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59話 解放への作戦会議 2

 スイレンはあっという間に紙を文字で埋め尽くすと、囲炉裏から離れて皆に見えるように広げた。

 とても綺麗な文字で書き上げられたそれは、イーラたちにとっては突飛な事が書き上げられていた。


「はぁ!? 風魔導師(シルフ)の魔力を閉じ込める!?」

「山の魔力と混ぜ合わせて魔法を作る、ですって!?」

「しかもそれを循環させる!?」

「スイレンさん、頭がおかしくなっちゃったの!?」


「いーや、いたって真面目サ。見ての通りの無理難題だが、決して不可能ではないんだよ」


 スイレンは面白そうに笑うと、「魔法とは──」と話し始めた。


「魔法とは、自然に存在する魔力と、己の魔力を織り交ぜて創るもんサ。片一方だけの魔力じゃあ成り立たない。数多の糸を絡め合わせる布みたいなもんでねぇ。あちしが視る限り、山の魔力──あちしらが苦戦した霧のことだが、あれは有り余るほどある。今まで何人の風魔導師(シルフ)が捧げられたことだろうねぇ」


 イーラは皆のために命を捧げた風魔導師シルフ達に胸を痛めた。

 何人が、奪われた自由に絶望しただろうか。

 何人が、生まれたその身の上を呪っただろうか。

 考える由もない、彼らの心なんて。誰が共感出来るだろうか。


 スイレンは真面目な顔になると、自分の計画を話し始めた。

「必要なのはここに書いてあるけれど、風魔導師(シルフ)の魔力と、山に魔法をかける装置。そして、魔法を循環させること。扇風機のような装置を作れれば完璧なんだが──」



「失敗するぜ。その作戦」



 スイレンの話の腰を折り、ギルベルトは苛立ったように言った。

 スイレンは眉間にシワを寄せ、「どういうことだい?」と尋ねた。穏やかな声だったが、部屋は緊張した雰囲気に変わる。


風魔導師(シルフ)の魔力だけをくり抜くなんて無理だろうが。それに、テメェの言う装置じゃお粗末すぎる。絶対失敗する」

「魔力だけを抜き取るのはあちしが出来る。伊達(だて)に長生きしてないサ。装置は出来るだけ製作時間がかからず、必要な魔法のみが使える形にした方がいい。時間は限られているんだからねぇ」

「その場しのぎのガラクタで切り抜けたとして、その後はどうすんだよ。あのガキが結局死ぬ羽目になるだろうが」


「考える気のない小僧が偉そうな口を聞くな」

「魔導師ってのは偉そうな奴が多いと呆れてたよな。あの台詞まんま返すぜ」


 一触即発の空気に、緊張感が高まる。フィニがオロオロと二人の間を行き来していると、ギルベルトとスイレンの頭をエミリアが叩いた。

 エミリアの滅多にない行動に、一同はあ然とする。エミリアは「頭は冷えましたか?」と低い声で聞いた。


「お二人の気持ちは分かりますよ。お互いに考えがあり、お互いが同じ目的のために行動するのですから。ですが、自分の意見ばかりを押し通すのはお二人の悪い癖ですわ」


 エミリアはスイレンとギルベルトの手を握ると、「なんのための仲間でしょうか」と優しく問いかけた。

 ギルベルトは気恥しそうにエミリアの手を振りほどくと、スイレンの書いた紙の裏にある装置の図面を描き始めた。


「扇風機っぽいもんじゃ、風魔導師(シルフ)と山の魔力の混ぜ合わせは不可能だ。ありゃ一方通行だからな。俺は、『空気清浄機』みてーな装置の方が成功確率が高いと思う」


 ギルベルトはそう言って不思議な形の機械を描き上げる。スイレンはエミリアの手を離し、ギルベルトと装置の性能や製造工程を話し合い始めた。


 悪い雰囲気が一瞬で穏やかに変わった。

 エミリアは緊張感していたのか、深く息を吐くと、胸に手を置いた。

「すごい。よく二人の喧嘩を止められたわね。今のは爆発したら私でも止められなかったかもしれないのに」


 エミリアはイーラの言葉に、謙遜(けんそん)した。そんなことはない、と言う彼女に、イーラは首を横に振った。



「きっとエミリアさんだから出来たのね」



「············そう、でしょうか」

 エミリアは、嬉しそうな、噛み締めるような笑みをこぼした。

 フィニも安心したように、綿密な計画を練りあげるスイレンとギルベルトを見つめていた。


 ***


「作戦の改定案を発表する」


 ギルベルトとスイレンが並んで座る姿は珍しい。

 いつも対角線上に座る二人がこうして並ぶのはエミリアに怒られたせいか、はたまた心境の変化か。

 イーラはそんなことを考えながら二人の話に耳を傾ける。


「分担しながらことを進めりゃ、期間内に済ませられそうだと判明した。だから各々に仕事を頼む」

「まずはエミリア。お前さんはあの娘の護衛と、集落の人間の相談役となっとくれ」


 エミリアはそう言われると、目をぱちくりさせて「わ、(わたくし)が?」と聞き返した。


土魔導師(ノーム)の特性をフルに活かして、集落の奴らとあのガキを接触させないためだ。ジジイ曰く、ノーム紋は人を穏やかにする力があるらしいからな」

「はい。そのように仰るならば。(わたくし)の背負う紋章にかけて、成し遂げてみせましょう」


 エミリアは決意に満ちたように、強く返事をした。

 スイレンは「フィニアンや」とフィニに向き合った。


「お前さんはギルベルトを補佐を頼むよ。機械自体は小僧一人で作れちまう。が、必要な道具や部品のかき集めは一人じゃあ間に合わないからねぇ」

「はっ、はい! 頑張ります!」


 フィニは背筋を伸ばして返事をすると、ギルベルトをちらと見やった。ギルベルトはまるで兄のような笑みを向ける。ギルベルトに頼りにされてると知るなり、フィニのやる気はぐんと上がった。


「あちしは魔法関連の支援と、風魔導師(シルフ)の魔力の確保をしよう。さてイルヴァ、お前さんにはとても大事なお願いをしようかね」

「大事なお願い?」


 イーラは聞き返した。だが、胸の中でその内容は理解していて、私は部屋の隅で動かない女の子に目を向けた。

 スイレンは少し、難しそうな表情をした。ギルベルトは親指で女の子を指さすと、さらりと言いのけた。



「あのガキの世話だ」


 イーラの心臓が、強く、とても強く脈打った。

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