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43話 イーラのための勉強会 2

 スイレンは万能魔導師(エルフ)を語るのには少し間を置いた。

 そして、一番大きなコップと細い管を持つと、「こんな感じではある」と前置きする。


「エルフ紋ってのは、膨大な魔力と効率的な回路を持っているのサ。だから一つの魔法だけでなく、四大魔法を使える。火、水、風、土、全てがエルフ紋に従うんだ。エルフは数少ない選ばれた人間が手にする紋章。誰もが焦がれる魔導師世界の特権。その絶大な力は何よりも強い」


 母が手にしていたエルフ紋はそんなに凄いものだったのか。

 確かに世界の1%にも満たない魔導師の紋章が、チンケなものであれば誰だって要らないだろう。

 スイレンは「確かに強いんだけれど」と言って付け足した。


「四大魔法を操れるけれど、一つ一つの威力自体は四大魔導師には敵わないのサ。エルフ紋とサラム紋が火魔法で戦うと、サラム紋が勝つんだ。一つの特性を伸ばすのと、幾つもの特性を操るのでは、大きな差が生まれる。どの魔導師が相手にせよ、エルフ紋は一つの魔法では絶対に四大魔導師には勝てっこないのサ」

「なるほど。職人かオールマイティかの違いね。でも、母さんは予知能力があったわ。あれも魔法なの?」

「エルフ紋特有の魔法さね。エルフ紋ってのは、四大魔導師以上の魔力がある。それは四大魔法だけじゃ、消費しきれないのサ。だからそれぞれに特別な魔法が発現するんだ。マシェリーのような未来予知や、転移、模写、変身とかね。便利なもんサ」


 イーラは今までの説明を聞いて、少し思うことがあった。水魔導師(ウンディーネ)の都で見た悪魔導師(ゴブリン)のことだ。

 今の説明では議会と四大魔導師とエルフ紋しか出ていない。イーラも今まで四大魔導師以外に魔導師がいるとも知らなかった。

 イーラの考えを読み取ってか、ギルベルトは「あのブサイク」と呟いた。スイレンは少し悩むと、すぐに顔をしかめた。

 イーラに危害を加えた怒りが、まだ燻っていると思われる。

 スイレンは少し苛立ったようにギルベルトに向かって言った。


悪魔導師(ゴブリン)は、魔法を使えるだけの魔力はあるが、どの紋章にも適性がない魔導師なのサ。使えるとしたら初歩的な幻惑くらいで、他の魔法が一つも使えない。だから魔力に呑まれて道を誤ってしまう」

「ええ、聞き覚えがあります。ヴォイシュにも一度、悪魔導師(ゴブリン)が訪れて里に混乱をもたらしたとか」


 エミリアは心苦しそうに言った。

 イーラは救えないのかとスイレンに問うが、スイレンは無言で首を横に振った。

 一度魔力の誘惑に堕ちた魔導師を、すくい上げるのは容易くはない。


 魔力とは入れ墨。魔法とは麻薬。


 使う者に邪な心があれば、魔力はそれに合わせて変貌する。

 救う者にも災いをもたらす。


 魔法とは、己の心を律せる者だけが扱える物なのだと思うと、とても崇高に扱われる理由が分かる気がした。


「しっかしまぁ、イルヴァが議会についても全く知らないだなんて、あちしにゃあ信じられないねぇ」

「ああそうだな。イーラの母さんって、マシェリーなんだろ? 国でもよく聞いたぞ。偉大なエルフ紋の魔導師だってな」

 皆が議会について知り、マシェリーのことも知っている。なのに、イーラは世界の中枢たる議会も、母の成し遂げた偉業も、何も知らな過ぎた。

 皆が当たり前のように共有する常識も、異端に対する感情も、イーラが持つものとはかけ離れていた。


「でも、そのマシェリーのことだ。きっと考えがあったんじゃねぇの?」

 ギルベルトはイーラの背中を叩いて励ました。エミリアもフィニも、そうだと言わんばかりに頷く。それに賛同しないのは、スイレンとイーラ本人だった。


「いいや、きっと面倒くさがったのサ。マシェリーは確かに優れた魔導師だったけれど、かなりいい加減でねぇ」

「私に薬を教えた時もそうよ。『薬なんて、薬草と器具さえ間違わなきゃテキトーでいいのよ!』って言い放った人だもの」

「船旅も海図なしに『多分あっち!』で船を進めるわ、魔物に遭遇しても『呪文って長ったらしくて嫌い!』って殴って帰すわの雑把ぶり」

「村に売りに来た旅商人の万能薬を、安い薬材で作り上げてプライド叩きおったわ」

「負けん気が強いのはいい事だった。でもあまりにもガサツな人だったサ」

「予言は外さなかったのに、人としての道は外れまくってたかも」


「ジジイはともかく、お前の母さんだろ。そんな悪く言って大丈夫か」


 ギルベルトは苦い顔でイーラを止める。そして呆れたように舵取りに戻ると「次の進行先は?」と風を浴びてイーラに聞いた。

 あと必要なのは風魔導師(シルフ)だけだ。しかし、イーラは彼らの居場所なんて知らない。スイレンがギルベルトに進行先を告げた。


石の街(マージェイト)に行こう。その街を更に行った先に、図書館があるのサ。そこならきっと風魔導師(シルフ)に会うすべが見つかるだろうね」

「何だ。ジジイでも分かんねぇのか」

「当たり前だろう。いくら水魔導師(ウンディーネ)といっても、全てを知ってるわけじゃあない。あちしだって風魔導師(シルフ)に会えたのなんて数えるくらいだけサ」


 イーラはふぅん、と納得すると帆のロープの調節を始めた。

 ギルベルトに散々嫌味を言われながら覚えたロープの巻き方に、苛立ちながらも出来るようになった自分を褒める。

 ふと、フィニがイーラの横に座った。


「ねぇ、イーラ」

「どうかしたの? ケガ?」

「いや、イーラの髪がさ······」


 フィニはそう言ってイーラの長くなった髪をかきあげた。うなじ付近の髪を少し手に取るとイーラに見えるように見せた。

 イーラは驚いた。真っ黒な髪のはずが、フィニが手にしている毛束はオレンジ色になっていた。

「イーラって、髪の毛に染料とかつけてないよね」

「当たり前でしょ。黒が別の色に変わるわけがないもん」

「最初会った時、こんな髪色じゃ無かったよ」

「私だって初めて見たわ」


 フィニは困惑しながら「どうしよう」と言った。

 知らない間に魔法をかけられたのか、それとも何かの目印をつけられたのか。これがもしも、人狼に有利なものであったなら、フィニは危険に晒される。イーラは肝が冷えた。


「フィニアン、ちょいとこっちに来とくれな。あちしの研究に付き合っとくれよ。デュール紋は研究材料に足りなくてねぇ。まずは魔力量から測りたいのサ」

 スイレンはフィニに近づいた。イーラは咄嗟に髪の毛を隠す。

 フィニは「今行きます!」と不自然な明るさを見せてスイレンの後ろをついて行った。

 イーラはひっそりと船室に向かった。

 エミリアはイーラの狼狽した横顔に、憐れむような眼差しを向けた。

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