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63話 不備発見

 約束の日まであと一週間をきった。

 ギルベルトは油まみれの姿で二階から降りてくる。


 夕食を囲む一行の間に割って座り、難しそうな顔で夕飯をかき込んで食べた。スイレンはギルベルトの油臭さに鼻をつまみ、「ちょいと」と肘で小突く。


「一体どうしたってんだい。随分と人相が悪くなってるじゃあないか」

「おう。人相はともかく、わりかしヤベェぞ」


 そういうギルベルトは、フォークで肉を突き刺すと、そのままスイレンにフォークの先を向けた。



「完成出来ねぇわ。アレ」



 ギルベルトの突然の宣言に、フィニが大声を出した。


「かっ、完成しないって、ギルベルトさんあと二日もあれば出来るって言ってたじゃないですか!」

「言ったよ。術式の作用もジジイに確かめさせたから問題ねぇ。問題なのは、二つだ。一つはジジイの作る魔法道具を入れる部分が、極端に小さくなること。もう一つは、魔法道具と術式が噛み合わねぇ事だ」


 スイレンは眉間にシワを寄せ「馬鹿を言うんじゃない」と言った。


「術式は魔法道具との噛み合いも兼ねて、お前さんと考えたじゃあないか。噛み合わないなんてことがあるものか」

「ガラクタが本気でガラクタでよ。予定していたよりも遥かに性能が落ちる。魔法に耐えられるように加工こそしてあるが、発注した部品を使ってるわけじゃねぇ。図面通りに作っても、サイズが合わなくなっちまうんだよ」

「そういうことかい。じゃあ本当にダメになっちまったねぇ」


 イーラはキョトンとしていた。

 ギルベルトとスイレンが話すことには、術式を組み込む魔法道具は、術式を書き込んでしまうと書き換えが出来ないらしく、作り直しがきかないのだという。

 新しく作るか、無理やり完成させるかの二択しかないが、今の状況を考えると、新しく作っている時間なんてない。

 無理やり完成させるしかないが、そうなると今から書く魔法式を書き換えなければならない。


「小僧、機械(からくり)だけ作るとしたら何日かかる? 機械自体に魔法をかける方法もあるじゃあないか」

「そうなると、原初の魔導師と同じだけの魔力放出は無理だ。一時間でぶっ壊れる。石ころぐらいの小せぇ魔法の入れ物を作れねぇか?」

「そうなると、術式を書き換えなければいけないねぇ。三人で考えたあれが一番効率がいい。それを書き換えるとなると······」


 ギルベルトとスイレンは何とか完成に持っていこうと、議論を重ねる。だがどうにも成功する方法が見当たらない。

 エミリアは食卓を離れ、自分の荷物を漁ると、何かを大事そうに持って戻ってきた。


「これは使えませんか?」


 いつか職人(ドワーフ)の砦でもらった、オパールのネックレスだ。

 キラキラと輝くその石は、ギルベルトが言っていたサイズとピッタリだ。スイレンは石をつまむとしげしげと眺めて「いいんじゃあないか?」と言った。


「術式を書き換えてこれに使えば、おそらく成功するするだろうサ。小僧、お前さんが作る魔法道具に石は使えるかい?」

「おう、使えるとも。どうせガラスだの何だのって使うだろうと思ってたからな」

「ふん、勘のいい小僧め。だがエミリア、お前さんはいいのかい? 見る限り、大事に取っておいたんだろう。さすがに大事なものならあちしも使うつもりは無いよ」


 エミリアは柔らかい笑みを浮かべると「構いません」と言った。

(わたくし)にはもったいない代物でした。どうせ使わないのなら、誰かのために使うべきでしょう」


 スイレンはそうかい、と言うと図面を裏返して術式の訂正を始めた。ギルベルトも食事を放り出してスイレンと機械の話に没頭する。


「男の人って······」

 イーラがそう零すと、フィニは苦笑いした。

 カナは食事を終えると、エミリアを引っ張って外に遊びに行ってしまった。


「おいフィニ! 徹夜すっから手伝え! 完成させちまうぞ!」

「はっはい! 今行きます! むぐっ······」

「食い終わってからでいい!」

「了解れふ!」


 フィニより早く、イーラは食事を終えると隣の部屋で薬の補充をする。

 薬研の擦る音、鍋の煮える音、苦い匂いが懐かしくなる。

 思えばスイレンが来てからは本当に薬を使う機会が減った。作る必要もなく、調合器具はみな手入れされる以外に使用用途はなかった。


 傷薬、解毒薬、解熱剤、咳止め、皮膚用消炎剤、イーラの横に並んでいく薬に思わず頬が緩む。


「よしよし、腕は鈍ってないわね。やっぱりこうしている時が一番楽しいわ」


 イーラは時間も忘れて薬を調合した。

 あらかた作り終わる頃には、月は空の一番高いところに昇っていた。

 エミリアとカナは遊び疲れたのか、布団の中ですぅすぅと寝息をたてる。

 イーラは足音をしのばせて部屋を出ると、すっかり冷めきった夕飯の食べ残しに囲まれて、囲炉裏の火が燻っていた。


 イーラは火を消すと、図面を前に眠りこけるスイレンを見ると、そっと毛布をかけた。

 二階からは静かに製作を進める音が聞こえてくる。

 邪魔しないようにとイーラはその場を離れようとするが、ロウソクに照らされた術式に目がいってしまった。


 よく分からない文字で書かれた、よく分からない計算式のようなもの。

 イーラには全く関係の無いもののはずなのに、どうしてか惹かれてしまう。イーラはスイレンの横に座ると、スイレンが書き直している最中であろう術式も読んだ。


 もちろん、書いてあることなんて今まで見たこともない文字なのだから、さっぱり分からない。だがイーラには、何だか見覚えがあるような気がした。


 マシェリーが書いていただろうか? いや、母はいつだってイーラに薬材の話と村人の話しかしなかった。

 だが、どうにも見たことがある気がする。


「······同じ文字が繰り返されている所があるわね。あ、ここにマークがあるわ。見たことない······これがシルフ紋章かな。ん〜、これってなんか」


 イーラは気がついた。



 これは調薬方法式の書き方に似ているのだ。



 昔、マシェリーが高い万能薬を売りに来た商人に、安い薬材で作れる万能薬の調合法をこの術式みたいに書いて突きつけたことがあった。

 薬剤師は皆、調薬方法式の書き方や読み方を習う。


 あの時の商人はそれが読めなかったから、偽物だとバレて村人に殴られて帰ったんだったか。

 イーラは懐かしいことを思い出しながら調薬方法式を読むように術式を読んだ。


「これはハマハルの頭痛薬に似ているわ。この文字が······そうね、ハマシエルだわ。それを煮詰めて、上澄みの水色の水だけを抜いて······」


 イーラは薬を作るように式に薬材と調合器具を当てはめていく。

 ハマシエルの粉末を三グラム、海岸ザクラを二枚とサカシラバミの樹液を三滴。それを温めると──




「············これ、完成しないわ」




 イーラは術式のおかしい部分に気がついた。

 最後に出来上がる術式が、イーラの当てはめた式では頭痛薬ではなく、全く関係のない目薬になってしまうのだ。

 最後に温めたあとは、色の変化の確認と潮の匂いの有無をみる。だがこれにはその部分がないどころか、全く違う術式が書き込まれていた。


「魔法のことはさっぱりだけど、これじゃあお粗末な薬になるわ」


 イーラは部屋から紙とペンを引っ張り出すと薬に当てはめた式を、慣れない文字で書いてみた。

 初めて書く文字というのは存外歪むものだ。書き順もよく分かっていないのだから。

 イーラはそれでも術式を完成させると、「多分こうよね」と満足して部屋に戻った。

 カバンに紙とペンを入れると、イーラは布団を敷いて眠った。


 イーラが寝息を立てる頃、イーラのカバンから、イーラが書いた術式が抜き取られた。

 イーラの術式をロウソクに照らすスイレンは、とても険しい表情をしていた。

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