敵に囲まれたけど妹に似た子が泣いていたので殲滅した。
何とか詳しい話を聞く事に成功した。
少女はアリメント種の一人で、エネミーとの生存競争を逃げる事で回避していた部類らしい。
「アリメントには二種類あります。一つは私の様に逃げる事によってエネミーとの接触を避け、生き延びる事を目的とした種で、エスケープと呼ばれています」
「もう一つは、戦う事を選んだアリメントだな」
「はい、二百年ほど前に現れた救世主様のおかげで、エネミーの絶対数が少なくなりました。その姿に勇気を与えられた種です。呼び名はバルキリーと」
「そのまんま、戦乙女だな」
二百年前に師匠――菊谷ヤエは確かにこの世界へとやってきて、八割近くのエネミーを死滅させた。
残り二割のエネミーとアリメントの戦いが起こり、これまで彼女の様なエスケープでも生き残る事が出来たという事か。
「僕を救世主様と呼んだ理由は?」
「二百年ほど前に現れた救世主様も、同じくチキュウという世界からやってきたと仰られました。そして今や再び危機に陥った我々アリメントをお救いして下さる為に、やってきてくれたのでしょう?」
違う、と言いたかったが、そうも言いきれない。
僕をこの世界に転移させたのは、おそらく師匠の考え通り、成瀬伊吹のせいだろう。
何故なら奴はこう言った異世界だとか異星だとか、そう言った【文明】に関心を抱いていたからだ。
二百年前に師匠をこのミューセルに呼んでエネミーを殺させたのも、今回僕をここに呼び寄せたのも、その文明観察の一環でしかないのだろう。
「しかし、エネミーは繁殖の術を知らないんだろう?」
「繁殖――新たな生命を生み出す事ですね。そのような神秘を行う事は不可能です」
「なぜ。じゃあお前たちはどのようにして生まれたと言うんだ」
「? 可笑しな事を仰いますね。神が作ったに決まっているでしょう」
「神、か。残念ながら僕は自分で見ていない神さまを信用していないんだ。詐欺だったりによく使われるからな」
こうなってくると疑問がある。
成瀬伊吹は僕に何をさせるつもりだ。
師匠が八割のエネミーを死滅させた。そして彼女の雄姿を目の当たりにし、バルキリーという種まで生まれた。
であるならば、エネミーとアリメントには、しっかりとした文明が根付いたではないか。
僕を呼び寄せ、何かさせる理由があるとは思えない。
「――!」
一度、思考を放棄する。
僕は周り一面を見渡した上で、彼女へもう一つ質問をする。
「一つ聞くぞ」
「はい、何でしょう」
「エネミーは繁殖の術を知らない。命は神が作る。そうだな」
「その通りです。神がエネミーとアリメントを御作りになられます」
「エネミーは二百年前に、救世主様とやらが八割近くを殺した。そうだな」
「仰る通りです」
「なら、これは何だ」
言葉を聞いて、ようやく彼女も――自身の置かれている状況に気が付いたようだ。
僕たちを囲むようにして、何かがいる。
姿は人のようだが、甲殻にも似た肌と鋭い牙、爪、そして何より口からは涎をダラダラと流している。
蛇と狼の合成と言われれば納得できてしまうその風貌は、間違いなく化物と呼ぶに相応しい。
――これが、エネミー。
アリメントの敵であり、アリメントの【虚力】を食す者。
数は、ざっと数えただけでも二百は下らない。
僕はこれまでエル以外のエスケープにも、バルキリーにも会っていない。アリメントの比率はこの時点で一。
けれど、今ここに居るエネミーは二百近く。それだけで比率は二百対一だ。これで均衡が保たれている筈が無い。
師匠に不手際があり、実際には全然殺せていなかった説もあり得るだろうが、それはおそらく無いだろう。
彼女はチャランポランではあるが、仕事はキッチリこなす。殺ったというなら殺ったのだろう。
つまり……一度均衡の保たれた筈のエネミーが増え、均衡を再び崩したのだ。
『アリメントだ』
『長らく喰っていなかった』
『食糧』
『俺のだ』
『いいや俺だ』
『喰う』
『喰う』
『喰う』『喰う』
『喰う』『喰う』『喰う』
『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』
『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』
『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』
『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』
『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』『喰う』
それは、恐怖を煽る刃のような言葉であった。
四方から聞こえる食欲に溺れた者達の言葉は、これからお前を喰うぞと少女を脅す。
少女も、理解できないわけではない。
それらは今にも、自分へと襲い掛かるのだ、と。
ガクガクと足を震わせて、今地へ膝を預けた少女。
立ち上がって逃げなければ喰われる筈なのに、恐怖で理性は働かず、ただ心を蹂躙される事を待つのみなのだろう。
――そんな彼女の姿を見て。
――僕の心がザワついた。
「なぁ」
「っ、え」
僕の言葉に、少女は顔を上げた。
涙を浮かべ、恐怖の感情を顔に出す彼女へ、僕は問う。
「名前、なんていうんだ?」
何を聞いているのだろう、と思っているのだろう。
少女は上手く喋る事の出来ない喉を震わせ、何とか言葉を発した。
「え――エル、です」
「そうか」
僕は彼女――エルと名乗った彼女の身体を、ギュッと抱き寄せた。
「安心しろ、エル。
君は、僕が守る」
それが開戦の合図だった。
四方八方から襲い掛かって来るエネミーの群団。エルは目をつむってこれより襲い掛かる恐怖を耐えようとする。
――そんな事、する必要も無いのに。
僕が指を鳴らすと、何かが弾ける音がした。
耳の鼓膜を破りかねない、強烈な破裂音だ。しかも何十、何百回と聞こえる音に、エルは思わず目と塞ぐ。
しかし、あまりの煩さに目を閉じている事が出来ず、目を開けた彼女は、恐怖では無い驚きに心を支配されたことだろう。
ボク達の周囲を埋め尽くす様に【火縄銃】が浮いている。
数は三百丁。その内の一つを掴んで、引き金を引く。
本来であれば火薬と弾丸を詰め、火縄に火を灯して放つと言う動作が必要である筈なのに、そんな動作を行う事無く。
今一度、破裂音が響くと、僕とエルの目の前でフラフラと身体を揺らし、しかしまだ生きていたエネミーの頭部が撃ち抜き、死していく。
既に、二百の軍勢は、全てが死に絶えていた。