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85話 助けたい思いは

 半月に一度だけの、議会の席が全て埋まる日がやってきた。

 それぞれの議席にはあらゆる種族の代表が座り、各々の意思を持って発言をする。だがその議会はどちらかというと、厳格な雰囲気の元に行われる話し合いではなく、茶会のような雰囲気でだべっているだけに近しい。


 今日も和気あいあいと話し合いが進み、議題の全てが片付いた。

 タタラは満足気に皆がいなくなった議席で案件をまとめていると、上から長い髪が垂れてくる。




「お疲れ様です、タタラさん。今日も()()()()()()()()ですね」

「やぁアリア。()()()()()()()に文句あるのぉ?」




 話しかけてきたのは七宝『海神の十字架(リヴァイアス・クロス)』の所持者、人魚のアリアだった。

 タタラは笑顔を崩さずに席を立つと、アリアに向かい合って話をした。


「あの女の子の処分、君だけは反対していたねぇ。ボクちょっと気になっちゃった。何で反対したの?」

「······イルヴァーナさんは、長年私たちを深淵に封じ込めてきたセイレーンから海底の古城(トラグレス)を取り戻して下さった恩人です。お礼こそしましたが、恩はまだ返していません。それを、仇にするわけにもいかないでしょう」

「ふーん、つまり君は()()()()()()()の恩で、犯罪者を庇うんだね。じゃあ反対しても仕方ない! だってセイレーンなんて、魔族の中でも卑しい存在に、住処を奪われるような領主さんだもんね! マヌケな人魚らしいや!」


 タタラはケラケラとアリアを笑う。アリアは彼女を怒りと哀れみに満ちた瞳で見据えた。


「『修練の鴉天狗』······今こそ、その名は輝かしいかもしれませんが、かつてのあなた方はなんと呼ばれていたでしょう。心の卑しさがここまで滲み出ています」

「自分たちを高尚な存在だと思ってるのぉ? 『魅惑の人魚』が、千年前まで何してたか忘れたわけじゃないよね」


 二人が睨み合っていると、タタラは自分の七宝を軽く叩いて「よぉく聞いて」とアリアに念を押す。


「君が何と言おうと、七宝に違反はしていないし、結果が覆ることはないよ。君が一人で出来ることなんてなぁんにもないんだからね」




「マシェリーが娘、イルヴァーナ・ミロトハの死刑は議会の過半数の賛成によって決まった」




 アリアは悔しそうに目を伏せると、タタラはフンと鼻で笑う。

 タタラが背中を向けると、アリアはその背中に問いかけた。



「──もしイルヴァーナさんが、『終末の万能魔導師(エルフ)』でなかったら、あなたは見逃してくれていましたか?」



 その問いかけに、タタラの体がぴくっと動く。タタラは言葉を詰まらせているようだった。

 アリアは畳みかけるように質問を重ねる。


「もしイルヴァーナさんが本当にただの一般人であったなら、四大魔導師のどれかであったなら、あなたは彼女を罰さずにいてくれましたか?」


「······そうだね。彼女が世界に終末をもたらす者でなかったら、少し考えたかもしれない」


 タタラはそう、ぽつりと零したかと思うと突然声色を低くした。アリアを脅すように振り返ると、アリアの胸に指を突き立てた。




「でも彼女が『犯罪者』であることに変わりはない。このボクが罪を見逃すわけないだろう? どう足掻いたって彼女は死ぬ! ボクが殺す! 君がなんて言おうとも、これは、議会の、決定事項だ」




 アリアが怯むと、タタラは一呼吸置いてまた、いつもの笑顔に戻った。

 アリアの身だしなみを整えてやり、円卓上の竹簡を小脇に抱えた。


「まっ、君が『司法神の聖典(スクリフ・ミスラ)』の所持者であったなら、話は別だろうけどね。早く海に帰ったら? 陸に長くいると砂になるんでしょ。君はその十字架が守ってくれるだろうけどさ」


 タタラは手を振って円卓を離れた。

 ただ一人、その場に残ったアリアは胸に七宝の十字架を抱く。海の力を操るこれを、イーラが使えたのなら、海の力が彼女を守ることは無いのだろうか。

 アリアは申し訳なさそうに十字架にキスを落とす。そして円卓を離れた。

 冷たい廊下に、二人分の足音がバラバラに響いていた。


 ***


「ジャック! 世界樹の聖堂はどっちだ!」


 海の上ではギルベルトが舵を取りながら声を張り上げた。

 カナが風を起こして船を進め、エミリアが甲板を忙しなく駆け回る。

 ジャックは風に負けないように声を張った。


「イルヴァーナ・ミロトハは聖堂にはいない!」

「はぁ!? じゃあどこにいるってんだよ!」

「タタラが連れて行ったということは、おそらくタタラが管理する牢獄だ! そこはタタラ自身しか知らない!」

「マジかよ! じゃあどうやって助けに行きゃあいいんだよ! お前犬だろ! その鼻でイーラの匂い追っかけてくれよ!」

「風で匂いが飛んで無理だ! 匂いを追ったところで、その牢獄に辿り着けるとも限らない! あと次、犬って言ったら噛みつくぞ!」


 カナは帆の上の見張り台でうんと目を凝らすも、ぷぅと頬を膨らませる。そしてふわりと見張り台を飛び降りると、焦ったジャックに受け止めてもらう。


「イルルとレンは、あっちに真っ直ぐ進んで行ったよ。でもごめん。あの鴉天狗さん、突然方向変えて飛んでっちゃって、見えなくなっちゃった」

「おうそうか。ありがとな、カナ。ジャックよりも役に立ったぜ」


 ジャックは苛立ちを顔をするも、自分の不甲斐なさに耳を寝かせる。

 カナはジャックの頭を撫でると、「大丈夫だよ」と励ました。エミリアは甲板を駆け回るのをやめると、「ジャック」と声をかけた。


わたくしはフィニの様子を見てきます。少しここを離れるのでギルベルトのサポートを変わっていただけますね?」

「分かった。おそらくイルヴァーナ・ミロトハの部屋にいる。······開けてないはずの部屋の、薬草の匂いがした」

「便利な鼻。追うのに使えたならどれほど良かったでしょう。分かりましたわ。伺ってきます」

「神殺しの巫女──」

「エミリアとお呼びください。ジャクイーン・ハルヴィア・モントベール。そう呼び続ける間は、わたくしはあなたを軽蔑します」


 エミリアはフンと鼻を鳴らすと、船室へと向かって行った。

 カナはエミリアを心配そうに見送ると、「あのね」とジャックに声をかけた。


 ***


 薬草と新しい本の匂いが溢れるイーラの部屋は、年頃の女の子にしては質素な部屋だった。

 ベッドも最初の真っ白なシーツのままで、壁には乾燥中の薬草ばかりが飾られている。唯一小物置きにしている棚には、今まで色々な人からもらった品が並んでいて、大事そうに手入れした後があった。


 フィニはベッドの端に顔を埋め、しくしくと泣いては袖を濡らす。「ごめんなさい」とイーラやスイレンに謝っては自分の無力さを嘆いていた。

 エミリアは部屋に入ると、フィニの隣にそっとしゃがんだ。


「フィニ、フィニアン。泣くのはもうおやめ下さい」

「エッ、エミリアさん······ひっく、ご、ごめんなさい······僕の、僕のせいで、イッ、イーラが」

「あなたのせいではありません。フィニ、スイレンはあなたを助けるために、イルヴァーナさんを守るために捕まったのです。きっとスイレンがイルヴァーナさんを励ましているでしょう。イルヴァーナさんもまた、助けを待っていることでしょう。わたくしたちが助けに行かないと、お二人はきっと大変な目に遭いますわ」

「わかっ、分かってるんです······でも、でも僕。僕は何にも······」


 フィニがベソベソ泣いていると、エミリアはほんの一瞬だけ冷たい目をした。そしてフィニの頬を強く引っぱたいた。




「フィニアン・レッドクリフ。今すぐ泣くのをやめなさい」




 エミリアは冷たい声で一喝する。フィニは赤く熱を帯びた頬にそっと手をやった。

 エミリアはフィニの胸ぐらを掴むと、「よく聞きなさい」とフィニを自分に引き寄せた。


「泣いてイルヴァーナさんが助かるなら、延々と泣いていればいい。ですがあなたが泣こうと喚こうと、イルヴァーナさんもスイレンも帰ってきません。自分のせいだと言うのなら、申し訳ないというのなら、手を動かしなさい。足を動かしなさい。泣き言を言う暇があるなら、助ける手立てを考えなさい。泣いていいのは、全てが手遅れになった後です」


 エミリアはすっかり泣き止んだフィニをパッと手放して、慈しむように頬を手のひらで包み込んだ。「馬鹿ですね」と言って、言葉を連ねる。



「あなたが思うよりも、あなたに出来ることは多いのです。どうか自分を小さな殻に押し込めないで。あなたはもっと、自信を持つべきですわ」



 エミリアはフィニのシワになった服を直すと、赤くなった頬を優しく撫でた。とても申し訳なさそうに、それはそれは優しく。


「すみません。手荒な真似をしました。わたくしとしたことが、ケガを負わせるなんて」

「······いえ、僕が間違ってました。叱ってくれて、ありがとうございます。僕、イーラを助けます! 泣いててすみませんでした!」


 フィニは頭を深く下げると、部屋を出て行こうとした。そして、ふと小物置きを見ると懐かしい物を見つけた。

 それを手に取ると、「わぁ」と声を漏らす。エミリアはフィニが手にするランタンに首を傾げる。


「これは、何でしょうか?」

「あっ、これは死霊魔術師(デュラハン)のランタンです。すごいなぁ。どこで手に入れたんだろう」

「ランタンですか。使い方は普通のランタンと同じなんですか?」


 フィニはエミリアに見えるようにランタンを掲げると、中のロウソクを指さした。



「普通のランタンと違って、死霊魔術師(デュラハン)のランタンは行きたい所に連れて行ってくれるんです! 行きたい所を呟きながらロウソクに火をつけると、このランタンがその場所に案内してくれる······んです·········けど······あの、え、エミリアさん?」



 エミリアはランタンを抱くフィニを担いで甲板に飛び出す。

 驚いた表情のジャックとカナに、意地悪な笑みを浮かべた。


「あの二人の元に行く方法がありましたわ! フィニが見つけました! さぁ、行きましょう! 二度と飛べなくしてやります!」


 意気込むエミリアに、ギルベルトとジャックが目配せをする。


『あれ、どうやって止めるんだ』

『知らね。イーラに任せようぜ』


 エミリアの本性が見え隠れする姿に、ジャックとギルベルトはお互いを同情するようにため息をついた。カナはまた見張り台に立つと、風を起こして船を走らせる。

 エミリアはニコニコと、タタラに負けない笑みを浮かべていた。フィニは困った声を出して目を回していた。

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