ガチャ15 魔法使いの死闘
「う……うぅ……」
涙が溢れて止まらない。
絶望的な状況で、勇気を振り絞って、虚勢を張ってなんとかうまくやっていたのに、私は悪意を持って置かれた石につまづいた。
立ち止まるつもりはない。怒りと憎しみが、私に新しい原動力を与えてくれる。だけど、それ以上に恐ろしい。
今日、私がこの坑道を探索して戦闘をしたのなんて、ほんの数時間かもしれない。だけど、私はこの数時間で完全に疲れ果てていた。今日はセーフティエリアで休んでもうお終いだと、そう考えていたところにこれだ。
肉体と精神の疲労はとても無視できないレベルに達してる。
これ以上探索を続けるのは無理だ。たしかに、あと何回か狸を倒してお金を集めればマナポーションを買うことは出来る。でも、MPを回復しても疲労が抜けるわけじゃない。
人は、眠らずに活動し続けることは出来ない。
簡易結界箱。いずれ、セーフティエリアに帰ってこれなくなったらこのアイテムを使うことを考えてはいた。
でも今はお金がない。300dすら払えないのに、500dを払うのにどれだけ戦う必要があるんだろうか。たぶん、その戦いの最中に私は気を失ってしまう。
眠るなら、今この場が最適だ。
第一階層。敵が最も弱いはずで、リポップしなければここに魔物も来ないはず。次の階層に移動したり、このまま探索を続けるよりは、あんぜんな確率が最も高い。
そんなことは、セーフティエリアに入れないとわかった時に理解してた。
理解してたからこそ、恐怖で涙が止まらないんだ。
もう私にはその選択肢しかないことはわかってる。でも、確率が高いなんて、希望的観測に基づいた願望でしかない。私が、そう思いたいと、考えてるだけ。
本当に安全かなんて、わかるわけない。
眠ってる最中に襲われたら、私は死んじゃうのかな?
それは、いやだな……。
泣きながら壁にもたれ掛かっていたら、段々意識がぼんやりとしてきた。
もう本当に私は限界だったんだ。
選択肢なんて……、最初から……
なかっ……た……
・
喉に、激痛が走った。
「あぎゃああああああっっ!?」
強烈な獣の臭さと、体にのしかかる重さ。
私はそれがなんなのか認識するよりも早く、握りしめていた大きな杖でそれを殴りつけた。
「ュン!?」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
わけがわからなかった。
本当に、なにがなんなのか理解出来なかった。
ただそれでも、私はひたすらそれを殴り続けた。それが動かなくなっても、手は止めなかった。
「死ね! 死ね! 死ね! 死ねぇぇぇっ!!」
やがてそれは消えていく。殴りつける感触が変わったことで、生き物から地面に変わったことでようやく私の手は止まった。
「はぁ……はぁ……」
喉を触ってみても、血は付いてない。でも、ヅキヅキとした鈍い痛みは残ってる。
ポーションを飲んだら、痛みは消えた。
馬鹿みたいだ。
私の体、どうなっちゃったんだろう。
「うぅぅぅ……痛い……痛いよ……。お母さん……、お父さん……」
体はもう痛くないはずなのに、それでも痛かった。自分の中の何かが、痛いって叫び続けてる。
もう嫌だって。なんでこんな目にって。怖いって。痛いって。
お母さんに抱きしめて貰って、もういいよって言ってほしかった。
お父さんに撫でて貰って、よく頑張ったねって言ってほしかった。
みんなでご飯を食べて、他愛もない話をして、笑いたかった。
「帰りたいよ……」
帰りたい。
帰るにはどうしたらいいんだろう?
帰るには、進まないといけないんだ。
目の前には、次の階層への扉がある。どれくらい眠っていたのかわからないけど、MPは全回復してた。
疲れは、完全にではないけど、それでも楽になってる。
進まなきゃ。帰るために。
・
一つの階層に留まることに固執しなければ、攻略はあっという間に進んだ。
私のURスキル、経験値100倍はたったの1戦でその階層のレベルキャップまでに必要な経験値を稼いでくれる。
第二階層、第三階層、第四階層のすべてをハイドウォークと攻撃魔法の合わせ技で突破した。
複数の魔物を相手にするのは、複数の攻撃魔法を使えば難しくなかった。
各魔法には数秒~数分のクールタイムが設定されていて、どんなに初歩的な魔法でも連続で使うことは出来ないけど、他の魔法を使うことで攻撃を途切れさせずに連発することは出来る。
レベル2に上がった時に手に入れた50ポイントで、私は火魔法Lv1を取得して、ファイアボールを使えるようになったから、第二階層で2匹の狸を相手にするのは苦じゃなかった。
武装した人型の魔物が出てきた時は一瞬だけ迷ったけど、でも私が帰るためだと思えばすぐにどうでもよくなった。
第二階層の戦闘終了後、風魔法がLv2なっていて、そのときに覚えたウインドバリアを使ったら狸は私に近づけなくなった。だから、ファイアボールで狸人を真っ先に倒したら、後は消化試合みたいなもの。
それから、第二階層で手に入れた100ポイントと第三階層で手に入れた100ポイントで合わせて200ポイントになったから、Rスキルの魔力回復を取得した。
これは魔法スキルを主軸にするプレイヤーにとっては本当に必須とも言えるスキルだと思う。効果は、非戦闘時1分につきMPを1回復する。
第二階層からは敵の数も増えて、1戦での消耗が激しくなってきてたから、このスキルは今後重宝すると思う。
第四階層は狸人の数は増えてたけど、ファイアボールで炎上した狸人が他の狸人にぶつかってどんどん延焼していくから全然苦労しなかった。
狸はすばしっこく狸人を避けるんだけどね。
そんなわけで、一日足らずでボス部屋前まで来たのでした。
手数を増やすために、第四階層で手に入れた100ポイントで土魔法Lv3を取得。
それから、結界箱を買うために貯めておいたお金でマナポを2本購入。
戦闘中にMP切れたら勝ち目がないし、それに腐ってもボス戦なんだから勝てば500d相当の素材を落としてくれるはず。
準備を整えて扉を開くと、そこは今まで一本道だった坑道の終着点を思わせる広場だった。
広場の中央で、巨大な狸が丸まって寝てる。目をこらすと、暴れ坑道狸という文字が浮かんでいた。あれがこのボスの名前みたいだ。
「ファイアボール!」
「エアスラッシュ!」
「アースランス!」
戦闘が始まった時点で解除されるハイドウォークは使う意味がないから使わない。
エアウォールは時間経過で解除されるから接近されてから使う。
なるべきMPは無駄にしないで、逃げ回る!
「ユァァァァンッ!」
暴れ坑道狸は気持ちよく眠っていたところに三つも魔法を食らって怒り心頭みたい。
さすがにボスは雑魚みたいに簡単に炎上してはくれないようで、ダメージは入ったみたいだけど炎が燃え広がったりはしなかった。
猛スピードで私に向かって走り出す暴れ坑道狸。この距離なら、なんとか避けられそう!
「ファイアボール!」
横っ飛びで狸の突進を避けながら魔法を使う。
魔法の良いところは、精密な射撃の腕前を持ってなくても術者の意に応じて狙ったところに飛んでくれるところだと私は思う。
「アースランス!」
「エアスラッシュ!」
狸が壁に激突して止まっている隙にアースランスとエアスラッシュをお見舞いする。Lv1で覚える魔法のクールタイムは大体5秒前後。連発は出来なくても、ちょっと時間を稼げば何度でも撃てる!
再度私に狙いを定めて突進しようとする狸。遠距離の攻撃を持ってない? 攻撃パターンがこれだけなら……!
「アースハンド!」
突進を始めた直後に、狸の右前足が地面から生えてきた土の腕に捕まれる。動き始めていた狸は突然止まることはできず、何かにつまづいたように転倒した。
その隙に私は三つの攻撃魔法を放ちながら距離を取る。距離さえあれば、アースハンドを使わなくても突進を回避することは出来る。
アースハンドのクールタイムは30秒。1回突進を避けただけじゃ時間を稼ぐには足りないかな……。
それからMPの消費も気をつけなくちゃ。Lv1の攻撃魔法が3、アースハンドが15。今の段階でMPを42消費してる。
今の私の最大MPは164だから、大体あと3回くらい同じことをしたらガス欠になる。
転倒から起きあがった狸の突進を回避して、壁に激突した狸に3つの攻撃魔法を放つ。
「アースウォール!」
狸が激突の衝撃から回復するよりも早く魔法を使い、私と狸の直線上に土で出来た長方形の壁が出現させた。
これで狸は私の姿をすぐには捉えられないぃ!?
「う、ウインドバリアぁぁぁ!」
私を視認するよりも早く狸が走り出したせいで、まだ全然距離を稼げていなかった。狸も一か八かの賭けだったんだと思う。まだ私がどこにいるかわからなかった筈だから。狸は賭けに勝った。
ボスの攻撃をまともに受けるのは最悪のパターンだったけど、なってしまったものはしょうがない。
風の防壁を身にまとって少しでもダメージを減らす。
アースウォール、攻撃魔法と合わせて使用したMPは29。
「ぐぅぅぅうっっ!」
狸の突進に吹き飛ばされて私は地面を転がった。
そもそも土の壁で勢いが殺され、風の防壁で守られていたから、体を動かせないというほどじゃないけどそれでも痛みと結構な衝撃を受けた。
でもここで立ち止まったら死ぬ。
「あ゛ぁぁすはんどぉぉぉ!」
狸が今どういう状態なのかわからない。
まずは動きを止めなくちゃいけない。
だから真っ先にアースハンドを使った。いや、使おうとした。けど、発動しなかった。
途中で攻撃を受けたせいで秒数管理を間違えた……
「あっ」
狸は遠距離の時は突進攻撃をするパターンしかないみたいだった。でも、無防備に転がってたらそりゃ近づいてきて、その距離に適した攻撃をするわけで……
立ち上がりながら見上げた狸は、前足を振りかぶっていた。
「ファイアブォォァ!?」
巨大な前足で殴り飛ばされた。
吹っ飛ばされた私は、自分では自分がどうなっているのか理解できなかった。傍目には、サッカーボールのようにバウンドしながら転がっていたかもしれない。
仰向けに寝転がった私はあまりの痛みにうめき声をもらした。
「あ、ああ、ああ……」
痛い。滅茶苦茶痛い。
でも、頭は冴えていた。火事場の馬鹿力、みたいなやつかな?
体は動かせそうだけど、すぐには無理。
エアウォールがなかったら死んでたなーこれ。
今私のHPってどれくらいあるんだろう。このままだと死ぬ。
でも、それでも諦めない。
私は見た。狸も足をひきずっていた。体中から血が流れていた。あいつだってもう満身創痍。後一押しのはずだ!
たとえ体が動かせなくても、声が出せるなら戦える!
「ふぁい……あ゛、ぼぉ……る゛……」
魔法の良いところは、術者の意に応じて発動するところ。
顔を上げることも出来ない私には確認出来ないけれど、でもきっとこの魔法は当たってる。だって、狸の悲鳴と怒声が聞こえてくるから。
ざまあみろ。
「え゛……あ゛……ずらぁっっっしゅぅぅ!」
死んでしまえ。
天井を見ていた私の視界に狸の姿が映った。
「ア゛ァズランズゥ!」
その前足が振るわれるよりも、私の魔法が早かった。
ボロボロの狸に、大地から伸びた槍が突き刺さる。
それが最後の一押しだったのだろう。狸は光の粒子になって消えていく。
一度は賭けに負けたけど、最後に勝ったのは私だった。
お見事です




