ガチャ14 悪意の安全地帯
三日前にドアの外に居た狸みたいな魔物は、変わらずその場所にいた。律儀に私を待っていたのかな。
魔物はお腹が空かないのかもしれない。
「え、エアスラッシュッ!」
魔物が私に気がつくよりも早く、大きな杖を構えてキーワードを早口で唱えた。
声は震えてどもっちゃったし、手足も震えていたけど、それでも言えた。
魔法が発動するのには1秒もかからなかった。私が詠唱を終えた次の瞬間には、幾何学的な魔法陣が杖の先に出てきて、空気の斬撃が魔物を切り裂いてた。
風魔法Lv1、エアスラッシュ。私がおまかせで終わらせた初期設定の結果、いつの間にか取得したスキル。効果は名前の通りで、風の刃が魔物を切り裂く。本当にシンプルでただそれだけの魔法だった。
魔法なんて本当に使えるのかとか、現実に風で物体を切るなんて出来るのかとか、いろいろと不安だったけどやっぱりここは常識の通用しない場所みたい。
「倒した、よね……?」
ズタズタに引き裂かれた狸みたいな魔物は、血の一滴も流すことなく光の粒子になって消滅していく。こんな状況で何考えてるんだって感じだけど、それはどこか幻想的で美しい光景だった。生き物を殺した残酷さを感じさせないほどに。
罪悪感は少しもなかった。胸の中に広がった感情は、命をかけた初めての戦いを終えて生き残っていることへの安堵、ただそれだけだった。
元々、RPGなんかでは魔法は強めに設定されてることが多いから、最初の敵は一撃で倒せるかもって考えてた。っていうか、たぶん一撃で倒せなかったら私はそこで終わってたかもしれない。だって、何かと戦った経験なんてないもん。
部屋を出るために決意はしたけど、怖いものは怖いし、怖ければ体が強ばる。今の私は、いつも以上に弱い私だ。
「あ、レベル、あがったかな……」
弱い私が生き残るには、強くならなくちゃいけない。だから、このゲームの運営の思惑通りだとしても、レベルアップを重ねて、重ねて、重ねて、徹底的にレベルを上げるんだ。
スマホでステータスを確認したら、レベルが1あがってた。予想ではもう一つあがると思ってたんだけど、思ったよりあの狸は経験値が少ないみたい。
私がこの奈落の迷宮を制覇するうえで、ひとつ大きな勝算がある。それは、スキルポイントガチャで手に入れたURスキル、経験値100倍だ。
最初は、おまかせで勝手にガチャを引くとかありえないと思った。普通スキルのバランスとかを考えて無難にキャラメイクするものでしょ? でも、結果として本来なら手に入らなかったURスキルを手に入れられたからそれはもういい。
URスキル。初期設定をおまかせで終わらせちゃった後に色々見てみた結果、これはスキルポイントで取得することの出来ない強力スキルっぽいってことがわかった。
まあ、URといえば一般的なソシャゲで言えば最高レアだし、レア度の高いスキルが強いのは当然だね。
で、私が手に入れた経験値100倍は本当にその通り、魔物から手に入る経験値を100倍にするスキルらしい。
これは凄いことだ。だって、これさえあれば低層で雑魚モンスターを倒してるだけである程度の強さは手にはいるってことだから。
レベルのあがってない一番最初の戦闘だけが問題だったけど、それもなんとか無事に済ませられたからもう大丈夫。
今回はレベル2までしかあがらなかったけど、このまま狸を倒しまくってとりあえずレベル10くらいまで上げようかと思う。そうしたら狸も怖くなくなると思うし。
もしかしたらレベル2になった今の時点で狸なんてラクショーかもしれないけど、念には念を入れた方がいいもんね。私ってば冷静でかつ慎重!
それにしても、今ので狸100匹分のはずだけどそれでもレベル3にはならないんだなー。
これ、経験値100倍スキルがなかったら100匹以上倒さないとレベル3にあがらないってことだよね? シビアすぎじゃないかな? レベル2に上がるのに何匹分の経験値が必要だったんだろ? 50匹くらいかな?
まあいいや。なんか目の前に、次の階層にいきなさいって感じの雰囲気を出してる扉が出てきたけど、レベル上げをしてからだね。
レベルが2に上がったからか、さっきの戦闘が思ったよりもあっさり終わったからかはわからないけど、気分も大分落ち着いてきた。これならこれからの戦いも大丈夫そうかな?
よし! 狸狩りにレッツゴー!
・
「エアスラッシュ」
おかしい。
目の前で風の刃に引き裂かれ、消えていく狸を見送ってからスマホを確認する。
レベルが上がってない。
今ので私が倒した狸は4匹目。2匹目の時点でレベル3になっていてもおかしくないのに、未だにレベルが上がってない。単純計算で狸400匹分の経験値が手には入ってるはずなのに、こんなことがありえるの?
まさか、レベルキャップが設定されてる? プレイヤーの上限レベルが2なんてことはありえないと思う。だったらレベル制を導入する意味なんてほとんどないだろうし。
だから、あり得るとしたら階層ごとのレベルキャップ? レベル2になった途端、これみよがしに次の階層への扉が出てきたし、たぶんそうだ。この階層でやるべきことは終わりましたよっていう合図だったんだ!
今後もずっとレベルキャップが設定されてるんなら、私のURスキルゴミじゃん……。200ポイント無駄にしたなぁ。
これ以上探索してもしょうがないから、私はここまで歩いてきた一本道を引き返す。魔物を探して結構歩いて来ちゃったから、少し時間がかかりそう。
出会った魔物は全部倒したからいないと思うけど、もしもその場でリポップするタイプだったらまた遭遇する可能性はある。念のため、影魔法を使っておこう。
「ハイドウォーク」
影魔法Lv1、ハイドウォーク。影に紛れて移動する隠密用の魔法。ある程度暗い場所でしか効果はないけど、その分隠密性は一級品で、気配の遮断なんてチャチなレベルじゃなく、視覚、嗅覚、聴覚的な知覚を誤魔化す。もちろん気配も遮断する。
当然これもおまかせで手に入れたスキルで、Nスキルの風魔法に対してこっちはUNスキル。やっぱりレアリティが高ければその分性能も良くなるみたいだ。
この魔法のおかげで、私は今まで必ず先手をとってエアスラッシュを使えた。だから一度も真っ当な戦闘に突入したことはない。わざわざ自分から危険をおかす必要もないしね。
とはいえ、たしかに影魔法強力だけど弱点もある。ハイドウォークは永続ってわけじゃないから効果が切れたら使い直さなきゃいけないし、魔物と戦うと効果が切れる。これは一方的にエアスラッシュを使った場合もそう。
それに何より、MPの消費が激しい。
私の元々のMPは、スキルの補正込みで66。エアスラッシュは消費MP3で、ハイドウォークは消費MP10。これまで、4匹の魔物を倒すのにエアスラッシュ4回。それから戦闘の度にハイドウォークを使ってたから、これも4回。合わせて52消費してる。私のMPはもう14しか残ってなくて、ハイドウォークとエアスラッシュを後1回ずつ使ったら打ち止めになっちゃう。
ヘルプを呼んだ限り、MPが0になっても何かあるわけじゃないけど、レベルアップで回復とか、自動回復とかはないから管理には注意が必要みたいだった。
MPは、マナポーションを使うか、睡眠をとるかのどちらかで回復できる。
でも、現時点で私が選べる選択肢は睡眠をとるの一つだけ。マナポーションは1本300dもするから、食べ物を買ったり普通のポーションを買った後では手が届かない。狸を倒して手に入れたお金もあるけど、それじゃあ足りなかった。
最初の部屋は、たぶんセーフティエリアなんだと思う。だって、部屋の目の前に居た狸は三日間入ってこなかった。だから、睡眠はそこですればいい。一応、最初の部屋に通じる扉は消えてなかったし、今日はセーフティエリアで休んでMPを回復しよう。
結局、魔物がリポップしてるなんてこともなく、私は無事次の階層への扉とセーフティエリアへの扉のもとに帰ってこれた。
スタート地点のすぐ隣に次の階層に繋がる扉があるって、なんかローグライクみたい。
このとき、私は完全に油断していた。次の瞬間に発生する事象を、これっぽちも予想していなかった。
「え?」
最初の扉は、ガチッと何かに引っかかるような音がして開かなかった。
血の気が引いたという言葉がある。フィクションでは顔が青ざめたり目眩がしたりと結構大げさに描かれることが多いあれ。でも、あれって全然大げさじゃなかったんだなって、今日初めて知った。
一瞬、視界がグラリと揺れた。
「うそ、うそうそうそ! なんで!?」
何回ドアノブを回しても、ガチャガチャと耳障りな音を立てるだけで扉は開かない。
そうだ! スマホに何か書いてあるかも!
思えば一番最初もドアは開かなかった。けど、初期設定を終わらせたら開くようになった。今回もなにか、開けるための条件があるのかもしれない。
一縷の望みをかけてスマホを電源を入れた。だけど、表示されている画面はいつもどおりで、通知は来てなかった。
「開け! 開け! 開け! 開いてよぉ!?」
開かない。
なんで? だって、もう入れないんだったらドアを残しておく必要なんてないはずじゃん。魔物とかスキルとか、そんなとんでもないことが出来るんだから、このドアも消しちゃえばいいじゃないか。
確認もせずに戻れると思ってた私は馬鹿だ。とんでもない愚か者だ。でも、それ以上に私は悪意を感じた。
こんな、わけわからない状況にいきなり放り出されて、何でもかんでも冷静に、間違いなくなんて出来る訳ない!
運営は、きっと騙された初心者が絶望に打ちひしがれるのを見て楽しんでいるんだ。ゴミクズだ。死んでしまえ。
失礼な。フラグ管理が面倒だっただけですよ。




