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64話 イーラの潜在能力

 朝日が昇りきらぬ頃、エミリアはふと目を覚ました。

 布団から半身が飛び出したまま眠るイーラにそっと毛布を被せてやり、エミリアは欠伸をして部屋を出る。


 朝食の準備をするにはまだ早い。

 買った食材はどれが残っていただろうか。

 カナが起きたら何で遊んでやろう。

 その前にギルベルトに飲み物でも差し入れた方がいいか。


 色々と考えながら囲炉裏に火を起こすと、既に目を覚ましていたらしいスイレンがぶつぶつと独り言を呟いていた。


「おはようございます。スイレン」

「おはよう。随分と早いねぇ」

「風が少し、冷たいものですから」


 エミリアはふと、スイレンの足元にある術式の紙に目をやった。

 そこには、三人で考えた術式とは別の術式の紙があった。

 スイレンはエミリアの視線に気がつくと、少し横にずれて場所を譲った。

 エミリアはスイレンの隣でそれを眺める。




 ············すごいとしか、言いようがなかった。




 三人で揉めながら考えた風魔導師(シルフ)の術式が、魔法に長けたスイレンを混ぜて考えたはずの最適な術式に、模範解答のような術式が書き上げられているのだから。


 簡素かつ、ほど良い長さの術式に、エミリアは感嘆をこぼす。


「これは、よく思いつきましたね。(わたくし)でもギルベルトでも無理だったでしょう。さすがスイレン──」




「いいや、これはイルヴァが書いたのサ。薬の作り方を見るようにね」




 スイレンがエミリアを遮ってまで放つその一言に、エミリアは驚きを隠せなかった。

 三人で数日かけた術式の最後をたった一晩。それも眠る少し前に書き上げたのだ。薬の調合法の式に当てはめて。


 魔導師には、この術式は見慣れた言語のように読み解くための力が備わっているが、一般人にはそれがない。

 それにイーラの前ではエミリアたちはあえて魔法の話もしなかったし、術式なんて書いて見せたこともない。初めて見たであろうものを、どう読み解き、どう完成させたのか。


 皆目見当もつかない所業だが、エミリアはどこか納得していた。

「どうして···」と呟くスイレンに、エミリアは意を決して尋ねた。


「魔力の覚醒は、後天的に有りうるのでしょうか」


 スイレンは「はぁ?」と驚いたような声を出した。


「本人自身に魔力さえあれば有り得るとも。だが、イルヴァにはびっくりするほど魔力が無い。アマノハラではかなり怒らせちまったが、あちしでも目視出来ないほど魔力の無い人間は初めてサ」




「その魔力のない方が、どうして七宝を使えたのでしょうか」




 エミリアがそう言うと、スイレンは途端に真面目な表情になり、姿勢を正す。

 エミリアはずっと気になっていたことをスイレンにこぼした。

 海底の古城(トラグレス)での出来事や、アマノハラでオモトの容体に気づいたこと。


 七宝の話には、スイレンも不思議そうな表情をした。


「七宝は、選ばれた者だけが使える、万能魔導師(エルフ)の最大の恩恵だ。エルフ紋の創ったものだから、それこそ使う魔力は莫大で、選ばれたなんてこそ言うが、使えるものにしか使えない代物じゃあないか」

「それを、イルヴァーナさんは使えてしまったんです」

「一部を引き出したわけではなく?」

「魔法として、ちゃんと唱えていらっしゃいました」


 スイレンは心底不思議だという表情をした。

 魔力のない人間が七宝を使えるはずもない。だが、イーラは魔法痕も見えている。術式まで書いてみせた。

 どういうことだろうか。



「聞いてみりゃいいだろ。本人によぉ」



 二人で首を傾げていると、二階からギルベルトが顔を覗かせていた。

 目の下にうっすらとクマを作り、眠そうな欠伸をしながら降りてきた。


「おいジジイ。どれが疲れをとる薬か見分けてくれ。イーラに教えてもらったはずなんだが、さっぱり分かんねぇわ」

機械(からくり)に頭持ってかれて忘れたんだろう。その青い瓶サ。隣の橙色の瓶が作業の前に飲んで、疲労を軽減する薬だったんだがねぇ」

「なんだ。イーラの奴、言ってくれよ」

「言ってましたよ。聞いてなかったのはギルベルトですわ」

「なんでお前らが覚えてんだ」


 ギルベルトは青い瓶の中身を飲み干すと、「不味い」と言って咳き込んだ。


「本人に確認した方が早いだろ。ここで話し合ってても拉致があかねぇ。魔力が目覚めるだの、術式が読めるだの、俺らが予測した通りとは限らねぇんだし」


 ギルベルトの言う通りだ。それはイーラに尋ねた方が早い。

 だが、イーラがそれをどう答えるのか。


 イーラにはほぼ無自覚だろう。

 聞かれたことに、正しく答え、三人が不思議に思っていることにまでは答えはしない。

 エミリアは膝の上で拳を握った。


 ***


「どうってことないわ。調合法と同じように読んだだけよ」


 朝食を終えたあと、スイレンの手伝いをしながらイーラはそう返事をした。スイレンは曖昧に相槌を打つと、「やっぱりな」と言いたげな表情をする。イーラはそれを妙に腹立たしく思った。


「七宝を使ったと聞いたんだが、あれはどうしたんだい?」

「分からないわ。声が聞こえたから、その通りに喋っただけよ」

「そうかい。薬の中の魔法痕はどうやって見えたんだ?」

「魔法痕? どんな薬を作っても緑の筋は見えるわよ。安全性を確認するための痕跡だもの」


 そんな当たり前のことを、どうしてスイレンが聞いてくるのだろうか。

 世界の情報の権化のような奴が、こんな常識的なことをなぜ聞いてくるのだろう。

 イーラは自分が術式を完成させてしまったことよりも、そちらの方が不思議でならなかった。


「そこの、『ケンタウロスのたてがみ』をとっておくれ」

「これね。はい」


 風魔導師(シルフ)の集落と繋げた、船のスイレンの部屋でイーラは魔法薬を作る手伝いをする。

 スイレンが魔法薬を作るというから、興味本位で見てみたかっただけなのだが、気がついたら自分のことばかり質問されていて、肝心な薬の作り方なんてほとんど見ることが出来ずにいた。


 スイレンは話をしながらも器用に作っていくが、イーラはそれを盗み見てもすぐに薬品の取り出しを頼まれて覚えることすら出来ない。


 スイレンの癖なのか、単に偶然の積み重ねなのか。

 イーラは少し不満ながらも手伝いをする。


 魔法薬に使う薬材は、イーラが作る薬とは違って面白かった。

 一角馬の角もたてがみも、タランチュラの脚も、夜光蝶の鱗粉も、イーラには見たことの無いものだった。


 どう使うかも分からないし、どんな効果があるかも分からない。

 調合を試してみたい衝動にも駆られる。

 これで薬が作れたら、どんなに楽しいだろうか。これで作った薬は、どんな効果をもたらすだろうか。


 イーラは作った薬に思いを馳せながらスイレンの作り方を覗く。

 スイレンはふふっと、堪えきれなくなったように笑った。


「なんだか弟子を持った気分だねぇ。楽しいもんだ。こんな得体の知れない気色の悪い物に、こんなに目を輝かせるのは珍しいもんだよ」

「そう? 気持ち悪いなんて思わないわ。たしかに見た目が悪いものもあるけど、そんなの薬剤師には慣れっこよ」

「そうかい。さすがはイルヴァだ。愛しいマシェリーの子······ん?」


 スイレンは突然眉をひそめた。

 そして立ち上がると、薬そっちのけでイーラの髪をかきあげる。



「イルヴァ、この髪の色はどうしたんだい?」



 スイレンはイーラの髪を自分の顔に近づける。

 イーラは自分でも髪束を手に取ってみて、ゾッとした。

 イーラが手にしたのは耳の裏の髪束だ。だが目に映るのは、見慣れた黒髪ではなく、オレンジ色の髪なのだ。


「染め粉でも使ったのかい? いや、イルヴァがそんなことをするはずは無いだろうし」

「······結構前から、髪の色が変わり始めてたの」


 イーラはずっと抱えてきた不安をスイレンにこぼした。

 船の上でフィニに教えてもらってからというもの、髪の変色は徐々に広がり始め、病の本を読み漁っても、それと同じ症状はない。

 未知の病なんてものだったら自分で治せるかなんて分からない。

 イーラは服の裾を強く握った。


「ごめんなさい。頑張って調べてみたけど、分かんなかった」

「謝ることはないサ。あちしがいるよ。イルヴァ、髪と血を少し分けてくれるね? あちしが調べてあげよう。なぁに、安心しな。これは病気じゃないからねぇ」


 イーラはスイレンにそう言われると、少し安心した。


「本当?」

「ああ、体の変化で体質が変わることもある。きっとその一つだろうサ。不安になることはない」


 イーラはスイレンに抱きしめられて、ほっと胸を撫で下ろした。

 イーラは髪と血を少し、スイレンに分けると「カナトと遊んでおくれ」と言われ、船室を出た。


 カナのいる家に戻ると、カナはイーラの帰りを待っていたかのように飛びついてきた。

 イーラはカナを受け止めると、カナと部屋で絵を描いた。

 カナは「外の世界を見たい!」と純粋な眼差しで虹の絵を描く。

 イーラは楽しそうに絵を描くカナを愛おしく思った。


 これが、マシェリーがイーラを大事にしていたように、誰かを愛する気持ちなのか。

 イーラの固く結ばれていた口は、少し緩んでいた。

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