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72話 即売会前日

 賑わう食堂の奥のテーブル席で、スイレンとエミリアは険しい表情をする。イーラはカナの相手をしながら二人に先ほどの件を相談していた。


「人狼即売会ねぇ······」

「魔族の売買は初めて聞きますわ」

「それって魔導師的にはアリなの? 世界樹の掟には······」

「イルル! カナこれ食べたい!」

「まだ早いわ。アンタちゃんと固形のもの食べれるようになったのは一昨日からでしょ。もう少し柔らかい物がいい」

「えー! でも美味しそうだよ?」

「じゃあ少なめに頼もうか。何か飲み物と一緒にね。イーラそれならどう?」

「もう、そうね······牛乳とならいいわよ。フィニ、注文お願い」


 カナのお()りをフィニに少し任せ、イーラは話を戻した。

 世界樹の掟には、確か生き物の人権を守るルールがあった。それに反するようなら、それは違法になる。しかし、スイレンは「ちょっと違うね」と重いため息をついた。


「世界樹の掟に明記されているのは、『この世の全ての()()は自由を制限されてはならない』だから、人狼は対象外なのサ」

「そんな······」


 ショックを受けるイーラに追い打ちをかけるようにギルベルトが食堂に入ってきた。広場から引きちぎって来たであろうチラシをテーブルに叩きつけ、イーラに分かるように紋章を見せた。


「この大鷲(おおわし)の紋章は議会の印だ。で、議会が世界の中心なのは分かるな?」

「ちょいと小僧。もう少し優しく言っておやりな。イルヴァは繊細なんだ」

「スイレンさん、それくらい平気よ」



「『議会公認』ってことでしょ」



 イーラがそう言うと、ギルベルトは「そうだ」と言ってフィニの隣に座る。カナの元に料理が運ばれると、フィニが食事の手助けに入った。

 店員はイーラたちをじろりと見下ろし、「注文しないのか」と言いたげに咳払いした。

 ギルベルトが適当に注文して店員を追い払うと、話はまた即売会のことに戻る。


「議会公認の即売会ってことは、下手に手を出せねぇ。それが密猟だろうとな」

「そうだねぇ。でも密猟はないんじゃあないかい? 議会は『規律』の七宝の魔力で世界樹の掟や議会のルールを破ることは出来ない」

「でもそうなると、人狼の出処(でどころ)が分かりませんわ」

「じゃあ何だ? 人狼が使われる何かが議会にあったか?」




「────人狼遊撃隊」




 フィニがボソッと呟いた。

 エミリアは少し納得してしまった。

 スイレンは怪訝な顔で「ありえない」と反論する。


「人狼遊撃隊は二千年前から議会が所有する軍事力だ。それを、まさかまさか······魔導師に売り渡すってのかい?」

「議会の所有物は不要になったら魔導師に譲渡することがあっただろ。それに似たもんじゃねえのか?」

「いいえ、ギルベルト。議会が譲渡する場合は無償なのがルールです。売り渡しはしません」

「いや、いつかジャックが図書館の前で暴走しただろ。その時何か呟いてたじゃねぇか」

「ジャックが······そういや言ってたねぇ。全滅がどうとか除隊がどうとか」


 イーラは不安で胸が詰まってしまった。

 カナも周りの空気が悪くなると、しょぼくれて食事をやめてしまった。

 フィニも困ったように俯いた。




「すまん。相席してもいいだろうか。どの席も埋まっていてな」




 ふと、古ぼけたローブを羽織った男がイーラたちに声をかけてきた。フードで顔までは見えないが、旅人のような格好をしていた。

 腰に提げた剣に、ギルベルトはあからさまに警戒するが、カナは「いいよ!」とスイレンの隣を指さした。


「カ、カナちゃん······!」


 フィニが慌てるが、スイレンは「構わないサ」と微笑んだ。だが右手は左の袖に入れたままだった。

 男がスイレンの隣に座り、剣をテーブルに立てかけると、ギルベルトは警戒を解いた。スイレンはその様子を見ると、袖から手を出した。


 男はテーブルに置かれた人狼即売会のチラシを見ると、ふぅと息をついた。


「議会公認で、人狼が売られるとはな。世も末だ」

「おや、随分と人狼に入れ込むねぇ。皆踊り狂ってるってのに」

「そりゃ議会が育てた人狼が手に入るんだ。ボディーガードにも兵隊にももってこいだろう」

「何だぁ? まるで売られる人狼が議会の人狼遊撃隊って言ってるみてぇだな」


 ギルベルトがそう詰め寄ると、男は口を噤んだ。

 カナはニコッと笑うと、「おじちゃん、話しにくいんでしょ」と男に話しかけた。スイレンはまた警戒したが、カナはニコニコしたまま男に話しかけ続ける。


「おじちゃん、カナたちに話があって来たんでしょ? でも周りの目が気になって話せないんだよね。カナには分かるよ。だからお手伝いしてあげる」


 カナは両手を男に向かって広げた。





「誰もいない所でお話しよ?」





 カナがそう言った途端、食堂のドアが勢いよく開いた。突風が食堂内に流れ込み、食器や椅子やテーブルをなぎ倒す。周りの客は悲鳴をあげて逃げ惑う。

 カナは強風で荒れていく中でも笑っていた。




流浪の綿毛(シルフィ・フルーフ)




 ***


 気がつくと、イーラたちは街の教会の屋根に座っていた。

 イーラが驚いて立ち上がると、風に煽られ、屋根から滑り落ちそうになる。カナがイーラの手を掴んで助けると、「ダメだよ」とイーラに注意した。


「屋根の上は危ないよ。うっかり落ちたら死んじゃうからね」

「そんな危ないところに連れてきたの!?」

「大声出すなよなぁ。目立ったら怒られるぜ」


 ギルベルトは街の隅々まで見渡せる絶景に「おー」と声を漏らした。

 スイレンは念の為に、と薄い水の膜で自分たちの周りを覆う。


「──さてさて、ゆっくり話をしようじゃあないか。お前さん、一体何者だい?」


 スイレンが聞くと、男はゆっくりとフードを脱いだ。

 くっきりとした顔立ちの、紳士だった。少々白髪の混じる赤毛はふわふわと柔らかそうだ。

 どこか狼のような雰囲気のある男は少し俯きがちに名乗った。


「私はローウェル・アルテミアという。私は──」

「人狼、だよね」


 カナがローウェルの正体を見破ると、ローウェルはとても驚いた様子だった。スイレンは「ああそうか」と独り言を言ったかと思うと、全員に分かるように話を加える。


風魔導師(シルフ)ってのは、他人が真に求める物を見極められる。そして、原初の風魔導師(シルフ)は特に目が(さと)いから、如何なる幻術も変装も見破れたんだ。カナはその二つを持つ特殊な魔導師だから」

「こいつが人狼なのもお見通しってことか」


 ギルベルトは「けっ」と頬杖をついた。

 ローウェルは感心すると、ならばと膝に手をついて頼んだ。




「どうか彼らを、助けて欲しい」




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