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ハッピーエンドを見せてやる

「無駄だ。君も知っているだろう? 俺は地球で大した事は出来ないが、自分の創作した世界では無敵だ」


 伊吹の言う通りだ。


彼の能力は、彼が思い描いた事を何でも実現が出来る能力。


しかし、それは『彼の創作した物語』上での事だ。


地球は彼が創作した世界では無い。故に何かを生み出す事は出来ても、全ての事柄を実現できるわけでは無い。



だがこのミューセルは『彼の創作した世界』だ。


彼が思い描いた事は、何でも実現する世界なのだから――僕の撃つ弾丸が、彼を貫く事は、あり得ないのだ。


 僕の放った弾丸を一発、伊吹は手で受け止めた。それを指で弾くと――鉛玉は僕の腹部を貫いた。



「救世主様ッ!?」


「来るなエルッ!!」



 僕達パラケルススは、通常死ぬ事は無い。


しかし、同じパラケルススや神霊に殺される場合は別だ。


――このままだと、僕は伊吹に殺される。



「大和。俺は君が気に入っているんだ」


「なに……?」


「君は問題児ばかりのパラケルススの中で、ごく普遍的な性格の持ち主だ。


 今やごく普通の高校生と言っても、問題はないだろう。


 時に喜び、時に怒り、時に哀しみ、時に泣く。


 パラケルススであるから道を切り開く力も持ち得、しかし絶対の存在では無い――


 まるで物語の主人公だ。俺は初めて君に会った時から、君が好きなんだ」


「野郎に告られても、嬉しくねぇよ……!」



「だからこそ、俺の言う通りにしてほしいんだ。俺はただ、そのアリメントが死ねば良いと思っているだけ。


 何なら、あのエルという娘も、殺してみて欲しい。


 力も無くて、子を産む事もない、喰われない為に戦う意思もない――創作物に一番要らない不純物を」



「、ッ!」


 俺は思わず駆けだして、力を込めた握り拳を、伊吹の顔面へと振り込んだ。


顔面へ叩き込まれる前に、何か力場のような物に遮られる僕の拳。しかし、力は緩めない。



「不純物だとッ!? お前が、お前なんかが、エルに向かって、そんな風な口をきくなッ!」


「俺は自ら生み出した創作物である彼女を不要とした。けれど君にとっての彼女は違うと?」


「ああそうだよっ! エルは僕の大切な人で、あのアリメントはエルにとって、これから大切になれる人だッ!」


「ああ、本当に君はイイ。俺の思った通りの男だ」


 だからこそ困る――伊吹はそう続けた後に、僕の腹部を思い切り蹴り付けた。



それこそ弾丸の様な速度で吹き飛ばされた僕は、城の壁に身を打ち付け、久々に感じる痛覚に、身体を歪ませた。



――ああ、痛いって、こんなに辛い事なんだな。



ゴフゴフと咳き込んで、血を吐き出し、それでもゆっくり立ち上がる。


「大和、俺は君に言ったな。


『万物は生まれを祝福されるべきだ。だが、その生まれ出る者が生きるためには、何かを壊さなければならない。


 例えば木々を伐採し、山の形を変え、都市を作るように、人や生物の営みは、こうして破壊と再生に満ちている。


万物全ては、罪によって成り立っているんだよ』――と」


「だから、何だよ……っ」


「だが君は、その罪を受け入れない。いや……違うな。俺と根本的に解釈が違うんだ。



 君は『人が生きる上で罪なんて無い』――そう考えているんだろう?」



「どうだろうな……僕は正直、お前の言う罪ばかり抱えて、生きて来た人間だ。


 僕は、人の営みを愛した。


それは、僕が幼い頃に、家族と友を失った、哀しみからだ。



 だからもう……失いたくないんだ……!」



 段々と、僕へと近付いて来る伊吹。


彼は、このまま僕が考えを改めなければ、僕を殺すつもりだろう。


 ――役に立たないのならば、せめて僕の創作した世界で、華やかに死ねと。



しかし、それも良いかもしれない。


僕は、死ぬ事の出来ない存在で、死を求めていた。


 死ねない事を嘆き、苦しいともがいた。


けれど伊吹は、僕を殺してくれると言うのだから――それも、悪い話では、無いだろう。



「待って下さい、創造主様」

 


 柔らかな笑みを浮かべたままの、名も無いアリメントが、僕と伊吹の間に立った。


「何だ、創作物」


「えっと、お話はよく分からなかったのですが……早いお話、私がこの救世主様に殺されれば万事解決、という解釈で宜しいのでしょうか?」



 ――何を言っているんだ、この人は。



「そう、その通りだ。お前は物分かりが良いらしい」


「ふふ、ありがとうございます」


「何を」



 僕の元へと駆け寄り、僕の手を取り、自らの胸に置いた彼女は――慈愛の目で、言うのだ。



「私、再びエルと会えて、母と呼ばれる事が、嬉しかったんです」


「ああ、それが本来、生物の営みだ。


 これからもエルを娘として、名を呼んであげてくれ。エルもきっと、貴女の事を、母と呼んでくれる」


「でも、私が生きていては救世主様が、創造主様に殺されてしまう。


 そうすれば、エルはきっと哀しみます。私は、エルの哀しみに満ちた表情は、見たくないのです」



 僕は、エルを見る。


エルは、涙を流していた。


傷付く僕を見て。


 戦う僕を見て。


きっと、何が起こっているのか、これからどうなるのか、何にも分からなくて、戸惑っているんだろうな。



「エル」


 僕は彼女の名を呼ぶ。


「君は――どうしたい?」


 そして残酷な事を聞いた。



「わ、私は……」


 彼女は、ただ考えている。


今自分に与えられた牌に目を通し、何を切ればいいか。


彼女に与えられた牌は、たったの二つ。


母か、僕か。


どっちかを切れば、どっちかが死ぬ。


彼女が母を切れば、僕は彼女の母を殺そう。


彼女が僕を切れば、僕は伊吹に殺されよう。


優柔不断で、結論を導く事を恐れた僕は――この残酷な問いを彼女へする事で、逃れたのだ。



「私は――ハハと、共に生きてみたいです。


 正直、未だに困惑しています。私は神に命を賜ったのではなく、ハハという者から生まれた事を。


けれど、知りたい。


救世主様の言う、カゾクの営みというモノを、これから、知っていきたい」


「良く言った」



僕が伊吹に立ち向かい、伊吹に殺される。それで万事解決だ。


伊吹は自分の創作物に手を出す事は無い。だから僕が殺されれば、彼女達の命は安泰だ。



そう――この結末が、一番いい筈だ。



「……でも」


 と、エルの言葉が、続いた。



「私……救世主様とも、一緒に居たいって、思うんです。


 救世主様が死ぬ事も、ハハが死ぬ事も、嫌です。


二人と――これから共に居たい。



ああ――今、分かりました。


この気持ちが、アイするって事、なんですね」



彼女の言葉を聞いて。


彼女が浮かべた涙を見据えて。



僕には一つ思いついた事がある。


けれど、分の悪い賭けだ。


もし賭けに負ければ、僕達はとんでもない事になってしまうが――


それでもいい。


 僕は、覚悟を決めた。



「伊吹、お前はハッピーエンドって好きか?」


「嫌いでは無い」


「なら――ハッピーエンドを見せてやるよ」


 僕は指を――鳴らした。

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