僕はそんな彼女の在り方を好ましく思う。
錬金術【リジェネレイト】。それが僕の持つ力である。
これは体内にある【即時物質変換回路】を稼働させることにより、等価交換の法則と物質保存の法則に沿った、物質の即時変換を可能とする超技術だ。
簡単に例えれば火薬とプラスチックと鉄を用いてリジェネレイトを使役すれば、一瞬のうちに銃を作る事が出来る、的な感じだ。
先ほど大量に生み出された火縄銃も、この技術を使って生成した。
エルはよく分かっていなさそうに説明を聞いていたが、僕も彼女が理解できるまで説明をする気は無い。
「つまり僕にはエネミーを殺すだけの力がある。そして僕に託された使命は、おそらく二百年前と同じく、エネミーを可能な限り死滅させ、この世界に秩序をもたらす事だ」
「……でも」
「でも? でもなんだ」
「それで本当に、秩序は保たれるのでしょうか」
「どうして。今は数に絶対的な差があるのだろう。それを可能な限り埋める事が出来れば」
「では、お願いがあります。ついてきてくださいませんか?」
僕の手を握り、歩き出すエルの姿を見て、何か彼女がそう言うだけの理由があるのだろうと悟る。
――そして、彼女の懸念が最もであると分かるには、その光景が残酷過ぎた。
連れていかれた先は、何と言えばいいのだろう。
死体の山と言うべき光景が広がっていた。
否、死んではいない。山は『虚力を喰われたアリメント達の身体が積み上げられて出来上がっていた』のだ。
虚力は、感情を司るエネルギー。それ故に、食されればどうなるか。
――意思を閉ざしてしまうのだ。
生きてはいるものの、生きた屍と言っても良い、そんな者へと成り変わってしまう。
う、う、う、と。うめき声のようなものが聞こえるものの、それは呼吸による音漏れのようなもので、苦しみや憎しみを声に出しているわけでは無い。
彼女達は既に感情を持たぬ人形だ。ただ発声器官があるからこそ、声が出るだけの事。
「ここ一年間で狩られた、エスケープやバルキリーです」
「一年、か」
「はい。もうこの近辺で生き残っているアリメントは、私だけ。
もしかしたらどこかに生き残っている同胞もいるかもしれませんが、それらも私も、そう遠くない未来に――この屍の山へ、積み上がる事でしょう」
「つまり――エネミーを如何に減らしたとしても、アリメントの数が絶望的、というわけか」
コクンと、彼女は頷きながら涙した。
しかし、決して屍の山から目を逸らしたりはしなかった。
「彼女達は、今でこそ残り僅かの、出涸らしのような虚力で生き長らえていますが、いずれはそれも枯れ、死んでいく事でしょう」
「悲しい事だな」
「それが私たちアリメントに与えられた運命です。そして、そのアリメントを狩りつくしたエネミー達が迎える運命も、また」
もう、両種族の絶滅を避ける事は出来ぬだろうというエルの言葉に、僕も同意する他無かった。
――では、成瀬伊吹が僕に課した使命は、一体何なのだろう。
絶滅の確定した世界で、如何に僕が手を出して絶滅を遅らせたとしても、いずれは破綻する。
ならば――僕の使命は、この世界に引導を渡す事なのだろうか。
僕はそう考え、エルへ視線を向けた。
「僕は、エネミーを可能な限り狩ろうと思う」
「それが貴方の使命なのでしょう」
「エルはこれからどうする?」
「どう、でしょうね。でも私は、最後まで強かに生きたいと思います。
もしエネミーが絶滅する前に喰われたとしても、運命を決して、呪わぬように」
「そうか」
彼女は、本当に強かだ。
願えばいいのだ。連れて行ってくれと。
願えばいいのだ。私を生かしてくれと。
――でも、なぜしないのか。
それは、彼女が先ほど言った言葉通りだ。
それが運命なのだから受け入れる。運命を決して呪わぬ、と。
自分以外のアリメントが辿った道を、決して呪わぬ、と。
だってそうでなければ――今までただ喰われるだけであったアリメント達が、あまりに惨めなのだから。
「じゃあ、僕は行く」
「ええ、救世主様。どうかこの世界に引導を与えて下さい」
「達者でな、エル。もし生きていたら、また会おう」
「はい」
別れの言葉は、これだけで十分だった。
と言いたいのはヤマヤマなんだけど。
「ホントゴメン、エネミーってどこ根城にしてるとか知ってるか?」
「あー……ここを真っ直ぐ登っていくとお城が見えます。そこをエネミーは拠点にしています」
「サンキュー。じゃあもう一回カッコ良くお別れしていい?」
「さっさと行ってください……」
なんとカッコ悪いお別れになっただろう。
理沙に似た彼女へ、少しはカッコつけたかったのだけれど。