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69話 束の間の楽しみ

 カナに急かされながら辿り着いた商人の街(ギンシャ)は、彼女の言う通り祭りの最中らしく、かなり賑わっていた。


 ずらりと並ぶ店が軒先にも商品を展開し、あちこちから笑い声が聞こえる。土魔導師(ノーム)水魔導師(ウンディーネ)が多いが、僅かながらに火魔導師(サラマンダー)やドワーフなんかもいる。


 呼び込みや試飲のサービスをするところも、薬草の売り歩きをするところも、メルッザとよく似ている。

 でもやはり、魔導師がよく買い物に来るところなのだと実感出来た。



「今なら全品一割引! 魔導書はいかがですか! 知りたい魔法が揃っていますよ!」



「ケビンの魔法薬材所! ありとあらゆる魔法薬材が手に入る! 珍しい薬材が入荷しましたよ!」



「杖でも宝石でも何でもござれ! 魔導師様の大事な杖を直しますよ! 今なら三年保証もおつけします!」



 どの店も魔導師のための品々ばかりが揃っていて、イーラのような一般人向けのものはほとんど見当たらない。

 大道芸も魔法ばかりであまり惹かれない。贅沢だが、スイレンやギルベルトたちの魔法を見慣れると、他の魔導師たちの魔法は味気ないのだ。


「さぁさ、せっかくのお祭りだから楽しまないとねぇ。たまには羽を伸ばすのも良いもんサ。フィニアンや、お前さんはちょいと変装しようか」

「あっ、はい」

「ちょいとこっちに来とくれ。なぁに、案ずることは無い。すぐに済むサ」

「ギール! あれ! あれみたい!」

「あ? 魔獣使いか? よぉし行くか! 俺ら先行ってるぞ!」

わたくしも別行動しますわ」


 各々が見たいものの所へ散らばると、イーラはぽつんと一人になってしまった。

 仕方なくふらふらと街を歩いてみるが、魔導師でもないイーラが楽しめるようなものは少なく、少し退屈だった。


 飼育用の火ネズミやそれぞれの魔導師の紋章が入ったネックレス、マンドラゴラの鉢植えや魔法薬材で作った味の変わるキャンディー。

 簡易占いが出来る水魔導師(ウンディーネ)特製の鏡。

 繊細な音色のオルゴール。

 ドラゴンの火で焼いたカボチャパイ。


 物珍しいもので溢れているのに、イーラはどうしてか心が満たされなかった。

 特別欲しいものもなく、イーラは近くの書店に入ると、本を眺める。

 魔導書は沢山あるが、薬草関係の本はない。

 異世界ものの本なんて一冊もない。


「そういえば、魔法薬ってどう作るのかしら」


 イーラはふとスイレンの手伝いをしたことを思い出すと、魔法薬の本を手に取った。

 しかし、イーラは取った本は店の主人に奪い取られてしまう。店の主人はイーラの手を強く叩いた。


「何すんのよ!」


 イーラは店の主人を睨みつけて怒鳴るが、店の主人はイーラを軽蔑するような目を向けた。


「お前は魔導師じゃないだろう。魔導師じゃないなら必要無いものだ」


 イーラはどうして自分が魔導師じゃないと知ったのか不思議に思ったが、その男の肘に水魔導師(ウンディーネ)の紋章を見つけると納得した。


「別に構わないじゃない。魔導師じゃなくても本くらい読むわ。客の手を叩くなんてどうかしてる!」

「この店は魔導師様御用達なんだよ! お前みたいな魔力のない奴が店に来たなんて知れたら売り上げが落ちんだろ! 毒虫のいる店で飯を食うようなもんだ!」

「私が来ようと来なかろうと、アンタみたいな野郎の店なんか誰も来ないわよ! 魔導師かどうかで客を選ぶなら、アンタの性格直してからにしな!」

「このクソガキ!」


 主人はイーラに杖を向けた。イーラは身構えて攻撃に備えたが、魔法が放たれることは無かった。




「やめろよなぁ。子供相手に大人気ねぇぞ」




 ギルベルトは男の後ろから手を伸ばし、杖を折り、もぎ取った杖先を床に落として踏みつけた。

 店の主人はかんかんに怒ったが、ギルベルトの額の紋章を見ると、途端にヘコヘコと頭を下げて態度を変える。


「これはこれは火魔導師(サラマンダー)様じゃありませんか。ようこそ、いらっしゃいませ」


 魔導師にへりくだるその態度にイーラは嫌悪感を示した。ギルベルトに隠れてイーラはこっそり本を選ぶ。

 イーラが気になる本を手に取っていくと、主人は「やめろクソガキ!」と一喝するが、ギルベルトが「あぁ?」と威嚇するとまた態度を変える。


「すみませんね。今すぐ卑しい娘を外に出しますから。サラム紋のお方の手を煩わせることは致しません。ええ、この失礼極まりない小娘を今すぐに」

「へぇ、卑しい娘。俺の仲間をそんな風に言うのか。それこそ失礼極まりない」


 ギルベルトがそう言うと、店の主人は目を丸くする。

 イーラはクスッと笑うと選んだ本を主人に見せる。


「これ、いくらかしら?」


 ピリピリと空気を張り詰めさせるギルベルトの前で、店の主人はしどろもどろになる。

 ギルベルトは金貨一枚を出すと、主人の眉間に叩きつけた。


「テメェにはこれで十分だ」


 急所に入ったのか、店の主人は白目を向いて仰向けに倒れた。

 ギルベルトはイーラの手を引いて店を出る。

 賑やかな通りに行くと、ギルベルトはイーラに「やる」と言って大きめのポシェットを渡した。


「容量のあるカバンを探したんだがな、ここじゃあ無いらしい。『もっと年頃の女の子が喜ぶデザインにしろ』だの『イルヴァの好む機能性にしろ』だの、ジジイに口出しされてうんざりだ」


 ギルベルトが渡した深緑のポシェットは、イーラの身長にピッタリで、リーフの模様が綺麗なものだった。

 ギルベルトは気まずそうに頭を掻くと、「まぁ、あれだ」と濁す。


「見窄らしいカバンだったからな。ちょっと可哀想にみえてよぉ。良いもん買ってやろうかなって思っただけだ」

「見窄らしいって失礼ね! 一番使いやすいカバンだったのよ! 長持ちしたし!」

「オンボロだったろうが! あれが長持ちなんてよく言えるな!」

「一度も壊れた所がないのよ!」

「やっぱボロいじゃん! ちゃんと使えよなぁ! 俺が買ってやったんだから!」

「はいはい、買ってくれてありがとう!」


 イーラは人混みの向こうに消えていくギルベルトにそう叫んだ。

 人混みの向こうでギルベルトはスイレンと合流した。


「ちゃんと渡せたかい?」

「ああ、ボロいっつったらめちゃくちゃ怒られた」

「馬鹿だねぇ。素直に言ったらどうなんだい」


 スイレンは不満そうなギルベルトの横顔を見つめて言った。




「『いつもありがとう』ってサ」




 ギルベルトはぷっと笑うと「無理だろ」と返した。


「あんなもんで礼なんかになるもんか」

「それもそうだねぇ」


 ギルベルトはふと空を見上げた。そしてスイレンに小さな紙袋を渡す。

「ジジイの分」と渡された紙袋の中身に、スイレンはギョッとした。


「ちょいと、小僧」


 ギルベルトは悪戯っぽく笑ってみせた。

 子供のように、からかうように言葉を添えて。



「お前の長い髪がウザったいんでな。たまには邪魔にならないようにしてくれよ。当たると痒くなるんだ」



 ギルベルトは楽しそうにまた人混みの向こうに消えた。スイレンは紙袋を軽く振りながら「やっぱり素直じゃない」と呆れ笑いした。


 スイレンは、渡された紙袋を開けると、髪をちょちょいと束ねる。

 ギルベルトから贈られたそれは、綺麗な紺色の、長い(かんざし)だった。

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