表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/109

77話 人狼たちの行方

 

「───どうし、て」


 ジャックはそう言ってイーラの胸になだれ込み、動かなくなった。

 イーラが薬を出そうとするが、ジャックは全身を痙攣させて薬が飲める状態じゃない。

 イーラは「しっかりして!」とジャックに声をかけるが、反応が鈍い。

 焦るイーラにスイレンが駆け寄った。

 ジャックの上に水晶をかざすと、苦しそうに息をしながら呪文を唱えた。




「水の知恵 祈りの歌よ 大地を駆ける自由な者に、癒しの雫を」




 水晶から水が一滴垂れると、ジャックの背中に落ちて波紋を立てる。ジャックの痙攣は治まり、ジャックは楽そうに呼吸をしていた。


「はぁ、焦ったぁ······。イルヴァが飛び出した時はどうしようかと思ったよ」

「それよりスイレンさんも治療するわよ!」


 イーラはヘラリと笑うスイレンをその場に仰向けに寝かせると、服をひん剥いて傷を確認する。

「大胆だねぇ」なんて言うスイレンの口に薬の瓶を差して飲ませ、怪我の様子を確認する。


「爪痕は······よし。エンユトウが効いてるわ。肋骨が三本折れてる。やだ、肺に刺さってるんじゃないのコレ?!」

「やっぱりそうかい? 通りで息が苦しいわけだ」

「ここじゃ治せないわ! それに、肺に刺さってるんなら、私じゃ無理よ。薬剤師に手術なんて出来ないもん! どうしよう。病院ってここら辺にあるのかしら」

「あのさぁ、イルヴァ。心配してくれるのはありがたいんだけどねぇ。······ゲホッ、あちしが、原初の水魔導師(ウンディーネ)だってこと、忘れちゃあいないかい?」


 スイレンはそう言うと、水晶を掲げて「叡智の水よ」と呟いた。

 近くの配水管から水を引っ張り出してくると、自身を水で包み込んだ。水はスイレンの体に全て染み込み、スイレンは何事も無かったかのように平然として立っていた。



「水さえあれば、あちしはすぐに治っちまうのサ」



 スイレンは自慢げにそう言って人差し指を立てる。


「ただねぇ。この治し方、難点が一つある」


 そう言うとスイレンの顔が真っ青になる。そして物陰に隠れると、「オエェ」と吐くような声が聞こえてきた。



「こうやっで······治療に使った、ヴェッ······水を全部·········吐がないど、いげなっ! オエェェ······──」



 物陰からスイレンの説明が飛んでくるが、その後なんにも聞こえなくなった。しばらくそっとしておこうと、イーラはその場を離れ、ローウェルやギルべルトの様子を確認する。


 ローウェルは背中を痛めてはいるが、無事だった。

 ギルべルトは地面に倒れて意識がない。脈を測って容態を診るが、ただ気絶しているだけと知って安心した。


 ローウェルにジャックを担がせて、イーラはエミリアと協力してギルべルトを運ぶ。

 途中で即売会の主催者を発見した。

 ジャックの暴走でうやむやになった即売会はもうお終いらしく、出品予定だった人狼たちを牢に押し込めていた。


 イーラはギルべルトの足をその場に下ろすと、主催者に声をかける。

 主催者は不満げに振り返った。


「あの、即売会はもう終わり·····よね?」

「ああ、当たり前だろ。競り落とした人狼はあっちの牢に入れてるから、勝手に持っていきな」

「ねぇ、まだ売れてない人狼、全部欲しいんだけど」


 イーラがそう言うと、主催者は「はぁ?」と片眉を上げた。


「あのなぁ嬢ちゃん。この人狼たちまとめて一体いくらになると思ってんだよ。それに嬢ちゃんたち、買った人狼に相場の三倍は金かけてんだぜ? それで残りの人狼もって、ちょっとこっちとしてもなぁ?」

「そこをなんとか」


 イーラが食い下がると、主催者はイーラたちが買った人狼と、まだ即売会に出てない人狼を交互に見ると、イーラに詰め寄った。


「普段、闇市でも出さねぇ量の人狼を全部買うって、嬢ちゃん何を企んでんだ?」

「別に、アンタに関係ないじゃない」


 イーラが跳ね返すと、主催者は「じゃあ売れねぇな」と荷造りを進めた。


「ちょっと!」


 イーラが主催者の手を掴むと、主催者は乱暴にイーラを振り払った。

 倒れそうになったイーラを、誰かが支えた。



「僕達の国の衛兵にするんだ」

「弟たちに頼んだんだけど、やっぱり来ちゃった」

「来て正解だね。買えないなんてありえない」

「ボク達の仲間に乱暴するこの人もありえないよ」



 イーラは驚いて顔を上げた。

 赤い目と青い目の男。でも瓜二つの顔が主催者に殺意を向ける。


「どうする? ドーア」

「どうする? ドール」


「殺してしまうか?」

「殺してしまおう?」


「売らないなら、いいよな」

「どう言ったって力づくでしょ」


 双子の殺意に主催者は腰を抜かすと、「も、申し訳ありません」と震えながら謝った。


「イージドール! イージドーア! ······王。どうしてここにい、らっしゃる、んですか」

「敬語無理しないで。ドールでいいよ」

「ドーアでいいよ。ギルのお兄ちゃんだもん」


 ドーアはイーラから離れると、主催者の前にしゃがんで頬杖をつく。


「で、人狼はいくらなの?」


 彼がそう尋ねると、主催者は「こ、これはオークションなので······」とモニョモニョと口を動かす。

 すると、ドールが「いくらだと聞いてるんだ」と少し声を荒らげると、主催者は相場より少し高い金額を提示した。

 ドーアは「あっそ」と興味なさげに言うと、腰につけた袋を主催者にポンッと投げた。


「これで全部買うから。お疲れ様」


 主催者が金の入った袋を持って逃げるように去ると、ドールはイーラの頬をムニムニと揉んで遊ぶ。

 ドーアはフィニを見つけると、ヒラヒラと手を振った。フィニが驚きながらお辞儀で返すと、ドーアは不満そうに頬を膨らませた。


「他人行儀、ちょっと嫌だな」

「あの、イージドーアさん。どうしてここに?」

「フィニのブレスレット、あれボクが作った魔法道具なんだ。危険を察知すると、ボクの元に現在地の信号が送られる。だからここに来た」

「ドーアちょっと焦ってたけど、発信元が商人の街(ギンシャ)って知ってウキウキしてた。お出かけは久々だもんね」

「それは内緒の約束だけど。ドール」

「ごめんね。僕もちょっと楽しみだったから」


 イーラの頬で遊ぶドールに、ドーアは無表情で頬を膨らませる。そしてキョロキョロを辺りを見回して誰かを探した。


「ギルは? ギルはどこにいるの?」

「見てドーア。ここ、何かが暴れた跡がある。かなり大きい。人狼の誰か、まさか暴走したの?」


 双子はエミリアが何とか抱えようとするギルべルトの姿を見ると、血相を変えて駆け寄った。


「ギルべルト! どうしたの!」

「具合が悪い? 大怪我でもした?」

「どうしようドーア、死んじゃうかも」

「どうしようドール、病院は近くにないよ」

「気絶してるだけよ。少し眠れば治るわ」


 イーラにそう言われると、ドールとドーアはギルべルトの肩を支える。


「宿はとってる? とってないならボクらでとるよ」

「いや、ドーア。人狼がいる。宿に入ったら攫われるかも」

「それもそうか。でもボク達、こっそり国を出てきたから馬車も鉄の蒸気車(アイヅァンオート)も無いよ」

「それにこれだけの人狼、どこに隠せる? 船まで遠いし」




「それなら、あちしに考えがあるよ」




 ようやく調子が治ったのか、ややスッキリした顔でスイレンが戻ってきた。水魔導師(ウンディーネ)の存在に、双子はあからさまに顔をしかめるが、他に策がないようで、渋々スイレンの話に乗った。


 イーラが牢の鍵を開け、エミリアとフィニで首輪を外し、ドールとドーアは鎖を焼き切って外す。

 スイレンはその間に配水管からありったけの水を引き抜いて、大きな大きな龍を創る。

 ドールが最後の人狼の鎖を切ると、スイレンは声をはりあげて水龍に命じた。




「飛龍! 水切りの進!」




 ***


 スイレンが魔法で飛んだ先は、商人の街(ギンシャ)の途中に通りかかった海沿いの道だ。

 肩で息をするスイレンにドールとドーアは冷たい視線を浴びせかける。


「これが水魔導師(ウンディーネ)の策?」

「とっても良い考えだね」

「一度に運ぶ人数が多すぎるのサ。ほっといとくれ」


 スイレンはふぅ、と息を整えると、海に向かって水晶をかざす。フィニにおんぶしてもらっていたカナは、ぴくっとして顔を上げると、ぶつぶつと詠唱するスイレンの横に立った。

 スイレンと同じように海に手をかざす。



「叡智の水よ 穏やかなる調(しらべ) この海に浮かぶ宝を引き寄せ給え」

「風の戯れ 精霊の気まぐれ」



「空に架かる橋 潮の干き際の道 全てを繋ぐ(しるべ)はここに 波に揺られて流れるものよ ここに現れん」

「おいで、おいで。あなたの持ち主はここだよ。主人の胸に帰っておいで」



 スイレンとカナは笑って目を合わせると、同時に呪文を唱えた。




「水の演舞 さざ波の桟橋(さんばし)波紋巡り!」

花に惹かれる蝶々ソフィーヅ・ア・ティール・パピヨン




 柔らかな風が吹き、海がざわめき出す。

 波が踊るように揺らぎ、風は歌うように駆けてゆく。

 葉っぱが船のように海の上を飛んだ。

 風はイーラたちの周りで心地よく戯れる。

 海は波の音を楽器のように響かせた。


 少し待っていると、遠くから船が見えた。イーラは「わぁ」と声をこぼす。それは紛れもなく、イーラの船だった。


 帆をいっぱいに張り、イーラの船は波を分けて走ってくる。

 しばらく見なかったその船に、イーラの胸は高なった。


「遠くに置いちまったからねぇ。一人じゃ不安だったのサ。カナト、ありがとう」

「嘘つき。一人でも十分だったでしょ」

「ふふ。でもカナトは手伝ってくれるだろう?」


 スイレンは少し離れて止まった船に、満足そうに頷いた。

 エミリアが杖で地面をかくと、土がボコボコと動き出し、船まで道を創る。


「足元に気をつけてください。ゆっくり乗って、慌てなくても大丈夫ですよ」


 イーラはエミリアと一緒に人狼たちを船に誘導する。

 ドールとドーアも、ギルべルトを支えながら道を渡った。

 全員が船に乗ると、エミリアは道を杖で叩いて戻し、スイレンとフィニが出航の準備をする。

 カナは見張り台に立ち、風を存分に浴びて鼻歌を歌った。


 船はゆっくりと海原を進む。イーラは痩せこけたジャックの髪を優しく撫でた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ