49話 ドワーフからの依頼
ドワーフの住処は世界中にあり、それが岩山だったり森の中だったり、と様々だとは聞いていたが、まさか土の中は想像しなかった。
イーラ達はリムバに連れられ、一番広い部屋を借りた。そこで暖かいスープとパンを食べ、腹を満たした。
「リムバがこんな所にいるなんて不思議ね。砦の親方さんはいいの?」
「ちぃっとばかし、助っ人にな。ここいらでは細工職のドワーフが多いんだが、鍛治職がいねぇもんでナイフがボロボロになっちまうんだ」
「ああ、ナイフの手入れと製造ね」
「しっかしまぁ、お前さんもこんな所に何の用だ? ここに入ってくる人間はいねぇ──」
リムバが話の途中で突然消えた。
イーラが驚いていると、向かいの方で騒ぐ声が聞こえる。
そちらに目をやると、戸惑うリムバと興味津々のスイレン、それを怒鳴るギルベルトと、たしなめるフィニで大騒ぎしていた。
「ドワーフかぁ。いやぁこんな所で魔族に会えるとは思わなかったねぇ。ドワーフの持つ魔力にも興味はある。ちょいとそこに立ってておくれ。ちゃっちゃと調べてしまおう!」
「えっ、えっ? 俺っちで実験するってのか!?」
「いやいや、調べるだけさ。水の知恵──」
「おいジジイやめろ! 面倒事を起こそうとすんな馬鹿だろ!」
「馬鹿はお前さんの方だよ。研究することは世界を知ることになるんだから止めるなんて損なことじゃないか」
「えっ? えっ!? 水が足元から······! 俺っちどうなるってんだよ!」
「おいジジイいい加減にしろ!」
「ふ、二人ともやめて下さい! ケンカしないで······」
「フィニは黙ってろ!」
「は、はひぃぃぃぃ!」
フィニはギルベルトの気迫に負けて小さくなる。
スイレンはリムバの周りに水の塊を浮かせながら、ギルベルトの妨害と戦っている。
イーラはエミリアとそれを傍観する。
エミリアは正座のまま、わやわやと戯れる彼らを微笑ましそうに見つめるが、イーラはつまらなさそうにしていた。
ようやくスイレンから解放されたリムバが、息を切らせてイーラのそばに避難する。そして、イーラにまた、先程の質問を繰り返した。
「で、こんな所に何の用だ? 人間はこの森に入って来ねぇだろう」
「芸能村に行くのよ。まぁ、その先の山に用があるんだけど」
「なるほどなぁ。······なぁ、森を抜けるってんなら、ちょっくら頼みがあるんだが」
リムバはそう言うと、「耳で飛ぶ生首を見なかったか?」と唐突に聞いてきた。
話によると、以前は森にチョンチョンが出ることは無かったらしく、最近になって増えたらしい。
奴らに仲間が襲われたり、住処を襲われたりするとかで、仕事に影響が出ているらしい。
リムバは奴らを退治して欲しいと頼んだ。売りに行くにもチョンチョンが邪魔をして穴から出られないとこぼす。
「ここに生える竹で作った細工品は高値で売れる。それが流通しなくなったら、俺っちらも困るんだ」
「まぁ、何も作れなかったらアンタに刃物の手入れ仕事が回ってこないし、他の仕事をするドワーフにも影響が出るもの。それは困るわ」
だからといって、居場所を突き止めても退治の仕方なんて知らないし、そもそもどこから奴らが来ているかなんて分からない。闇雲に森を走るのも危険だ。
イーラが悩んでいると、スイレンは水晶玉に一滴の水を垂らす。
「水の知恵 揺らぎの水面 我が問いに答えよ」
「水占術『水面鏡』」
スイレンが呪文を唱えると、水晶の中が曇り始め、朧気な形を作り出す。水晶の中に映ったのは方位磁石で、北東を示している。
スイレンは満足気に頷くと、「ここから、北東の方に原因があるようだねぇ」と言った。
ギルベルトはそれを聞くと、銃の手入れを始める。
「今から行くぞ。さっさと済ませようぜ」
そう言うなり、銃を組み立て直して立ち上がる。
スイレンは同意するように水晶を手にして立つと、エミリアとフィニを連れて出口に案内してもらう。
イーラは戸惑った。
不穏な考えが、袖を引いたのだ。
『自分は、要らないのでは』
──なんて、考えるだけ無駄だというのに。
***
方位磁石を使いながら北東に向かうイーラたち。
ギルベルトが先陣を切り、チョンチョンを打ち倒して進む。
エミリアは殿を買って出ると、ギルベルトの援護をする。スイレンは手持ちの僅かな水を使ってイーラとフィニを守りながら、エミリアとギルベルトのサポートもこなす。
フィニの目と耳で方向を正しながら、森を突き進んでいく。
ギルベルトは疲れ気味に銃を撃った。
「はっ! 巣が近くにあるらしいな! 数が増えてきやがった!」
「そうみたいだねぇ。小僧、そろそろ魔力が尽きるだろう」
「ギルベルト、私と代わりましょう!」
「おう、頼むぜ」
ギルベルトは目の前の岩を蹴って宙を舞う。エミリアがすかさず先頭に立つと、ギルベルトはイーラの後ろに着地した。
イーラは顔色が悪いギルベルトに一本の小瓶を渡す。
ギルベルトはキョトンとして受け取った。
「ただの栄養剤よ。スイレンさんが、疲労が溜まると魔力の回復が遅くなるって言ってたから」
「······おう、助かる」
ギルベルトは小瓶のそれを飲み干すと、その苦さに顔を顰めた。
しばらく走っていると、エミリアが急に止まった。
口を押え、青白い顔で震えている。
フィニはエミリアの見ているものを知ると、「ひえっ」と小さく悲鳴を上げた。スイレンはイーラが見えないように手を広げる。
「······チョンチョンっていうのはね、人の首が抜けて飛び回る魔物なんだ。だから、チョンチョンを倒すと首の無い死体が出るんだよ」
フィニはエミリアの後ろに隠れてそう言った。
イーラはスイレンの袖の隙間からそれを見た。
首のない死体が、窪地に捨てられるように重なっている。
男も女も、ドワーフも魔導師も関係なく、首から下だけを残してそこにある。イーラは吐かないようにスイレンの後ろに隠れた。
エミリアはまだ辺りを飛び回るチョンチョンを哀れむように見ると、杖を突き立て、祈りを捧げた。
「ならば、ここにいる方々は、ここを飛ぶ彼らは、犠牲になった方なのですね。なんとも痛ましい──」
「慈愛に満ちた偉大なる土よ。母なるその御胸に魂を眠らせ給え。世界樹に還りし命に慈しみを。世界樹の礎となる宿命に哀悼を──」
エミリアが死体に祝詞をこぼし、杖で地面をついて死体を埋めた。エミリアは個別に墓を作れないと悲しげに言った。
ギルベルトはさ迷うように飛ぶチョンチョンを、ひとつ残らず撃ち落とし消し炭にすると、エミリアが埋めた窪地に敬意を表した。
スイレンも哀れむように水晶を抱く。
フィニは杖を立てて黙祷を捧げた。
イーラは何も出来ず、ただぼうっとそこに立っていた。
随分と簡単に事が済むと、ギルベルトは帰るか、と残りがいないかを確認しながら森を進んでいく。
エミリアはフィニの肩を抱きながら、ギルベルトの後をついて行った。
スイレンはイーラの頭を撫で、「戻ろうか」と声をかけた。
ギルベルトとエミリアの魔法。
スイレンの占い。
フィニの魔物の知恵。
それだけでにちょっとした依頼も時間をかけずに済ませられる。
魔導師は偉大だ。崇められる理由も分かる。
だからこそ、イーラは自分の必要性に疑問を感じるのだった。




