47話 仲間の力量
石の街に一晩泊まり、朝早くに街を出て芸能村を目指す。
順調にいけば、一週間で着く距離だ。それにこの辺りは魔物が少ないと聞く。イーラは安心して歩いていた。
──はずだった。
「冗談じゃないわ! なんでこんなことになってんのよ!」
イーラは後ろを振り返る。その直後にスイレンがイーラの目を隠し、前を向かせる。
「見ちゃいけないよ。魂を抜かれたくないだろう」
「だから何が襲ってきてるのよ!」
「スイレンさん! 僕も見ちゃダメですか!?」
「ダーメ! 小僧の直感が働いたんだ。やめといた方が身のためサ」
イーラとフィニは見せてもらえない何かから襲われていた。
事の始まりは街を出て一時間した頃だ。
スイレンの授業じみた話や芸能村の風土や文化の話、いつもと変わりない会話をしながら歩いていた。
テナシーの森まではあと半日かかる。お互い疲れないように気遣いながら楽しく歩いていたはずだった。
すると突然、ギルベルトが拳銃を構え、辺りを警戒する。
スイレンが手伝おうと水晶を出すが、それを拒否していきなり走り出した。
「絶対後ろ振り向くな! 奴を見るな! 死ぬぞ!」
それを追いかけようとした直後に、ゴロゴロと車輪のような音が、一斉に鳴り出したのだ。
「なんだってのよ!」
イーラはキレ気味に逃げていた。
ギルベルトは後ろを見ないで拳銃を撃つ。数発のうちの一発が当たったらしく、パキッと砕ける音がした。
「木の音だったねぇ」
「車輪のような音がしますわ」
「命中率が低い。高めの位置で当たるってのもなぁ」
三人の話を聞いて、フィニはハッとした。
「多分、輪入道だ!」
「よく分かったわね。情報が乏しいってのに」
「何となくね。見ちゃいけないってのと、木の車輪ってところがそれっぽいなぁって」
魔物の正体が分かったものの、どうやって逃げ切れば良いのか。
ギルベルトが銃を撃っても当たりにくいし、エミリアが土壁を築いても乗り越えてしまう。
スイレンに至っては、水場が無くて戦力外だ。
フィニとイーラは戦う力はない。
せめて弱点を、と思ったが、フィニはよく分からないと言う。
「何かの札? みたいなのが必要ってことと、見た目が炎の車輪だってくらいなんだよね。知ってることが」
「あぁ? 先に言えよ! 命中しても意味ねぇじゃねぇか!」
「ひぃい〜! ごめんなさぁい!」
ギルベルトが怒り狂う中、スイレンはなるほど、と笑みをこぼす。
「イルヴァや、ちょいと薬を作れるかい?」
「何の薬? 怪我でもした?」
「いやいや、ちょっとした魔法の応用さ」
スイレンはイーラに「ハマハルの頭痛薬をおくれ」と頼んだ。
ハマハルとはハマシエルという貝の殻から作る薬材だ。鎮痛効果がある。
イーラは試験管に、粉状にしたハマシエルの貝殻に海岸桜の花びらを二枚入れ、サカシラバミの樹液を三滴垂らす。
走っているのに零さず量を間違わず。イーラの手際にエミリアは感心する。イーラは少量の水を入れてコルクで蓋をすると、ギルベルトに試験管を託した。
「ギルベルトさんそれあっためてくれる? ついでに振ってくれると助かるわ」
「俺の魔法をなんだと思ってんだ!」
そう言いつつも、ギルベルトはその通りに温めながら試験管を振る。
試験管の中身は茶色っぽい色から青に変わり、容量も増えた。
イーラは試験管を受け取ると、蓋を開けて匂いを確かめる。
「潮の匂いがする······いいわ。スイレンさん出来たわよ!」
「よぅし! 助かったよイルヴァ!」
スイレンは試験管を受け取ると、懐から一粒の真珠を出した。
普通の白い真珠とは違う、赤みのある真珠にスイレンは息を吹きかける。そして試験管に真珠を落とすと、後ろに投げつけた。
「さぁさ皆固まっとくれ。森までひとっ飛びしようじゃあないか!」
「馬鹿だろジジイ! ここに水場はねぇ! 水場なんか探してられっか!」
「馬鹿はお前さんの方だよ。水場が来るのサ」
スイレンがそう言うと、後ろから波の音がする。
スイレンが水晶を手にした瞬間、イーラたちを水が飲み込んで流れていく。スイレンは面白そうに高笑いした。
「あっはっはっは! 飛龍! 水切りの進!」
***
気がつくと、もう森の中にいて、さらさらと流れる沢の傍にいた。
スイレンは辺りを見回して不満げな声を漏らす。
「森の入口······う〜ん、もうちょっと遠くに行けると思ったんだがねぇ」
「いきなり過ぎんだろうがクソジジイ!」
「はいはい。森の道のりは長いんだ。早く行ってしまおう」
さっさと歩き出すスイレンの背中にイーラは我に返り、スイレンにさっきのことを聞いた。
スイレンはニコッと笑って教えてくれた。
「ハマハルに含まれる少量の海水と、人魚の真珠。それらを水魔導師の魔力で繋いでやると、真珠の水を引き寄せる力と、ハマシエルが持つ水を生み出す力が作用しあって水を生み出すのサ」
条件があるんだけどね、とスイレンは詳しく話をしようとするが、ギルベルトに止められまたまた不満げな声をこぼす。
ふと、エミリアは思いついた。
「ならば、水を生み出しながらスイレンの魔法で移動すれば、早く目的地に着くのでは?」
イーラは一瞬、顔をしかめる。スイレンは「無理だ」とキッパリ言い切った。
「生み出された水の魔力は限りなく少ない。今のはあちしの魔力で補ったけれど、それでもここまでしか来れなかったろう。薄めた酒を飲むようなもんサ。
それに同じことを繰り返してちゃあ、あちしの魔力だって空になる。空になったら、土魔導師のように他のもので魔力を回復出来ないから、結局足でまといになってしまうよ」
「そうでしたか。すみません、無茶な提案を」
「気にする事はないサ。さぁ早く行こう」
スイレンはヒラヒラと袖を振って森を歩く。
イーラは少し、モヤモヤした心を抱えた。




