ガチャ21 己であるために
私は生まれつき才能があった。貴族にとって最も必要とされる、魔物を倒すための才能が。戦うための才能が。
グオ家の収めるグオ領は魔族領に隣接しており、イース王国にとって防波堤のような役割を持っている。
当然、そこを収めるグオ家は武門の家であり、賢さや優しさなんてものよりも、強さこそが尊ばれる。
強く気高い、それが貴族だった。
そんな中で、幼くして天賦の才と言われるほど優れた剣の腕前を持ち、なおかつ一流の魔法使いでもある私は、父と母の期待を一心に背負って日々鍛錬に明け暮れた。
父は言った、強くなって全てを倒せる男になれと。
母は言った、強くなって全てを守れる男になれと。
いかに貴族の身体能力が平民より遙かに高く、魔法という神秘の力を持っていたとしても、戦争というものは兵の数がその趨勢を決める。
だから、父や母の言っていたことはあくまでも心構えの話であり、本当に私一人に全てをどうにかしてほしかったわけではないと、今ならわかる。
だが、幼い頃の私は現実の見えていない愚かな子供だった。
私は御伽噺に出てくるような勇者であり、私こそが世界を救うのだと信じてやまなかった。
いつか英雄となる日を夢見て、幼い私は日々血反吐を吐きながら己を鍛え続けた。
幻想から目覚めるのは、そう先の話ではなかった。
グオ家は唯一魔族領と隣接している領地を収める貴族であり、有事には国の防壁となるべく戦うが、如何せん魔族は強い。
だから、グオ家は隣接する他家の貴族と積極的に交流して友誼を深め、戦いの支援を受ける。
魔族との戦いは人類にとって共通の問題であるため、他の貴族とて戦力を出し惜しみするようなことはしない。当然、己の領地を空にすることは出来ないため全戦力というわけではないが、それでも様々な貴族に仕える兵士たちが肩を並べて戦うことになる。
私は伯爵家の後継者としての地位を幼少期から確立していたので、父が他家に挨拶に行ったりする時、連れられていくこともよくあった。
他家の当主に紹介するということも目的の一つだったのだろうが、次の時代を担う私や、他家の子女たちを早いうちから交流させ仲を深めさせることが最大の目的だったのだと思う。
ある時私は、他家の貴族の長男と簡単な手合わせをすることになった。
力を重視する傾向にあるのは何もグオ家に限って話ではなく、魔族領の近くに領土を持つ貴族共通の考え方だ。だから、グオ家に隣接する他の貴族も当然その子供たちに戦うための教育をしているし、厳しい訓練も課している。
当時の私は、それを知ったうえで、怪我をさせないように気をつけなければと考えていた。
いずれ勇者として活躍する自分に、訓練を受けているとはいえ同世代の子供が勝てるはずがないと、無意識に侮っていた。
結果は私の敗北だった。
魔法の腕は私よりも卓越していて、自慢の剣でも敗北した。
油断や慢心はあったが、それがなければ勝っていたなどとは口が裂けても言えなかった。
私は生まれて初めての挫折を味わい、絶望した。
たかが一度負けたくらいで思うかもしれないが、自分を勇者だと信じ切っていた純粋な幼心にその敗北は厳しすぎた。
当時の私にとっては、自分という存在を否定されたかのように感じるほどだった。
今思えば、当時の私と彼にそれほど差があったわけではないとわかる。ギリギリの戦いの末の決着だった。しかし幼い私はそれを理解できず、己の無力を恥じるようになった。
それから、私の訓練は激しさを増したが一度として彼に勝利することは出来なかった。いつも、一歩先に彼がいた。私が努力して強くなった分、彼も努力して強くなっていた。私は負け続けた。それがまた一層、私の絶望を深めていった。
そんな私を救ってくれたのは、グオ家の守る土地に住む平民たちだった。
ある時、私の落ち込みようを見かねた父が気分転換を兼ねて領地の視察に連れて行ってくれた。父はあれほど期待していた私が負けても、それまでと変わらず接してくれる、厳しくも良き父だった。
そこで私は、美しい自然やのびのびと暮らす動物たち、そして幸せそうに笑う子供たちを見た。彼らはみすぼらしい格好で、私の見知らぬ遊びに興じて、これ以上ないくらい楽しそうだった。
貴族が視察に来ているというのに、おかまいなしで森へ水浴びをしに走り去っていった子供たち。
父は厳しい人だからそんな様子を見て眉をひそめ、村の長に話をしていた。村長は恐縮した様子で何度も頭を下げて謝っていた。
私は父が村長に気を取られている隙を付いて、彼らを追いかけることにした。
普段から彼らはよくそこで遊ぶのだろう。森を進む足取りに迷いはなく、見失わないように追いかけるのは一苦労だった。
目的地にたどり着いた子供たちは森の中を流れる川に入り、時には水をかけあったり、魚を捕まえたりして遊んでいた。
みんな自由にやりたいことをやって、弾けるように笑っていたのを今でも思い出せる。
その時まで私は、自由に遊べる彼らのことを羨ましいと感じたことなど一度もなかった。自分が貴族であり、魔物と戦って領地を、国を守ることに誇りを抱いていたから。
しかしその時だけは、彼らと共に遊んでみたいと思った。
平民には縁のない綺麗で肌触りの良い服を脱ぎ捨て、体をわざと泥で汚した私は、勇気を出して彼らに話かけた。一緒に遊んでほしいと。
私が貴族であるなんてことには欠片も気づかない彼らは、少しの迷いもなく私を受け入れ、一緒に遊んでくれた。
引率役と思われる年長の子供の一人は私に途中から私に気づいたらしくオロオロしていたので、彼には悪いことをしたと今でも申し訳なく思っている。もう謝ることも出来ないが。
その日私は彼らと友達になり、また一緒に遊ぼうと約束を交わした。
日が暮れる頃、遊び疲れて眠ってしまった小さな子供たちを年長の子供たちが背負って村に帰る。私も、元気にはしゃぎ回っていた少年少女を一人ずつ背負っていた。年長の子供たちは二人も背負って大丈夫なのかと私を心配したが、私は力持ちだから大丈夫だと笑って答えた。
村に帰ると、とても怒った様子の父が私を待っていた。
父はその場では何も言わず、屋敷に帰ってから私を罰した。
貴族とは、領地を守り民を守るが、民の友ではない、と。貴族が特権を振るい、その生活を守る代わりに、平民は貴族に奉仕するのだ、と。
関係を曖昧にすれば平民は感謝を忘れ、次第にもっと欲深く要求は増えていき、いずれは貴族の手で裁かなければいけなくなる、と。
色々なことを言っていたけど、とにかく父は私と平民が仲良くすることを許さなかった。
私は平民の子供たちと関わることを禁じられ、より訓練の厳しさ、そして貴族としての教育時間は増した。
幼い夢を打ち砕かれ絶望した私。
初めての友情を引き裂かれ嘆いた私。
最初は反発していた私も、変えられない日常が何年も続いたことで、次第に何も考えず、貴族としてのあり方に従うようになった。
夢を持つ必要などない。ただ自分の役割を、貴族の責任を果たせば良い。
友情など必要ない。私が守る者は友ではなく、この領地であり民なのだから。
こうして私、クオウ・グオという男に残ったのは、貴族という肩書きだけだった。
磨き上げた剣技も、魔法も、全ては貴族として必要だったから鍛えたに過ぎない。
自分が何のために生きているのか。クオウという存在に意味があるのか。そんな、いつまでも頭から離れてくれない思考にこびりついた淀みを、戦っている間は全てを忘れられた。貴族として守るべきものを守っているのだと、自分を実感できた。
貴族として戦い続ける。
私にはそれ以外、何もない。
時折、私は神に祈る。
夢も、友情も失って、私からもう奪わないで欲しいと。
私を私たらしめる、最期のその時まで貴族でいさせて欲しいと。




