ガチャ01 ガチャ中毒のフリーター
ガチャ、別名カプセルトイ。日本におけるその起源は昭和40年にまで遡り、数年という時間をかけて全国に広まっていった。平成初頭には駄菓子屋やスーパーで見かけないことはなく、人々の生活の一部として完全に根付いていたそうだ。
数々の大ヒット商品を生み出したカプセルトイだったが、しかしどんなものも時代の流れに逆らうことは出来ない。いまや、ガチャと言えばソーシャルゲームにおけるシステムの一つを指す言葉であり、ガチャと聞いてカプセルトイのことを考える人間は非常に少ないだろう。
この俺、初富晴斗も大多数の人間の一人だ。
かつて、無垢な少年時代には少ないお小遣いを握りしめ、学校で流行っていたガチャガチャに挑戦し、当たり外れに一喜一憂していた。
それが今となってはどうだ。流行のソーシャルゲームで推しのキャラクターを手に入れるため、バイトで稼いだ金を全て使い、生活費すらなくなってしまった。
「こんなはずじゃなかった……」
寂しい男一人暮らしの六畳一間で俺は涙を流す。
カプセルトイがどうだとか、少年時代はどうだなんてものはただの現実逃避だった。
俺は後悔していた。冷蔵庫にはモヤシと各種調味料、それから台所にパスタがあるだけ。数日はもつかもしれないが、食料が切れたらどうするのか。
……いや、本当のことを言うとそんなことはまあどうにでもなるだろうと考えていた。
俺が本当に後悔しているのは
「爆死したああああ!!」
生活費をつぎ込んでまで回した300連ガチャで、最推しキャラクター「神剣の勇者アリシア」の夏限定水着衣装カードを引けなかったことだ。
こんなことなら、こんなことならあと数分、時間をずらすんだった! きっとほんの少し乱数が違えば、引けていた筈なんだ!
あぁ、神よ! 願わくば時を戻してくれ! この手にもう一度チャンスを!
「どうする……」
ひとしきり後悔のうめき声をあげ、ショックも落ち着いてきたところで、自分の理性に問いかける。
ソシャゲで何回もガチャを回した場合、人にもよるかもしれないが、俺はSNSでその結果を自慢したり自虐したりしている。当然、300連も引けばお目当てとは違うURカード(最高レア)を何枚か引いてはいるため、それを自慢することは出来る。
しかし、SNSで繋がっているオタ仲間は俺がアリシアを最も推していることを当然知っている。そんな中で、俺がアリシア以外のUR自慢をしていたらどうなるだろうか?
(良い引きですね。それで、アリシアは引けたんですか?)
(あれれー? おっかしいぞー? アリシアちゃんがいないぞー?)
(300連爆死乙w)
煽られるに決まっている。それはもうこれでもかというほど煽られるだろう。中にはアリシア引きました、とか言ってうざい顔文字と一緒にスクショを送りつけてくるやつもいるだろう。間違いない。俺も普段やってることだ。
いつもならそんなのは軽いじゃれ合いのようなもので、気にするようなことでもない。だが今回だけは話が違う。俺はどうしても水着アリシアが欲しかった。煽られるだけならまだしも、スクショまで添えられていたら俺はもう止まれなくなってしまうかもしれない。
借金だ。
これまで、どれだけ欲しいキャラがあっても、生活費がどれだけ苦しくても、借金だけはしないようにしてきた。現状でもすでにガチャ中毒と言っても過言ではないのに、一度でもソシャゲのために借金をしてしまえば、俺はもう戻ってこれないかもしれないという恐怖を感じていた。
だが今は、少し揺れている自分がいる。今回だけ、一回だけなら別にいいんじゃないかと。給料が入ったらちゃんと返せばそれでおしまいだと。
まるで、天使と悪魔が俺の心の中で戦っているような、そんな葛藤がグルグル渦巻いている。
「くっ……!」
恐ろしい。
人の業の深さ、そしてまだ見ぬ己の闇。
今、この目の前にあるスマホでSNSアプリを開いた時、俺は自分がどうなってしまうかわからない。それがなにより恐ろしい。
元来、人間は未知を恐れるものだ。暗闇が恐ろしいのも、その先に何があるかわからない。どんな脅威が潜んでいるかわからないからこそであり、もしも暗闇の先を見通す眼を持っていたのなら、人は闇を恐れることはないだろう。文明が、光を使うことで夜を克服したように。
だが、いくら暗闇が恐ろしくとも、いつまでも立ち止まっているわけには行かなかった。恐怖で足が竦んでいても、立ち向かわなければその先に未来はない。
大丈夫、俺の心の中には光がある。たとえ進む先に暗闇が広がっていたとしても、俺は俺の光でその道を照らしてみせる。
覚悟を決めて、心を落ち着かせるために眼を閉じて深く息をすい、ゆっくりとはいた。
そして、俺は――
ガチャの話ですよね?