス部屋に逃げ込む。この手の敵はボス部屋までは追ってこないって信じたい。
「出会ってしまったものはしょうがないね。さあ、力を振り絞って僕と戦おう! 大丈夫、僕を倒すまで他の魔物は出てこないから、気兼ねなく戦えるよ!」
なんだこいつは私の心でも呼んでるのか?
魔物が出てこないんだったらこいつをどうにかしないといけない?
私たちに倒せるの?
「見逃して下さい!」
「ごめんね、僕も仕事なんだ。申し訳ないけど、僕に勝つ以外に道はないよ」
「ごちゃごちゃとぉ! ウォーターウィップ!」
悠長に会話しながら全ての斬撃を防ぎきった悪魔に対して、近接戦は分が悪いと判断したのか、クオウは距離を取って水魔法を放った。
「おっと」
悪魔が手を前にかざすと、半透明な円形のバリアみたいなものが出てきて、ぶつかった水の鞭を消滅させた。魔法を無効化するスキルのようだ。
でも、わざわざスキルを使って防いだってことは魔法の攻撃は食らいたくないってことだ!
どうしようもないなら戦うしかない!
「アースランス!」
「ファイアボール!」
クオウのアースランスをジャンプして避けた悪魔に、私はファイアボールを放った。空中でなら避けられない。だからバリアを使うはず。
「エアスラッシュ!」
目論見通り、悪魔は右手の前にバリアを発生させた。これで、一つ腕は塞がった。
続けてもう一発、ファイアボールよりもスピードの早いエアスラッシュを放つ。これで、二つの魔法が同時に着弾する。
「アースランス!」
悪魔はファイアボールを防ぐのに右手を、エアスラッシュを防ぐのに左手を使ってるから、悪魔の足下から直接発生するアースランスを防ぐ手段はない!
「おお! やるなぁ!」
たしかにアースランスは悪魔に直撃した。だけど、ぶつかったアースランスの方が砕けてちっただけで、悪魔は痛くも痒くもないとでも言いたげに感嘆の声を上げた。
攻撃は通せても、どれだけダメージが入ってるのかさっぱりわからない。今の一撃はHPを減らせたの? 魔法を嫌がってるように見えたのはブラフ?
本当に勝てる?
「はぁ!」
「アースハンド!」
私が魔法を使ってる間に悪魔に接近していたクオウが、緩急を織り交ぜたフェイントをかけて悪魔を攻撃する。回避するために動きそうになった悪魔の足を、私のアースハンドが掴む。けど、悪魔は何事もないようにバックステップで回避した。アースハンドは根本から引きちぎれて崩れた。
クソッ! 全然通じない!
「そろそろ、僕も攻撃しようかな」
悪魔はこの戦いが始まってからずっと遊び気分だった。
クオウに向けて振るわれる鋭い爪も、全然本気じゃないんだと思う。それなのに、クオウはあっという間に傷だらけになってしまった。
クオウが真っ当に戦ってダメージを受けたことなんて、私が知る限りでは一度もない。私を守りながら戦ってた時でも、致命的な攻撃を受けるようなことはなかった。
それなのに、真正面から戦ってクオウだけがボロボロになっていく。
無理だ。勝てっこない。
「平民!」
「何っ!?」
こんな時まで平民呼ばわりのクオウに私は怒鳴り返す。この状況をひっくり返すための良い案でもあるのかもしれない。
「逃げろ!!」
「はあああ!?」
バカかこいつは!
逃げたって意味なんてない。クオウが殺された後に私が殺されるだけだ!
「逃げてからパーティーを解除すれば、貴様は戦闘中扱いではなくなるかもしれない! だから逃げろ! 逃げて、一人で進め!」
悪魔の攻撃をさばき切れず、血達磨になったクオウが、それでも鬼気迫る勢いで立ち向かい叫んだ。
……なに、それ。
それは、もしかしたら、そうやって逃げ出せる可能性はある。気が付かなかったけど、ありえるかもしれない。
でも、そのために一人で逃げ出せだって?
さっきまで、私が一人で行くのをあんなに反対してたのに?
今にも自分が死にそうなくせに?
本当に、こいつは……!
「私は貴族だ! 民を守るために死ぬのなら本望だ! 貴様を一人にしてしまうことは悪いが、行け!」
「仕様の穴を突くってやつだね! 面白いから成功したらお嬢さんは見逃してあげるよ」
楽しそうに笑う悪魔が、癪に障ってしょうがない。
「だったら! 今二人とも見逃してよ!」
「それは無理だね」
「もう長くもたない! 行け! ムツムィ!!」
満身創痍のクオウが、私を逃がすために、その時間稼ぎのために戦って、どんどん命をすり減らす。
「っ~~~!!」
どうしてこいつはこう、勝手なんだ!
大事なこと何も言わないで、偉そうで、口を開けば貴族貴族って!
いきなり刃物突きつけてくるし! 敬語を強制するし! 雑用押しつけてくるし、一人で戦おうとするし!
だったらずっと嫌な奴でいてよ!
見捨てても胸が痛まない人を演じてよ!
優しさを見せないでよ!
無理だよ……。
怖いし、今すぐ逃げ出したいって思う。だけど!
仲間を、クオウを見捨てて、逃げられるわけない!
それは、あの時決意した私が成りたかった私じゃない!
私は逃げない! 他の誰でもない、自分に誇れる自分であるために!
「エアスラッシュ!」
悪魔との攻防でほとんど虫の息のクオウ。今にもやられてしまいそうだけど、一瞬でも隙を作れれば大丈夫なはず。
エアスラッシュを使った私は、すぐに杖を手放してスマホを取り出した。
「ムツムィ!? なぜだ!?」
「いいね、美しい仲間の絆だ。良いものを見せてくれたお礼に、苦しませず殺してあげるから」
飛んできたファイアボールを、悪魔はバリアを使って無効化する。その一手で、クオウを切り刻もうと迫っていた攻撃は中断された。
逃げ出さない私に驚くクオウと、嬉しそうに笑う悪魔。ほんの少しでも決着が長引いた。それで十分。
取って置きの切り札を使う時が来たんだ。
これを使うことで、あの悪魔に勝てるかなんてわからない。
レアリティは高いけど、私のURスキルみたいな例もある。レアリティの高さがそのまま強さに直結するとは限らない。
だけど、私たちが二人揃って生き残るには、これに賭けるしかない。
お願いだから、レアリティに相応しい、あの悪魔を倒せるほどの強者でありますように……!
「ショートサモン! 神剣の勇者ハルト!」
それはかつてボスドロップで手に入れた、一回こっきりの助っ人を呼び出す魔法のカードだった。
後悔しましたか?




