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ガチャ11 神かクソか

 気が付くとその女は俺たちの目の前にいた。なんの予兆もなく、瞬き一つしていないにも関わらず、まるで最初からそこにいたように。


「ふふっ、一度でいいから言ってみたかったんです、この台詞」


 手元を覆って控えめに笑うその姿のなんと麗しいことか。チープな言葉だが、例えるならば女神。それ以外に言い表せない。

 普段はにゃーにゃーうるさいデブ猫も、このときばかりはポカンとした表情で女を見つめている。


「さて、まずはおめでとうございます。あなたたちが、チュートリアル突破第一号です。よくできました」


 自然な動作で近づいてきたその女が、俺の頭をよしよしと撫でる。一切抵抗が出来なかった。抵抗する気にすらならなかった。

 女神の如き美しさを持つ一方で、その女の圧力は凄まじいものだったからだ。存在としての格が圧倒的に違う。逆らって良い相手じゃない。


「わざわざ運営様が労いに来てくれるとは。暇なんですか?」


 それでもそんな軽口を叩けたのは、女の態度が友好的だったからだ。もしも俺たちをどうこうする気なら、そもそも逆らおうが従属しようが結果は同じだということもある。


「……! いえいえ、今も細かいアップデートに大忙しですよ。本来なら私が出てくるようなことはないんですが、ちょっと今回は想定が大幅に狂ってしまいまして……」

「想定? 俺が予想外の何かをしたと?」

「う~ん、あなたがというより、いや、あなただからなのかもしれませんが……。単刀直入に言うと、そのUR武器が強すぎるって言うことなんですが」

「……なるほど」


 そのUR武器、神剣アルティマテリカに他ならないだろう。

 強すぎる、か。たしかにこの攻撃力は絶大だが、わざわざ運営が文句を付けにくるほどの性能なのだろうか?

 ここにはネットの掲示板があるわけではないため、どのスキルやどの武器がぶっこわれ性能なのかは調べようがない。しかし、今まで使っていた感じゲームバランスを崩壊させるというほどの理不尽さは感じなかった。

 まあ、これはあくまで1プレイヤーの意見でしかなく、運営には運営の都合というやつがあるのだろう。


「つまり、ナーフですか……」


 ナーフ、オンラインゲームに用いられるネットスラングで、日本語にするならば弱体化、下方修正といったところか。名前の通り、強すぎてゲームバランスを乱す武器やスキルを弱体化させる措置を指す。

 このナーフはソシャゲにおいても無関係な話ではないため、それじたいは理解できる。

 しかし、理解できるからと言って納得できるかと言われれば話は別だ。

 俺は序盤の安全や安定と引き替えにガチャを引いてこのUR武器を引き当てた。それを弱体化させると言うのであれば、相応の補償があってもいいのではないだろうか。


 あるいはそんな補償をする気もないから直接判決を申し伝えに来たのか? 鬼! 悪魔!


「あ、いえ、ナーフはしませんよ。弱体化によるバランスの修正というのは好みませんので」


 女神様だった。


「ほんとですか!?」

「え、ええ……」


 あまりの剣幕で叫ぶ俺に若干引きながら女神様は肯定した。

 なんということだろう。未だかつてこれほどの神運営があっただろうか。ぶっこわれ装備であると知りながら、それを手に入れたプレイヤーの為にナーフはしない。

 いやー、神剣持ってない下々のプレイヤーには悪いけど、そこは運が悪かったと思ってさ、ね! ごめんね! ぶっこわれ装備の恩恵受けてごめんね! ぷーくすくす!


「それでですね、ナーフはしませんが、あなたには他のプレイヤーさんとは違うエリアに行って貰うことになりました」

「違うエリアですか」

「そうです。通常、このチュートリアルが終わったプレイヤーさんは徘徊の森第一階層に行くことになります。これは、奈落の迷宮というダンジョン全体で見ると第六階層にあたります」


 今、俺や他のプレイヤーが攻略しているダンジョンそのものが奈落の迷宮というもので、その中で細かく分けられたエリアが始まりの坑道や徘徊の森ということのようだ。


「今回のゲームは一応奈落の迷宮第五十階層を終点とするβテストなんですが、あなたには五十一階層を出発点に百回層到達を目指して貰います」

「はい! 質問いいでしょうか!」

「そうですね……。あなたには言ってみたかった台詞を言う機会を二回頂いたので、それを加味して三つまでどうぞ」


 二回? 一回目はさっきの半分なんちゃら~のことだろうが、もう一回はなんだ? 心当たりがない。まあ、俺に利のある話だしなんでもいいか。


「このゲームは死んだら死にますか?」

「はい、死にます。死なないように頑張りましょう」


 女神様の表情や雰囲気に一切の変化はなかった。矮小な人間にとっては結構重要な話なのだが、やはり女神様ともなるとたかが人間の生き死になど気にならなくなるのだろう。答えた時の女神様は、それはいい笑顔だった。

 そういう設定のVRゲームだとか、往生際悪く考えればなんとでも言えるが、たぶんこれは現実で間違いないだろう。女神様の言うとおり、ここでの死はそのプレイヤーにとって本当の死だ。


「五十一階層に行くのは私たちだけですか?」

「そうです。現在URの装備やスキルを持っているのはあなたを含めて三名いますが、その中でもあなたが最もバランスブレイカーになると判断されました」


 俺以外にも二人、UR持ちが居るのか。参加者の分母がわからない以上多いんだか少ないんだかわからないが、たぶんその二人と俺が出会うことはない。

 なにせ俺だけ五十一階層とかいう本来このβテストでは行かない場所に送られるのだ。出会えるはずもない。

 これはUR持ちの二人に限った話ではなく、俺はこのβテスト中に他のプレイヤーとパーティーを組むことは出来ないということだ。

 そんなことは当然運営側も承知のはずで、それでも問題ないと判断されているのであれば、神剣アルティマテリカはそれほどに強力な装備なんだろう。


「なぜ、私はテストに選ばれたんでしょうか?」

「……知りたいですか?」


 女神様の顔色が変わった。眉をへの字に曲げて若干の困り顔だ。そんな表情も美しい。

 ランダムで選ばれたと言われても驚かなかったのだが、言いにくいような理由でもあるのだろうか。


「知りたいです」

「そうですか……。あなたは物分かりが良く、状況への適応も早い。今回の話も他のプレイヤーさんだったらこうもスムーズにはいかなかったでしょうね。ですから、特別に教えてあげましょう。選定対象は、最近神に祈った者、です。その中から無作為にですね」


 神に祈った者……? 最近神様に祈ったのなんてガチャを引くときと電車でうんこが漏れそうな時くらいだったんだが、まさかそんな祈りすら対象にされていたのか……?

 しかしガチャの引きはそんなに良くなかったぞ。うんこは我慢できたが、まさかあのうんこ我慢には神の力が介入していたのか!? その対価がこのゲームへの参加、ということか……?


「さて、どうでしょうね? それはともかく、こうして私が姿を現すのはこれが最後だと思って下さい。今回こうして説明に来ているのも極めて特殊なケースですから。本当はそのまま飛ばしてもよかったんですからね? 感謝してくれてもいいんですよ?」

「ご親切にありがとうございます」

「よろしい。礼儀正しい者は好きですよ。では初富晴斗さん、攻略目指して頑張って下さい」

「はい!」


 ビシッ! と敬礼して送り出す俺を見て、女神様はまた小さく笑いながらその姿が薄れていき、気が付くといなくなっていた。


「恩着せがましい人だったなぁ」

「馬鹿にゃろう! 聞かれてたらどうすんじゃ! はーもう心臓止まるかと思ったわー。もっと下手にでんかい! どあほう!」


 いやだって無理矢理生き死にをかけたゲームに巻き込んでおいて悪びれないどころか感謝を求めてくるとか、恩着せがましいにもほどがあるだろ。

 そりゃーもしかしたら公衆の面前で脱糞しなかったことは神様のお陰だったのかもしれないが、それにしたってその対価が命を懸けたゲームへの参加というのはどうなんだろうか。

 社会的な死を退けた代わりに肉体の命をかけることになろうとは……。


「猫は知り合いだったのか?」

「知り合いではないけどな、わいが使い魔になった時に一度存在は感じてたから本能が知ってるんや。あの姉さんに関わったらあかんってな」

「どーりで」


 妙に静かだと思ってたんだ。




一章 了

いつも見守っていますよ。

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