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71話 束の間の楽しみ 3

 イーラは店先に並ぶ品々を睨みつけていた。

 カバンに入り切らなかった本を一冊、きつく抱きしめながら、煌びやかな装飾品を吟味していた。


「う〜ん······。エミリアさんはどんなものが好きだって言ってたかな」


 いつか話した会話の内容をぼんやりと思い出して、ピアスやネックレスなどをじっと見つめる。


 たしかピアス穴は開けないといっていた。ならばイヤリングか。飾りが揺れるタイプは苦手だったはず。そもそもイヤリングは落ちやすいからやめておいた方が良さそうだ。

 ネックレスはモチーフが胸に来る長めが好きだと言っていた。けれど好みの色が分からない。どんなデザインがいいかも、どんな宝石がいいかも、全く分からない。


 イーラは宝石に興味が無い。色の着いたただの石くらいに思っているイーラに違いなんて分かるはずもなく、どれが希少かも美しいかもピンとこないでいた。


「イーラ! 何見てるの?」


 イーラが怖い顔で悩んでいると、フィニがトコトコと歩いて来た。

 いつもの黒いローブと灰色の服とは違い、鮮やかな色彩の服を着て、真っ黒な頭にバンダナをつけていた。


「フィニ、髪の色が······」

「ああこれ? スイレンさんがやってくれたんだ。このバンダナが魔法道具なんだって」

「そう。これなら追いかけられる不安もないわね」

「うん! 堂々と街を歩けるの、すっごく楽しいよ!」


 どこへ行くにもコソコソと身を隠さねばならない死霊魔術師(デュラハン)には最高の気分だろう。

 フィニは一人でイーラの村を訪れた。どこから来たかなんて知らないが、一人で旅をしたのは辛かったはず。

 フィニはそれすら忘れさせるような満面の笑みで幸せを噛み締めていた。

 いつも肩を震わせ怯えていたフィニが、いつの間にか怯えなくなっていることにイーラは自然と笑みをこぼす。


 はたと思い出したフィニが、「何見てたの?」と店先の品に目を移す。

 陽光に輝く宝石と派手な見た目の装飾品に、フィニは「わぁ」と感嘆した。


「綺麗なアクセサリーだね。イーラもやっぱり興味あるの? つけてるのほとんど見たことないけど」

「いいえ。私がつけるんじゃないわ。エミリアさんによ」

「エミリアさん? なんでまた贈り物なんて。あっ、いや! 別に悪く思ってるわけじゃなくて」


 忙しなく表情が変わるフィニにイーラは笑うと、「分かってる」とフィニを落ち着かせた。


「ただ、日頃の感謝を伝えたいなって。何となく思っただけよ」


 旅に嫌な顔せずついてきてくれた。

 寝不足で辛いはずの野宿に文句も言わなかった。

 いつも守ってくれる。

 いつも支えてくれる。

 いつも笑い合えて、いつも悲しみを分け合える。


 なんてことの無い、すぐに忘れてしまうような事も、イーラには嬉しい事だった。

 母を亡くして一人ぼっちになったイーラを、村の大人は誰も助けてくれなかった。

『エルフ紋のマシェリーの娘』たかがそれだけの理由で、誰もイーラに手を差し伸べ無かった。

 イーラはずっと一人で生きてきた。孤独感に押しつぶされそうになったこともある。母を想って泣いたこともあった。


 弱音も本音も全て噛み潰して、自分を奮い立たせなければ、幼い自分を生かすことも出来なかった。

 お陰でイーラはずっと怒っていた。ずっと苛立ち続けていた。


 それが今はどうだ。

 村の外に飛び出して、仲間が出来て、知らない世界に目を輝かせる日々が続く。悲しみも喜びも、すべて誰かと分け合えて、一人になることなんて出来やしない。


 怒りっぽい性格はちょっとずつ治りつつある。


 考え無しに飛び出す癖は治らずとも、皆がついてきてくれる。


 足がすくんでも支えてくれる人がいる。


 困っても手を差し伸べてくれる人がいる。


 迷ったときに背中を押してくれる人がいる。


 こんな幸せなことが今まであっただろうか。こんなに楽しいことが他にあるだろうか。

 ギルベルトに触発されたのもあるが、この際に感謝を示そうとイーラはそれぞれに贈り物を選んでいた。


「あとはエミリアさんの分なんだけど、エミリアさんの好みがイマイチ分からないのよ。好きな宝石もデザインも。別の物にしようかとも思ったけど、エミリアさん『宝石が好き』って言ってたから」

「そうなんだ。好みねぇ······。イーラの好きな物って何?」


 フィニは少し考えると、イーラに好みを尋ねた。

 イーラは戸惑いながら「薬草と異世界ものの本」と答えると、少し困ったような表情になった。

 フィニは唸りながら頭を掻くと、綺麗に並んだ装飾品に目をやった。


「そんなに悩まなくてもいいんじゃないかなぁ?」

「これは自分用じゃない、贈り物なの。相手が気に入ってくれなきゃ意味がないのよ」

「相手の好みじゃなくてさ、イーラの好みで選べばいいんじゃない?」


 フィニはそう言うと、小さな指輪を手に取ってみる。

 太陽にかざすと、楽しそうに笑って元の位置に戻した。


「僕達はね、誰かの誕生日にはミトセランタンの首飾りと、自分の好きなものを贈る文化があるんだ。ミトセランタンは魔除けのため。自分の好きな品を贈るのは、『私の幸せをあげる』って意味なんだ」


 フィニはそう言うと、イーラの手を握り、にっこりと笑った。


「イーラが好きな色の宝石を選んであげたらいいよ。感謝を伝えるのは良いことだもん。それに自分の好きなものを乗っけるのは、もっと良いことなんじゃない?」


 イーラはフィニを意見を聞くと「そうね」と力を抜いた。

 気に入るかどうかなんて、相手が決めることだ。

 イーラは宝石をじっと選ぶと、花形の紫色の宝石のついたネックレスを選んだ。光の加減によってはピンクにも見えるそのネックレスを包んで貰うと、フィニは満足気に頷いた。


「喜んでもらえるかな?」

「喜んでくれるよ。イーラが選んだんだもん」


 フィニはイーラの背中をぽんと叩くと、イーラに黄色い花を閉じ込めた水晶のキーホルダーを渡す。

 イーラはキーホルダーをじっと見つめた。中に閉じ込められているのはレモンリッカという香草の花だ。

 爽やかな香りでよく贈り物に使われる花で、喘息の薬にも用いる。

 イーラが花の用途を考えている間、フィニは少し照れて顔を逸らす。

「僕も、いつもありがとう」と小さな声で言った。


「イーラがあの時、僕を信じてくれたから。イーラがあの時僕を助けてくれたから、僕も変われたんだ。だから、僕も、ちゃんと······お礼したい」


 フィニは色白の顔を真っ赤にしていた。

 イーラはフィニのその様子をクスクスと笑うと、「私の方こそ」と茶色の大きな包みを渡した。


「アンタがいなかったら、死んでたかもしれないことなんて何度もあった。アンタが教えてくれた、死霊魔術師(デュラハン)の真実が私の中のイメージを変えた。アンタが私の村に訪れなかったら、家の前で倒れてなかったら、私は一生あの薬局に閉じこもっていたわ」



「ありがとう。旅に出る理由と勇気をくれて」



 フィニはその包みを開けた。

 中には群青色の真新しいローブが入っている。フィニは驚いてイーラの顔を見上げた。


「黒いローブだと街中で目立つでしょ? 青いローブは放浪者······旅人のつけるローブなの。だからこれを着れば死霊魔術師(デュラハン)だとバレないと思って買ったんだけど、スイレンさんに先越されちゃった。そうよね、あの人の魔法があればなんだって出来るわ」

「いや、スイレンさんの魔法も万能じゃない。この変装だって、水を被ったらすぐ解けちゃうって言ってたし。時間も、日没までしか持たないから、夜になったらバレちゃうよ」


 フィニはバンダナを指先でいじると、へらっと笑う。

 貰ったローブを抱きしめて、「嬉しい」と言った。


「イーラは魔法の強みも脆弱性も知らない。だからこそ、魔法じゃないものの価値を知ってる。魔法だったらいつか消えるし、場所によって役に立たないけど、イーラがくれたコレは消えないもんね。大切にするよ」


 フィニはそう言って、イーラの目の前でローブを羽織ってみせた。

 少し大きめのローブを買ったせいか、裾が地面につきそうだ。だが、群青色のローブはフィニに良く似合う。

 買ってよかったと、イーラはこぼした。


「そういえば、カナや他のみんなはどうしたの?」

「カナちゃんはスイレンさんと一緒にいるの見たよ。ギルベルトさんは大道芸を見に行ってた。エミリアさんは服屋の方に歩いてったけど」


 それぞれが思い思いに楽しんでいるようで安心した。

 イーラはふと辺りを見回し、どこかにある掲示板を探した。

 イーラの後ろをついて行きながら、フィニは「どうしたの?」と聞いてくる。


「これ何のお祭りかなって。だってこんなに賑わってるのに、祭りの主役が分からないんだもの」


 イーラは広場の端に立つ掲示板を見つけると、貼り付けられた紙に目を通す。

 あちこちの店のセール広告に紛れて、イーラはこの賑わいの意味を知ってしまった。

 顔が青ざめ、急いでスイレンを探しに行く。


「フィニ! ギルベルトさんかスイレンさん、エミリアさんでもいいわ! 探してちょうだい!」

「どっ、どうしたの!? ねぇイーラ!」


 フィニは突然走り出したイーラに驚きを隠せなかった。

 イーラはそれ以上に焦っていた。この時頼りになるのはスイレンかギルベルトだ。いや、エミリアの方が理解してくれるか。

 イーラは高鳴って止まない胸の鼓動をうるさく思った。背中を伝う冷や汗がよりイーラを追い詰める。掲示板にあった赤い文字が頭から離れない。




『人狼即売会』




 それが、この街の賑わいの元だった。

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