73話 即売会前日 2
『人狼』──それは、半身半獣の希少な魔族。
狼ならではの嗅覚と戦闘能力を、人ならではの知性を持ち合わせた、反則技ともいえる存在だ。
それなのになぜ繁栄しなかったのか。
それは彼らがどちらかというと狼の性質が強かったせいと、もう一つ、彼らが誰にも言わなかった理由がある。
***
「助けろっつってもなぁ」
ギルベルトは困ったように頭を掻いた。こういう事柄は、ギルベルトが特に詳しい。ギルベルトは「悪ぃんだけど」と、ローウェルに言った。
「扱い上、人狼遊撃隊は議会の所有物なんだよ。だから、不要になったら他人に譲渡出来る。だから人狼を解放したら、俺らが罪に問われちまう」
「元々罪人の集まりだがねぇ」
スイレンが向かい側でボソッと呟くと、ギルベルトは銃口をスイレンに向ける。フィニは申し訳なさそうに顔を伏せ、ブレスレットを撫でた。
エミリアがギルベルトの手を下げさせると、「やめなさい」と冷たい目を向けた。
「人狼遊撃隊の、従事形態はどうなっているんですか? 雇用か取引か······それならば、手が出せるかと」
「無理だな。遊撃隊は雇用制でも取引でもない。根っからの駒だ。雇われなら違法性が出るが、雇われじゃねぇから、これは合法」
「売り飛ばすのは違法ですのに」
エミリアがため息をつくと、何やら考え込んでいたスイレンが口を開く。
「そうなると、ちょいと矛盾が生まれるねぇ」
スイレンはそう言うと、袖や懐から紙と筆を出して今の状況を整理する。
「人狼遊撃隊は議会の持ち物であり、駒。雇用じゃあないから、譲渡への違法性はない。が、売り飛ばすのは違法なのに、明日に即売会がある。これって、矛盾してるだろう?」
スイレンがそう問いかけると、フィニが小さく呟いた。
「······即売会で、議会が譲渡しようとしてる?」
「惜しい! でもそういう事サ」
スイレンは「よく出来ました」とフィニの頭を撫でると、ギルベルトに目を向ける。ギルベルトは「だから?」と言いたげに睨み返した。
イーラはその構図をじっと見つめると、「確かにおかしい」と感じた。
売れない物を売ろうとしている議会。譲渡は合法だが、売るのは違法。それを明日に行われる。
そこまでは理解出来る。
だだ、イーラにはどうしても何かが引っかかって仕方なかった。
それは喉まで出かかっているはずなのに、霞のように掴みどころがない。
イーラは先程までの会話を一から思い出した。
まずイーラが広場でチラシを見つける。
食堂で合流して、魔導師的にどうなのかと問いかけて、スイレンとエミリアが悩ましげにしていた。
ギルベルトが『議会公認』だと言って、手出しが出来ないことに気がついて······──
「────七宝」
イーラは気がついた。スイレンはイーラの呟きに反応を示す。
そうだ。七宝だ。スイレンが言っていた。
『規律』の七宝が議会に世界樹の掟や議会のルールを守らせる。
「『規律』の七宝が、出来なくしていることを、これはやろうとしてるんだ」
イーラが言うと、エミリアもハッとした。
スイレンは満足気に頷くと、「流石愛しいイルヴァ」とイーラを撫でた。
「たぁだねぇ、あちしも不思議なのが、七宝の力を捻じ曲げる術が議会にあることサ」
それには、エミリアが答えた。
「スイレンが、風魔導師の集落で仰ったでしょう」
「ああ、覚えているとも。『七宝は万能魔導師の最大の恩恵』って──」
そこまで言うと、スイレンは突然立ち上がった。
そして屋根の上をウロウロと歩き回ると、突然頭を掻きむしって叫び出す。
「あンのクソッタレェェェエェェ!!」
「やめろジジイ目立つな撃つぞ!」
「ギルベルトさん銃しまってください! あ、危なっ! 危ないですってばぁ〜!」
フィニが慌てて止める姿を横目に、カナは吹き抜ける風に鼻歌を歌う。
スイレンは苛立ちを露わにして荒々しく座ると、「あのクソッタレだ!」と宙を指差した。
「エルフ紋だ! エルフ紋は七宝を創り出した魔導師! だから七宝の魔力の影響を受けないように出来る! それを悪用したなあの第一席!」
スイレンの怒りに反応して辺りを覆っていた水の膜が大きく揺らぐ。ぼこぼこと鋭い棘を形成すると、幕の大きさは周囲へと伸びていく。
「だぁぁぁぁ! やめろジジイ! これはマジでやめろ!」
「スイレン! 魔法を止めてください! 地上の人たちに当たりますわ!」
「どうせ魔導師しかいないサ! ああ畜生! だからあのクソッタレを第一席にするのはやめろとあちしが散々忠告したのに!」
スイレンの怒りは暴走し、ギルベルトとエミリアが止めても聞く耳を持たなかった。フィニが慌てて魔術を使おうとすると、カナが「大丈夫」と言って手を下ろす。
カナはスイレンの膝に座ると、めいいっぱい腕を伸ばしてスイレンに抱きついた。
「ダメだよ。レン」
スイレンは驚いた顔でカナを見下ろすと、水晶を掲げて水の膜を霧散する。カナはそれを満面の笑みで見つめた。
「カナト、お前さん──」
スイレンはほんの一瞬、その瞳に過去の憧憬を思い描いた。そしてすぐにしかめっ面になりカナの頭を鷲掴みにする。
「止めなかったら、あちしを風刃で細切れにしようと思ってたろう!」
「だって皆が危ないって言ってるのにやめないんだもん」
スイレンはカナを剥がし、ギルベルトに預けた。咳払いして座り方を直す。しばらく放って置かれたローウェルが、我慢できずに「どうか手を貸してくれないか」と頼むと、スイレンが意地の悪い笑みを浮かべる。
イーラはその様子をクスリと笑うと、「いいわよ」とローウェルの手を掴んだ。
「私も胸糞悪く思ってたもの。全員まとめて助けてあげるわ」
イーラがそう言うと、ローウェルはイーラの手をしっかりと握り返した。




