ガチャ02 初期設定
いざ、匿名の戦場へと飛び込もうと瞼をあげると、そこは何もない石畳の部屋だった。
「は?」
肌寒く、正座している足からは石の冷たさが伝わってくる。石畳は堅くざらざらとしており、すぐに足が痛くなってきた。
何が起こったのか考えるよりも先に、感覚的な変化を受け、とりあえず立ち上がる。スリッパを履くような上品な習慣はなく、日本人の標準スタイルとして土足厳禁の我が家であった為、裸足なのだが正座しているよりはマシだった。
簡単に見渡してみると、部屋の広さは俺の家と同じくらいのようだった。しかし家具は一切置かれてないし、トイレとかもない。出入口のようなドアがあるため、見た目に反して牢屋みたいなものではなさそうだ。どちらかといえば、倉庫だろうか?
何がなんだかという状況だが、思っていたよりも混乱していない自分がいた。別に冷静だからとかではなく、単純に自分にとって全く未知の現象というわけでもないからだろう。
もちろん、実際に経験があるというわけではなくあくまで知識レベルの話だが、これは神隠しというやつだろう。今風に言うのなら、異世界転移か? アニメの影響で最近はそういうのが流行であることは知っていたが、まさか自分がそうなるとは思ってなかった。
何にせよ、まずは何もないこの部屋から出ないと始まらないと考え、唯一の出入口であるドアの前にたち、ドアノブを捻る。すると、ガチッと何かに引っかかるような音と、ピコンという電子音がした。ドアは開かない。鍵が閉まっているようだ。
若干の焦りを感じつつ、電子音の発生源であるジャージのポケットをまさぐると、そこには使い慣れたスマホが入っていた。目の前に置いていたはずなんだが。
疑問を感じながらも電源を入れると、いきなり警告マークと文章が画面一杯に表示された。
「初期設定が完了していません。このまま攻略を始めますか?」
機械音声の読み上げを聞いてなるほどと納得した。先ほどの電子音はこの通知の音だったのだ。通知を読む限り、どうやら初期設定とやらをしないで外に出ようとしたのが問題らしい。
Yes、Noと選択肢が表示されているので、一旦Noをタップする。Yesを押すと外に出られるのだろうが、わざわざ通知をしてくれるということは初期設定とやらはやっておいた方が良さそうだ。
「初期設定を始めます」
今度は、Yesを押した。すると、名前の入力画面のようなものが出てきた。そこにはすでに俺の名前がカタカナで入っている。なんだかソシャゲのようだなと思いつつ、またYesを押した。
「あなたが戦う時、何が大切だと思いますか?」
力強さ、打たれ強さ、身のこなし、不思議な力、心の強さ、手先の器用さ、運命。七つの選択肢があり、試しに力強さを押してみると、力強さの左端に1と数字が付いた。一つ選ぶだけではないらしい。成長率の順位付けか何かだろう。
ここまで来ると何となくわかってきた。
これはキャラメイクだ。それは間違いない。だがそれがわかっただけでは意味がない。重要なのは、なんのためのキャラメイクなのかということ。
さっきの警告通知には、初期設定を終えずに攻略を始めますか?と書かれていた。こんなあからさまにRPGやソシャゲのようなキャラメイクをするということは、攻略というのはそれこそゲームの攻略のようなものだろう。というより、この攻略そのものがゲームのような気もするが……。
では誰が攻略をするのか? 俺がキャラメイクで作ったキャラクターだろうか? それなら諸手をあげて歓迎するところだが、恐らくはそうじゃない。攻略するのは俺だ。俺自身が、戦うことになる。根拠はないが、状況と直感がそう告げている。
だったら自分のやりたいようにやるのが一番だ。
安全に戦うなら後衛職。一般的なオンゲーを基準に考えるなら、とくに回復職なんかはパーティーに入れないということはないはずだ。だが、俺は前衛型のビルドで順位付けをしてYesを押した。
基本的に俺がゲームでキャラメイクをするときは力や耐久に振って魔力とか知力には振らない純粋な前衛キャラを作る。その方が単純で俺好みだからだ。
「あなたが使う武器はなんですか?」
それはそれは様々な武器が表示されたが、迷うことなく青銅槍を選んだ。あまりにも馴染みのない物は使いこなせないだろうし、何より戦いで重要なのは武器のリーチだと素人ながらに考えている。選択肢には弓もあったが、矢を当てる自信はなかった。
「あなたのスキルはなんですか?」
長くなりそうなので、一度腰を落として開かないドアにもたれ掛かる。
まさかないということはないだろうと思っていたが、やはりあったか。これまでステータスや武器など色々と考えて選んでいたが、一番大切なのはスキルだと俺は考えている。
身体能力がちょっと上がったり、武器を手に入れたとしても、俺にはそれを扱うだけの下地がない。敵がどんなものかは知らないが、真っ当に戦おうとするなら何らかの特殊な技術は必要になるだろう。
スキルは武器とは比べものにならないほどの数があるのか、種類ごとにページが分けられている。その種類というのがレアリティであり、N、UN、R、SR、URの五つだ。当然レアリティが高ければ高いほど有用で強力なスキルが揃っているようだ。
自由に選べるのであれば、当然URスキルを選ぶところではあるが、残念ながらURスキルは選択出来ない。そもそもURはページが開かないのだ。
だったらSRスキルとなるところだが、こちらも違う理由でダメだった。
スキルを取得するにはスキルポイントというポイントが必要になり、足りなければ当然取得できない。必要なポイントはレアリティごとに一定で、Nスキルは50、UNスキルは100、Rスキルは200、SRスキルは1000となっている。
俺の初期スキルポイントは400。現状で取得できるスキルのレアリティはRが最大だということだ。
少々ガッカリだが悪い話ばかりでもない。試しにNスキルを選択してみたところ八つ選択することが出来た為、ポイントの許す限り複数のスキルを取得できるようだった。
単純に強力なRスキルを2つ取得するか、地味だが有用な低レアリティスキルを複数取得するか。難しい問題だ。
除外検索で魔法系のスキルを弾き、残ったスキルを順番に吟味していく。各スキルにはご丁寧に説明文が添えられている。
槍術Lv5。純粋に槍の扱いをうまくするというスキル。槍の使い方なんて知らないし悪くはない。だが、どうやら低レアリティの方にLvだけ低い同じスキルがあるようなので、200ポイント使用する意味があるのかは疑問だ。NかUNでいいだろう。
自己再生。非戦闘時1分ごとにHP1回復。魔法以外の回復スキルがないかと探して見つけたスキルだ。現状でHPの仕様がわかっていないため、1回復というのがどの程度有用なのかわからない。
吸収。与えたダメージの1%分HPを回復する。これも同様にダメージの仕様がわからないため当たりか外れかわからない。
探知。一定範囲内に存在する生物の位置、敵性を探知する。不意打ちをされないというのは大きな強みになる。それどころかこちらから不意打ちする事も出来るかもしれない。
他にも有用そうなスキルが色々とあったのだが、ページの一番下にあったバナーを発見したことでここまでの時間は全て無駄になった。
そのバナーに書かれていた内容は至ってシンプル。その名も、スキルポイントガチャ。
ノーマルガチャとレアガチャがあるようで、ノーマルは50ポイント、レアは200ポイントを消費する。
「はっ!?」
気が付いたときにはすでにガチャを回す画面になっていた。昔懐かしのガチャガチャがデカデカと画面一杯に描かれており、取っ手の部分がチカチカと点滅している。そこをタップしろという意味なのだろう。
消費したポイントは200、Rスキル1つ分だ。当然、R未満のレアリティが出るということはないだろうが、Rを引いた場合はハズレも同然と言えるだろう。200ポイントで自分の好きなスキルが一つ手に入るというのに、ガチャだと欲しくもないスキルが手に入るかもしれないのだ。
もちろん、そのリスクを許容できるだけのリターンがあるからこそガチャという仕組みは成り立つ。あまりよく説明は見ていなかったが、恐らくこのレアガチャならばURスキルを手に入れることすら可能のはずだ。
何、心配することはない。
URやSRの出現率は低いのだろうが、まあ最悪でも200ポイント分のスキルは手に入る。それが望むものではない可能性はあるが、ここまで来てしまった以上は腹をくくるしかないのだ。
やってしまったことを今更後悔してもしょうがないため、俺は気持ちを切り替えて深呼吸をする。
UR来い! UR来い! UR来い!
俺はこれでもかというくらい強く祈りながらスマホの画面をタップした。
ポップな音楽が端末から流れ、表示されている画面はピカピカと光輝きながらガチャガチャを回すアニメーションを映している。
コロリ、と控えめな音と共に排出されたそのカプセルは、銀色だった。
んんんんん~~~~~~っっ!?!?!?!?
いや、まだだ。まだわからない。一見銀色に見えるが、もしかしたらこれはプラチナかもしれない。そう考えればちょっとだけ白っぽく見えるような気もするし、見えないような気もする。
一般的なソシャゲのガチャにおいて、引いた結果のレアリティは最後までみなくてもわかることがほとんだ。なぜならレアリティごとにその排出演出は違うから。
俺がとくに入れ込んでいたソシャゲでは、URは虹色の光と共に排出される演出だった。SRの場合は金の光だ。Rは銀色の光で、そうすると今回のガチャはRだったのでは? という結論に落ち着くように見える。
だがちょっと待って欲しい。演出にはソシャゲごとの違いというものだがある。当然先にあげた例のようなソシャゲも多いが、中にはURがプラチナ、SRがゴールド、Rがシルバーといったケースもある。今回もそういうケースでないとは言い切れない。
そもそも! 単純に金だの銀だのと言うシンプルな演出ではないソシャゲだってある! まだわからない! まだわからないんだ!
俺はこのカプセルを開けるためのモチベーションを保つために必死で自分に言い聞かせ、震える指で銀色のカプセルをタップした。
「おめでとう! 君はR使い魔、招き猫を手に入れた!」
開いたカプセルから出てきたのは、デフォルメされた招き猫のイラストが描かれたカードだった。カードの枠は銀色であり、左上の方にはRという字が添えられていた。
俺は泣いた。
R排出率は95%です。