表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/109

98話 相対する望み

 アルバートと名乗った男は、余裕そうに笑うとイーラの前にしゃがむ。

 スイレンがイーラを自分に引き寄せて守るが、アルバートはそれも気にしない。

 イーラは睨むような目で、彼を見下ろした。

 アルバートは「ああ···」と感嘆を零す。


「マシェリーによく似た目だ。とても綺麗な緑の瞳。彼女に出会った時のことを思い出すなぁ」

「······会ったことがあるのね。母に」

「もちろんだとも。君とも会ったことがあるんだよ。覚えていないだろう。そうだ。君はまだ赤ん坊だったから」


 アルバートは愛おしそうに目を細める。それがどうにも胡散臭い。

 エミリアはアルバートとイーラの横顔を交互に見比べ、ちょっとだけ首を傾げた。


「こんな小さな体で、この聖堂まで来たのか。それはそれは大変だったろう」


 アルバートは微笑んだまま、イーラをじっと見つめる。


「あれから何年経っただろう。彼女の予言を聞いてから、あれから何年悩んだだろう。もう、悩むことはないのか」


 アルバートは不穏な事を口ずさむ。

 そして、イーラの首に手をかけた。




「世界の終わりから出向いてくれるなんて!」




 その瞬間、アルバート目掛けて一斉に魔法が放たれた。

 スイレンの水砲弾は至近距離で、ギルベルトの炎の弾丸は雨のように降り注ぎ、アルバートの真下からは土が剣山のようにせり出して、その体を風が木っ端微塵に切り裂く。


 爆発音と共にアルバートは土煙の中に閉じ込められる。

 確実に仕留めた! 誰もがそう思っていた。



「······ゲホッ、激しい歓迎だなぁ。そんなにその子が大事か?」



 イーラは信じられない光景に、あんぐりと口を開けた。

 アルバートはふわりと空を飛び、自身の周りを水の膜で守っていた。そもそも、土煙の中にすらいなかったのだ。

 ギルベルトはアルバートに向かって引き金を引く。

 アルバートはすい、と手を動かして土の盾を作り出し、弾を受け止める。

 もう片方の手を動かすと、ギルベルトの手前の土が突き出して、槍の形を成す。視認するより早く、土の槍はギルベルトの腹を貫いた。


 イーラは悲鳴を上げた。


 エミリアは杖で槍を叩き、砂に還すとその砂で矢を形作る。

 杖を引き、更に多くの矢を作り出した。


 スイレンはギルベルトの腹の傷を塞ぐ。イーラもエンユトウエキスで、治癒の加速化をはかった。



「お前たちは、その子がこの世界にとってどんな存在か知っているのか」

「もちろん知っていましてよ。けれど、イルヴァーナさんがわたくしたちにとって、どのような存在かをあなたは知らないでしょう」

「その娘は悪魔の子供だ」

「お前こそが悪魔だ!」



「土よ 我が魔力を糧として 立ちはだかる者を撃ち落とせ」



 エミリアが祝詞を唱える。ジャックはエミリアの隣に立つと、大きく息を吸った。



「荒れろ! 大地の試練アンガー・レイン・アロー!」

共鳴する狼の遠吠えリゾナーレ・ディ・ルーポ・ウルラート!」



 エミリアが矢を放つ。それと同時にジャックは遠吠えを上げた。

 放たれた土に、ジャックの魔力が共鳴する。土の矢は狼の牙のように鋭くなり、より威力を増す。遠吠えに押されて加速した矢は、アルバートが防御する隙間を縫って、彼の頬に傷をつけた。


「ちっ、一ヶ所だけですか」

「それでも傷をつけた」


 悔しがるエミリアを見下ろし、アルバートは頬の傷に触れる。指先についた、確かにある血にほくそ笑む。


「これしきのことで、喜ぶな。子犬共め」


 アルバートが手刀を縦に下ろす。すると、エミリアの足元が割れ、エミリアがその溝に落ちる。


「エミリア!」

「焦ることはありませんわジャック。這い上がればいいだけのこと」

「違う! そうではない!」


 ジャックはエミリアに手を伸ばした。地面が揺れる。エミリアが落ちた溝が、塞がり始めていた。

 エミリアは急いで手を伸ばすが、ジャックの指先まで微妙に届かない。

 杖を突き出し、ジャックに拾い上げて貰うと、ジャックは見えない風に切り刻まれた。


「ジャック!」


 その場にうずくまるジャックに、イーラが薬をかけて急いで治療をする。

 エミリアは杖を突き立てアルバートに土の茨を伸ばすが、アルバートは風魔法で更に上へと逃げてしまう。

 イーラが男に構わずジャックの治療をしていると、急に体が浮いた。

 それと同時に、首に手をかけられているかのような苦しさが加わる。


 アルバートは首を絞める動作をしていた。遠隔でイーラの首を絞めているのだ。

 イーラがもがいている間にも、イーラの体は空へと浮かぶ。

 スイレンは青筋を立てて怒り狂った。スイレンが水晶玉を握り潰す勢いで呪文を唱える。


 ──スイレンの手から水晶玉が落ちた。


 そして、スイレンの腕には薄汚れた札が巻き付けられる。

 スイレンはその札を見て、貼った主を見た。そして、驚きと絶望を隠しきれない瞳で、「どうして」と問いかける。


 フィニは、申し訳なさそうに唇を噛んでいた。


 ***


「どうして、こんなっ······ことを」


 二人だけになった空で、イーラはもがきながらアルバートに尋ねる。

 アルバートは平然とした顔で、イーラの首を絞めながら答えた。


「君は自分の運命を知らないのか。誰も教えてくれなかったのか。『終末の万能魔導師(エルフ)』だということを」

「終末······? ばかげ、たことを!」


 イーラには魔力なんてない。骨身に染みるほど感じた己の非力さと、偉大な母への劣等感。何度だって繰り返されては、煮えくり返るような怒りに振り回されてきた。


「私はっ······魔力、な、んて」

「ああ、マシェリーが封じたのか。だから今まで紋章が発現しなかったんだな」


 驚くイーラとは反対にアルバートは「なるほど」と納得する。


 母がイーラの魔力を封じた?

 もしも魔力が封じられていなければ、自分はもしかしたら魔導師になっていたのかもしれない。そうしたら、自分が今まで抱いてきた劣等感は、怒りは、本当は不必要だった?


 アルバートの行動よりも、母の過去の行動に、イーラは深い疑問を抱いた。

 アルバートは「哀れな女だ」とマシェリーを嘲笑う。



「娘を早く殺していれば、私の言うことを聞いていれば、死ぬことはなかっただろうに」



 アルバートの歪んだ笑顔が目に焼き付いた。

 イーラは霞む視界の中で、今は亡き母に問いかけた。



(──どうして、私が苦しむ道を選んだの?)



 マシェリーが答えるはずがないと、知っていながら。イーラはそう問いかけた。


(──どうして私はずっと、怒っていなくちゃいけなかったの?)


(──どうして私はずっと、比べられなくちゃいけなかったの?)


(──どうして私はずっと、魔力を封られてきたの?)




(──大好きな母さん。もう、あなたが信じられないわ)




 イーラは眉間にシワを寄せる。

 息も絶え絶えで、視界は霞む。もう抵抗する力さえ残っていない。

 イーラは首を掻きむしる手を止めた。




「────大嫌いよ」




 その言葉を最後に、イーラは空から落ちた。

 アルバートはそれを、喜ばしく見送る。

 落ちゆくイーラの体を、誰かが優しく抱きしめてくれた。

 それは、懐かしい温もりと、深い慈しみを持った人だった。



『愛しいイルヴァ。どうか、私だけを憎んで』



 その人は、イーラを助けてはくれない。助けられない。それでも抱きしめたくて、手を伸ばしていた。


『あなたを苦しめたのは、私だけよ。私だけなのよ』


 イーラの額に、優しい口付けを落とす。マシェリーは、涙を零しながら、その手を離した。イーラは母が触れたことも、最後まで慈しんでくれた事も知らない。


 落ち続けるイーラを、誰かが体を掴んで助けてくれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ