50話 芸能村
スイレンの魔法で半日足らずで森に入り、依頼を挟んで森を抜ける。
一週間もかけずにたどり着いた芸能村は不思議な村だった。アマノハラのような木造建築でこそあれど、アマノハラのような歴史的な威厳を感じさせない雰囲気に包まれていた。
村全体に張り巡らされるピンク、白、緑の三色幕飾りに、ひし形の提灯が家先にぶら下がっている。
村の人々は皆、ワンピースのような装いに、翡翠のネックレスを身につけていた。
和気あいあいとした柔和な雰囲気に、意図せず気が緩んでしまう。
イーラたちは誘い込まれるように村に足を踏み入れた。
村の人はイーラたちを物珍しげに見るが、軽視する様子はなかった。
村の広場には、村の露天商がずらりと店を開いていて、珍しいアクセサリーや衣服に目を奪われる。
スイレンはフィニの装いを変えて周りの目から隠し、エミリアはハーブの露店に足を止める。ギルベルトも露店を見て歩いた。
イーラは先に寝床を確保しようと、広場から離れて宿を探した。
イーラはあちこちに泊まれる場所を聞いて回ったが、ここに外から客が来ることは滅多にないらしく、泊まれるような場所はないと言われた。
イーラは紫がかった空を見上げた。
せっかく村まで来たのにまさか泊まれる宿がないとは。
別に野宿でも構わないが、魔物の警戒をしながら交代で眠るのはさすがに疲れた。
せめて村のどこか、空き地でも借りられないだろうか。
イーラがそんなことを考えていると、ギルベルトがイーラの肩を叩いた。イーラは驚き、振り向きざまに反射でギルベルトの腹を殴る。
ギルベルトは苦しそうに腹を押さえると、イーラを睨んだ。
「てめぇ······借りれる部屋見つけたぞって、教えに来たのに······」
「ごめん。ついビックリして。······よく宿が見つかったわね。誰に聞いても宿はないって言われたのに」
「あ? ああ、宿がねぇところで泊まる所を探す時はな、居酒屋に行くんだよ。大体は居酒屋の二階が個室になってるから、そこを借りるんだ」
酔っ払いが寝るから布団もあるし、と、ギルベルトは言った。
イーラはそう、と力なく返事をしてギルベルトについていく。
ギルベルトはイーラの様子を見ながら、背中を強く叩いた。
「まぁ、あれだ。風呂でも入ってこようぜ。さっきジジイがユヤ? セントー? っての見つけたんだ。シュヴァルツペントにそんなのねぇから知らねぇけど」
「私の村にも無かったわ。スイレンさんに聞いておきましょ」
ギルベルトに半ば強引に引っ張られ、イーラは居酒屋に向かう。
ギルベルトの手のひらは、とても温かかった。
***
白い湯船はイーラの肌を包み隠す。
少し熱い温度が、じわりじわりと体に染み込んでいく。
その度に、イーラは深く考え込んでしまうのだ。
戦闘能力の無さもさる事ながら、何かをするにも自分で出来ない。自分の旅であるはずなのに、誰かについて行くような状態で良いのだろうか。
今日の宿探しも、自分が至らないからなのではとさえ思い始めていた。
「······弱気になってたらダメよね」
イーラは自分の髪を洗い、湯を流す。曇りかけの鏡には、オレンジ色に染まった髪が映っていた。
一体何が原因なのか。スイレンに聞こうかとも迷ったが、これが病の前触れだったらゾッとする。
これ以上広がらないようにと願いながら、イーラは湯で顔を洗うと、浴場を出た。
居酒屋に入り、二階の個室に向かうと、またもスイレンとギルベルトがケンカをしていた。
前々から火魔導師と水魔導師は反りが合わないとは聞いているが、いつまでケンカを続けるつもりなのか。
フィニはオロオロしながらイーラを見上げ、エミリアもため息をついてケンカを見守っていた。
「何があったの?」
「イーラ、ギルベルトさんが部屋を確保してくれたのはいいんだけど、部屋が一部屋しかなくて······」
「だぁから! 雑魚寝すりゃあいいだろうが!」
「年頃の女人がいるんだよ! 少しくらい気を利かせたっていいじゃないかと言っただけサ!」
「てめぇの家でも雑魚寝したろうが!」
「お前さんは書庫と寝たのが雑魚寝だと言うのかい! 船旅とは違うんだ。それぞれに船室があるわけじゃあない。女子供は分けてやりな! お前さんみたいな輩と寝るなんて気が気でないだろうよ!」
「ぶっ殺すぞ!」
イーラは無言で薬の瓶を開けた。
***
部屋の隅に仲良く転がされたギルベルトとスイレンに、イーラは腹を立てながら薬を作る。
「テメェ、後でぶん殴ってやる」
「上等よ。また薬盛ってやるわ」
「イルヴァに手ぇ出したらあちしが黙っちゃいないからね」
スイレンもギルベルトも、震える手でお互いの胸ぐらを掴む。イーラはそれを引き剥がすと、二人の口に薬を注ぎ込んだ。
「三十分もすれば痺れは消えるわよ。ったく、次やったら痺れ薬じゃなくて毒を飲ませるから」
「悪かったよ。もうっ、イルヴァは容赦ないねぇ······」
スイレンはふぅ、と息をついた。
イーラはフンと鼻を鳴らし、窓の外の山を見上げた。
芸能村の傍にある山──コナラマ山
風を愛する原初の風魔導師が、この地に降り立った場所。
荒廃した村を立て直すために力を貸した風魔導師は、自分の持てる魔力を捧げるために、自ら命を捧げたという。
風魔導師の魔力で再生した村は、魔導師を称えるために、山に風魔導師の亡骸を埋めた。
今でもその魔力が村に幸運を運び、繁栄をもたらしているという。
──胡散臭い。
村の人は信じているかもしれないが、魔導師の魔力が続くはずがない。
スイレンだってそう言っていた。
『魔力ってのは、永遠に湧き出でる泉じゃあない。泉は、管理するものが居なくなればいずれ枯れてしまうからねぇ』
エミリアは布団を敷くと、ギルベルトを転がして布団に寝かせる。
フィニもエミリアを見習いながら布団を敷いた。
イーラは布団を敷くと、スイレンを転がす。もう一組出そうとするが、布団は四組しか無かった。
エミリアが「布団を借りてきます」と言ったが、イーラは断った。
面倒だとも思っていたが、眠る気にならなかった。
イーラはスイレンの羽織を借りると、部屋の隅で体育座りをする。
そのまま、異世界ものの本を読み始めた。
本の中身はいつだって変わらない。
魔法のない世界はいつだって色鮮やかに見える。
イーラは明かりが消えても、行灯を傍において本を読み続けた。
イーラのカバンから突き出た風車が、緩やかに一回りした。




