ガチャ19 過保護
徘徊の森。最初にこのフロアの名前を見たとき、ゾンビが出るのかと思った。だって、徘徊って言ったら意味もなくフラフラ歩き回ってるイメージがあるし、そしたらゾンビじゃん!
でも、実際に遭遇した魔物は今のところ樹猿だけだった。私たちが今探索してるのは第二階層だから、もしかしたら今後の階層でゾンビが出てくる可能性はあるかもしれないけど、たぶんその可能性は低い。
森とゾンビがミスマッチだから、ってわけじゃない。坑道に狸を配置するような謎の運営だし、森にゾンビが出てきてもおかしくはないけど、今回はそうじゃないと思う。
第二階層を探索してる時に気が付いたんだけど、この森は意識的に気をつけて進まないと、いつの間にか一度通った場所に戻ってしまうみたいだった。たぶん第一階層ではそんなことなかったから、油断させたところを……、っていうフロアなんだと思う。
森をさまよい歩く姿を徘徊に例えて、徘徊の森ってことだね。
気が付いたとき、正直出オチだなと思った。だってスマホにマップ機能があるんだから、ちゃんとそれを見ながら進んでれば迷わないもん。
「次は――ひぃっ!?」
マップを見ながらクオウのナビをしてたら、なにか水みたいなものが首筋にかかった。手で触って見ると、なんだかネバネバしてて何かの粘液みたいだ。
上から降って来たからなんだろうと思って上を向いたら、そこには歯列をムキだしにして笑う猿がいた。
「うわああああああ!?」
擬態を解いて飛びかかる寸前だったみたいで、驚いて一瞬かたまっちゃった私は樹猿を避けられない。
完全に組み付かれるのだけは避けるために杖を盾にするよう前に突き出した。
樹猿はその人間とは比べものにならない握力で私の肩につかみかかって噛みついてこようとしたけど、前に出された杖に邪魔されてその杖に噛みついた。
「アースランス!」
第一階層でクオウが樹猿を土魔法の一撃で倒したことを思い出した私は、咄嗟に同じ魔法を使った。
地面から勢いよく伸びた土の槍が樹猿の股下から侵入し、体内を滅茶苦茶に突き破って鎖骨のあたりから飛び出した。
私を肩を掴んでいた手から力が抜けていき、樹猿は光の粒子になって消えていった。
まだ樹猿がいないかと周囲を見てみれば、なにやらさらさらと消えていく光の粒子が見えた。私がこの一匹と遭遇して対処してる間に他の樹猿の始末は終えていたようだ。手出し不要と言うだけはある。
それにしても危なかった。今のは完全に私の油断だった。いくらクオウが戦闘に参加しなくていいとは言っても、魔物は私を狙ってくることもあるんだからちゃんと警戒しなくちゃダメだ。
クオウといるせいか影魔法は全然使わなくなっちゃったし、それにこの階層ではマップも見なきゃいけないから、そこに加えて擬態して待ち伏せてる樹猿に気づかなきゃいけないっていうのは結構ハードだなぁ。
……は!? まさか、これが運営の狙い? 徘徊の森という名前を付けてるのにマップがあるという出オチ感で油断させつつ、マップに意識が向いているプレイヤーを擬態した樹猿が襲うという恐ろしい罠!?
う、うーん? でも始まりの坑道とか完全にコピペマップだったし狸もわかわかんなかったし、そんな凝ったことするかなぁ……?
「申し訳ありません。気がつきませんでした」
これっぽちもそんなことは思ってないけど一応クオウに謝罪はしておく。難癖つけられるのも面倒だからね。
ここまで一緒に居てなんとなくわかってきたけど、クオウは表面上敬った感じで接してればとくに何か言ってきたりはしないから、扱いに慣れさえすれば過剰に怯える必要はない。
なんていうか、言ってることはお話の中に出てくる貴族みたいな感じだけど、行動はそんなに伴ってないって感じかな? 今更だけど、そもそも自分一人で戦うって言ってるあたりも貴族っぽくないなと思う。物語の悪役貴族なら、自分は死にたくないから平民とか部下に危険なことをやらせるのが鉄板じゃん?
クオウはなんかそういう感じじゃないんだよね。
傲慢さというか、こっちを見下してるのは正直腹立たしいからいつか仕返しはするけどね。
「……ああ」
戦闘は手出すなって言ってたから、奇襲されたとはいえ一匹倒したことに何か文句を言われるかと思ったけど、何も言われないどころか何だか心ここにあらずって感じだ。
怒られたら、そもそも戦闘担当のあんたが待ち伏せに気づけよって内心で怒り狂うことになってただろうから、良かった良かった。
「まだこの階層を探索しますか?」
「……そうだな。猿どもに奇襲されなくなるまではやるぞ」
えぇー。第二階層になってから明らかに猿の隠密性上がってるような気がするから結構難しいと思うけどなぁ。
数とか装備が変わってないから多分あいつらスキル使ってるんだよね。隠密系のアクティブかな? 擬態はそもそもの生態系っぽいからスキルではないだろうし。
こっちもなんかスキル取らないと完全に攻略するのは無理じゃないかなぁ。
私は残してるスキルポイントあるから探知とか取ってもいいけど、私が見つけても納得しなさそうだしなぁ。面倒くさい。
「かしこまりました」
色々と思いつつも表面上はイエスマンを演じるの六実ちゃんでしたとさ。
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偉そうにしていても、クオウだって人間であることに変わりはない。当たり前のことだけど、けた違いの身体能力や洗練された魔法を間近で見せつけられていた私は、どこかそれを忘れていたのかもしれない。
いつかクオウに仕返ししてやるっていう気持ちは本物だし、諦めるつもりはないけど、今に限って言えばクオウに勝ち目はない。あれは同じ人間じゃない、なんて無意識に考えてたのかもしれない。
だけど、いつまで経っても樹猿を見つけることに躍起になっているクオウを見て、こいつも戦いなら何でも出来るってわけじゃないんだなって気が付いた。
クオウは優秀な戦士なんだろうけど、森に潜む獣を狩るのは戦士の仕事じゃない。丸二日この第二階層を探索して、クオウが樹猿に気づいたのと気づかなかったのは半々くらいだった。
それでも十分凄いことだと思う。自慢じゃないけど私は一度も気づけなかったからね。
正直、もう良くね? と私は思っているんだけど、クオウは全然納得してないようだった。というか二日目の後半からクオウの対処の仕方が明らかにおかしくなり始めた。
「平民、これ以上離れるなよ」
「……はい」
今まではクオウの邪魔にならないよう、でもはぐれないように一定の距離を保って探索してた。でも、急にクオウが私の横に張り付くようになって、それこそ体が密着するような状態で探索をするようになった。
それに、今までは樹猿を先に見つけて先手を打とうとしていたのに、なぜか樹猿に先手を譲ってそれに対処する戦法に切り替えた。
クオウの中でどういう結論に落ち着いたのかがさっぱりわからない。
最初は、結局私が戦闘に関与したのが嫌だったのかと思った。あの時は歯切れの悪い返事をしたけど、内心嫌だったのかもしれない、と。だって、奇襲されても絶対に私まで攻撃が届かないように立ち回って戦うから。
ただ、なんというか、手を出されたくないというより、その戦い方は私を守っているようにも思えた。個人のこだわりで手を出されたくないってだけとは思えない執念を感じた。でも、それも多分本質的には違う。
クオウは私のことをちゃんと見て話すけど、本質的には私のことを認識してないと思う。クオウの態度は最初から一貫して、平民っていう存在に対してのもので、私って言う個人とコミュニケーションを取ろうとしたことは一度もなかった。
冷静になって整理すれば、なんとなくクオウの考えてることもわかる気がする。
お貴族様だって悩みの一つや二つあるだろう。
だけど、なんていうか、いきなりこんなわけわからないところに放り込まれて、一人で戦って、仲間が出来たと思ったら酷い奴で、ずっとそんなだったから、こうやって誰かに守られて少しだけ安心した。
だから今は、今だけは、この懐かしさを感じていたくて、冷静に整理することは出来なかった。
べ、別にクオウに気を許したりはしてないけどね!
出オチと言ったことを後悔がするがよいぞ




