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84話 捕らわれた水魔導師···と一般人

 連れてこられたのは岩山だった。岩山の囲む中に緑の生い茂る、一際高い山があった。タタラは尖った岩肌が危険な薄暗い牢屋にフィニを投げ入れた。牢の鍵を閉めてにっこりと笑っていた。


「大人しくしててねぇ。死霊魔術師(デュラハン)の死刑は確定だけど、一応議題に出して話し合わないといけないからさ」


 タタラがそう言うと、フィニの姿がぐにゃりと歪む。そして痛そうに腰をさするスイレンが「へぇ」とタタラを嘲笑った。



「もし捕まえたのが死霊魔術師(デュラハン)じゃあなかったら、お前さんはどうなっちまうんだろうね」



 タタラはスイレンの姿に歯ぎしりをすると、悔しそうに下駄で檻を蹴った。


「おのれっ! 忌まわしい魔導師め! 何故(なにゆえ)禁忌魔術師を庇うのか!」

「相変わらず二面性の激しい魔族だねぇ。『修練の鴉天狗』や。生かすのか殺すのかハッキリさせとくれな」



「終末の材料でしかない原初の魔導師が、このボクに、偉そうな口を聞くな!」



『終末』······タタラはそれを知っているのか。そして、スイレンが原初の魔導師というのも、知っている。

 タタラは息を整えると、またさっきのニコニコ顔を繕う。そして「ぜーんぶ知ってるよぉ」とスイレンの胸に指を立てた。


「世界の終末も、君が原初の魔導師なのも、ボクはぜーんぶ知ってるの。百万年経ったからって油断したね。バレたくないなら自分の真名は二度と使うべきじゃなかったんだよ」

「よぉく知ってるねぇ。あちしのことが好きなのかい? まぁ、それはどうだっていいサ。イルヴァはどこだい? あの子に手を出したらお前さんをぶっ殺してやるからね」


 スイレンはタタラを威嚇すると、タタラはケラケラと笑って「こわーい」と震える振りをした。



「大丈夫! あの子が死刑になっても、君のために苦しませたりしないからさ。処刑はボクの仕事だし、一発でキメてみせるよぉ」



 タタラが牢屋を離れると遠くで羽ばたく音が聞こえた。きっとそのまま議会に向かったのだろう。このままではイーラは尋問されるかもしれない。殺されてしまうかもしれない。

 スイレンは水晶を出して脱獄を試みるが、岩の牢獄は乾燥していて水が一滴もない。水の音は微かに聞こえるものの、スイレンが魔法で引き寄せられる距離にない。




「───ああ、ド畜生!」




 スイレンは水晶で檻を殴った。ヒビの入ったそれを投げ捨て、檻に指を絡めて額を添える。

 魔法が使えない。自力で逃げられない。

 その二つの事実がスイレンの心を(むしば)んでいく。胸の奥底にひた隠しにした傷を引っ張り出してくる。

 スイレンは弱りそうな心を何とか保とうと、「大丈夫···」と何度も繰り返して自分に暗示をかける。だが一度顔を見せた傷口は、赤い血をぷっくりと膨らませて周辺に滲んでいく。




「────昔と同じだ。······また、逃げられない」




 スイレンは弱々しく呟いた。


 ***


 背の高い木が茂る中に、丸い鳥かごのような檻があちこちに作られている。タタラはその内の一つにイーラたちを押し込むと、「会議が終わるまで大人しくしててね」と鍵を差した。イーラが檻にすがってタタラを呼び戻す間もなく、彼女はフィニ──の姿をしたスイレン──を連れてまた飛び立ってしまった。



「アンタが気まぐれに死刑執行するまでここにいろっての!?」



 イーラはそう叫ぶが、タタラは返事なんてしなかった。彼女の背中を見送ると、悔しげに檻を蹴った。

 そしてすぐに檻にナイフを当てる。苛立ちながら檻を切ろうと力を入れた。


「ったく! 牢屋に入れられたのなんてこれで二回目よ! ふざけんじゃないわよ!」


 ドワーフ製のナイフは何でもよく切れた。刃こぼれだって起こしたことがない。だが、木製の檻はナイフよりも硬く、どんなに力を入れても傷一つつけられなかった。


「ダメね。暴走した時のジャックみたい。大人しくあの人が帰ってくるまで待ってよう。もしかしたら隙をつけるかも······」


 そこまで言って、イーラはふと思った。

 ──タタラはいつここに戻って来るんだろう。会議が終わるまで、と言うことは数時間は帰ってこない。その間ここに一人だ。食糧もほとんどない。

 それにフィニ──イーラはまだスイレンだと知らない──が心配だ。きっとどこかで泣いているに違いない。


「やっぱり早く逃げよう。ここで死ぬとか死んでも嫌だわ」


 イーラは周りをぐるっと見回した。

 艶のある幹枝と針のように細い葉っぱの木と、細く黒いツタが橋渡しのように伸びている。

 ダイアモンドのように硬い金剛樹(こんごうじゅ)と甘い蜜があるミツヅタだ。

 金剛樹は杖や家具に使われ、特殊加工を施した刃物でないと切れない。この檻も金剛樹で出来ているのだろう。だからドワーフ製のナイフでも切れなかったのだ。


 イーラは鍵にも触ってみた。鍵は普通に鉄製だ。ただ鍵穴が特殊で、触った感じだと、雪の結晶のような形をしていた。専用の鍵でなければ、ピッキングをしようと開かないだろう。


「どうしよう。逃げられないわ」


 イーラは檻をゲシゲシと蹴ってみるが、やはりビクともしない。子供の手で折れるような物でもなく、散々力技を試してみたが体力の無駄遣いに終わった。


 少し腹が減って、イーラは近くに伸びるミツヅタに腕を伸ばし、手繰り寄せてナイフで切った。切った端から蜜が垂れてくると、それを吸って小腹を満たす。

 蜜を吸いながらイーラは考えていた。


「ミツヅタは喉の炎症を抑える薬になるのよね。ちょっともらっていこうっと。あと金剛樹の樹液、なんとか手に入らないかな。塗り薬の繋ぎになるのよね。すごく高価だから買わなかったけど、自然採取出来る機会なんて早々ないし」


 でも金剛樹はものすごく硬いから採取出来る人は少ない。特殊加工のナイフをどこかで買っておけば良かった、と後悔しながら檻の中で寝転がった。



「まぁ無理よね。表面を溶かしながら切るナイフって、専門店行かなきゃ売ってないって······ギルベルトさんも、スイレンさんも······言ってたし」



 表面を溶かしながら切るナイフは持っていない。

 だが、逆に言えば『表面さえ溶かせたら普通のナイフでも切れる』ことにならないだろうか。


 イーラはそれに気がつくと目を輝かせて起き上がった。急いでカバンの中身を確認する。自分で調薬した薬も、買って詰め込んでそのままの薬材も、試せるだけの材料はある。

 ないなら自分で作ってしまえばいい。そうやって生きてきたのだ。脱獄くらい、一人でも出来る!

 イーラは「よしっ!」と鼻息荒く薬の瓶を出した。



「見てなさい! こんなチンケな檻なんか、一日で抜け出してやるんだから!」



 イーラはやる気に満ちた声を張り上げた。

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