人が生きる事の中で一番大切で、でも一番小っちゃな事。
「僕は沢山の死や生に出会い、四百年近くを生き続けて来た。
退屈だった時もあれば、世界の危機に直面した事もあった。
でも、それでも――生き続ける理由は、見つからなかった」
人が生きる理由は何だろうと考えたりもした。
たかが百年の生を謳歌する為ならば、確かに理由など幾らでも見つける事が出来るだろう。
夢を持って何かを志し、その為に努力する事も出来よう。
けれど、僕は永遠の命を持ってしまった。
パラケルススなんぞになったせいで、欲しい物は全て僕の手に入る。
そんな中で、僕が生きる理由は……一体何だと言うのだ。
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「五年前、僕は適当に、とある家に入り込んだ。戸籍を得るために」
「コセキ?」
「僕達の世界では、生きている人間は全て管理されているんだ。
年齢、性別、住んでいる場所、諸々。記録は幾らでも書き換える事は出来るけれど、ただ生きる為にも住処は必要でな。
適当な家に入って住んでいる者の記憶を弄り、家族の一員として迎え入れられる事により、住処を得る。そうして僕は今まで生きて来た。
だけど――その家にいたのは一人、四歳の少女だけだったんだ」
「それが、おかしい事なんですか?」
「人間は、オスとメスが営む事によって、子供を作る事が出来る。人と人が交われば、新たな生命を生み出す事が出来るんだ」
「凄い、神の御業ですね」
「本当にそうだと思う。僕達パラケルススは物の構造を理解していれば何でも作る事が出来るけれど、人の命を生み出す事は出来ないからな」
「あ……という事は、なぜその少女は一人だったのですか? 自分を産んだオスとメスが、そこに二人いるべきなのでは」
「亡くなっていたんだ。僕が入り込んだ一週間前に」
少女は、龍大理沙という名前だった。
僕はこれまで、幼子と共に居た事が無かった。
兄弟も居なかったし、今まで子供を欲しいと思った事も無かったから。
そんな少女は僕を見て――ニパッと笑った。
まだ記憶も弄っていない。
父と母を亡くして消沈している筈の、ただの幼子が、僕に笑いかけたんだ。
『おにいちゃん、だれですか?』
『えっと、僕は』
『わたし、理沙っていいます。パパのお知りあいですか?』
『……そう、そうなんだよ。お父さん、どこか行っちゃったのかな?』
『ううん、このあいだ、しんじゃったんです。ママといっしょに、お車にぶつかって』
『そう、か。でも、理沙ちゃんは寂しいんじゃないのかい? お父さんとお母さんがいなくて』
『うん、さみしい。パパとママ、いたいいたいって、いってたし、かわいそうだった』
『じゃあ、どうして理沙ちゃんは、笑っているの?』
『だって、理沙が泣いてたら、いっつもパパとママは、いっしょに泣いてたもん。
パパとママは、理沙が泣いてると、ぜったいかなしい、っておもうもん。
だから理沙が、ずっと、ずぅーっと笑ってたら、てんごくのパパとママも、ずっと、ずぅーっと、笑ってくれるもん!』
何て強い子なんだろうと思った。
悲しい筈なんだ。
辛い筈なんだ。
大好きだった父と母を亡くした。
僕と同じ筈なのに、僕は塞ぎ込んだ。
僕と同じ筈なのに、理沙は亡くした者を弔い、笑顔でいる事を選んだ。
神さま? パラケルスス? 人の命以外は何でも作り出せる?
そんなの、強くも何ともない。
――この子の強さ以上に、強い者など、存在しない。
『……理沙ちゃん、僕、実は君のお兄ちゃんなんだ』
『お兄、さま?』
『そう、昔パパとママが、理沙ちゃんのお兄ちゃんとして産んで、僕は今まで別の所で暮らしてたんだ』
『そうだったんですか?』
『うん。これからは、僕が理沙ちゃんを守るよ。
――生きる事がこんなにも苦痛な世界で、君という強い子に、出会えたんだから』
**
「僕は理沙の兄になって、理沙を妹にした」
「アニ? イモウト?」
「まず、父と言うオスがいて、母と言うメスがいる。
この二人が交わって、生まれた一人目の子供がオスだったら兄、メスだったら姉。
そしてその後、生まれた子供がオスだったら弟、メスだったら妹、みたいに、家族という括りに名前があるんだ」
「でも救世主様は、そのリサという少女のアニではないでしょう?」
「兄という事にしたんだ。理沙の周りにいる大人たち全員の記憶を書き換えて、そう言う事にしてやった」
「強引なんですね」
「でも……そうする事によって、僕は理沙から色んな事を教わった。
人を愛するって事。
人を慈しむって事。
誰かと共に居る事で埋められる心の傷、大切な人、そして――
生きる上で、笑顔でいる事の大切さ」
僕はエルの頭をもう一度撫でる。
「エル、君は理沙に似ている。姿もそうだけれど、さっき見た虚力を喰われた者達の山で、君は彼女達を慈しんだ。
最後まで強かに生きたいとした。その心までが、全て理沙に似ている。
だからもう、僕の傍から離れないでくれ。
君が何て言おうと、僕は君を守り続けたい。
――僕は、君を愛しているんだと思う」
ぼぅ、と。彼女は顔を赤くして、僕を見つめている。
しかし、長話になったがここは敵陣である。
エルと共に立ち上がって、静かな城を歩く。