表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/109

42話 イーラのための勉強会

 世界樹の聖堂──広間


 薄暗い空間に置かれた円卓に、頬杖をつき、気だるげに机を指で叩く男がいた。広間の入口には、神妙な面持ちで立つジャックもいる。

 男がふぅ、と息をつくと、ジャックは肩を震わせた。



「つまり、君はあの娘を捕らえるのに失敗したばかりか、まんまとやり返されて逃げ帰ってきたのか」



 男はねっとりとした声でジャックの結果を口にする。ジャックは顔を強ばらせて「申し訳ございません」と頭を下げた。

 男は「必要ない」とジャックの謝罪を跳ね除ける。

「あの娘は水魔導師(ウンディーネ)まで仲間にした。君がこうして報告する時間も、惜しいとは思わないか?」

「次こそは、必ずやあの娘を捕らえてみせます!」

 ジャックは片膝をつき、忠誠を示すが、男はそれさえもどうでもよさげで、深いため息をついた。



「いらない駒を、ずっと手にしたいと思うかい?」



 ジャックは背筋が凍る。全身の毛を逆立てて、男に縋るような眼差しを向けた。男は興味を無くした子供のように自分の爪ばかりを見つめていた。

「捕まえてみせます! この人狼遊撃隊長の階級に誓って!」


 ***


 イーラは甲板に立ち、途方もなく広がる海を見つめていた。

 海面は陽光に輝き、波は心地よい音を立てて鳥を寄せる。水面に映る歪んだ自分の顔を、イーラはぼぅっと見つめていた。



「······意外と、長いわね」



 何となくそう呟いた。元々二人だけの旅が、いつの間にか三人になり、国を巡り、五人に増え、月日が巡る。

 旅を始めたのは何ヶ月前だったろうか。イーラは微睡むように水平線を見つめた。

 ふとイーラは思い出したように鞄から一冊の本を出した。旅をしてからはほとんど手をつけなかった異世界小説だ。


 どこまでも続く田園風景。

 レンガ造りの美しい中世の都。

 白い外壁と青い海の街。


 何度読んでも心が踊る。しかし、小さな薬局に篭っていた頃よりも、色褪せて見えた。



「何を読んでるんだい?」



 スイレンがそっとイーラの横に立った。イーラは読みかけの小説の挿絵を見せると、スイレンは感嘆を零した。

「こりゃ異世界物語かい。随分と仮想世界の珍妙な物語を読むんだねぇ」

「悪い? 私は魔法の無い世界が羨ましいと思ってるわ」

「イルヴァのそれは、『憧れてる』ってことで良いのかい?」

「そうよ。憧れだわ」


 イーラがそう言うと、スイレンは不思議そうに首を傾げた。それもそうだろう。

 魔法のない世界の物語なんて、魔導師の存在意義を否定しているようなものだ。それに小説の世界は化学がかなり発展している、シュヴルツペントがベースになっているものが多い。敵対心を抱く水魔導師(ウンディーネ)にとって気分の良いものでは無い。

 一時期流行った娯楽小説だが、マシェリーの影に立つイーラにはとても救いとなった物語だ。

 スイレンはイーラから小説を借りて少し読んでみるが、唸り声を上げてすぐに返してしまった。


「やっぱり魔法を使えないのはつまらないなぁ。馬は走ってないし、空も飛べない。兵隊も出てきたけれど、だぁれも魔法を使わずに剣ばかりを振るってる」

「そういう話なのよ。面白いわよ。ニホンって国はアマノハラに似ているし、イギリスって所はシュヴルツペントに似ているの」

「そりゃあそうだろう。この世界をベースに物語を作っているんだもの。イルヴァ、魔法は使える者にも、使えない者にも恩恵を与えるものサ。魔法のある現実も、悪くないと思うんだけど」



 イーラは半ば睨むようにスイレンを見上げた。

 どこに行ってもマシェリーと同レベルの力を求められ、魔導師じゃないと知るなり勝手に落胆される。マシェリーを哀れみ、イーラを軽んじる生活が母亡き今でも続いているというのに、何が悪くないと言えるのか。


 スイレンはイーラのその眼差しから心情を察すると、「忘れておくれ」と目を逸らした。

「でもまぁ、議会が怪しい動きをしているわけでなし。平和なうちは夢うつつに身を委ねるのも悪くないだろうサ」


 スイレンが潮風を一身に受ける横顔を、イーラは見つめた。相変わらず男か女かも分からない人だ。きっとギルベルトがスイレンを「ジジイ」と呼ばなければ、イーラは性別が分からないまま一緒にいたかもしれない。


「スイレンさんって、意外と大人よね」

「お前さんの連れてる魔導師も大人じゃあないか」

「そうなんだけど。なんて言うか、達観してるって感じがして」

「そりゃあ、あちしは『叡智』を冠する水魔導師(ウンディーネ)だからねぇ。ありとあらゆる知識を詰め込んでるんだ。当然だろうサ」

「あ、知識があるなら聞きたいことがあるんだけど」


 イーラはふと聞きたいことを思い出した。

 色んな人に言われたが、今日まで分からなかったことを。スイレンはイーラに頼られて嬉しさを隠せない笑みを浮かべている。イーラは意を決して聞いた。




「『議会』って何?」



「────えっ?」




 スイレンは目を丸くしてイーラを見つめ返した。そして「本当に知らないのかい?」と聞き返す。イーラは知らないのが恥ずかしくなってきて、頬を少し赤くしながら頷いた。


「ちょいと小僧!」

「うるっせぇなジジイ! トイレだったら裏行ってこっそりしてこい!」

かわやの話じゃない! ちょいと来とくれ!」


 スイレンは舵取りをするギルベルトを呼びつけると、思いっきり肩を揺さぶった。

「お前さん、まさかイルヴァに議会のことを説明していないんじゃないだろうね!」

「はぁ、議会だぁ!? 説明する必要もねぇだろうが! この世界の全員が知ってる事だろうがよ!」

 ギルベルトがそういうのを聞いて、イーラは一人でショックを受けた。

 まさか世界共通の知識だったなんて。それを十五になるまで知らなかった上に、興味すら持っていなかったなんて。

 エルフ紋の母が知ったらどうなっていただろうか。


 スイレンはギルベルトを解放すると、やれやれといった具合に甲板に簡易テーブルを用意した。


「あちしが説明しよう。議会っていうのは──」




 この世界──アーティレイドは世界樹という名の命の源の大木があり、それが生と死を司っている。

 その均衡を保つための組織が俗に言う『議会』で、万能魔導師(エルフ)を筆頭とした四大魔導師と七宝の保持者が、円卓の十二席を有しているという。

 議会の席に座る者は世界樹に選ばれるらしく、議席を得られるのは世界屈指の魔導師や七宝の保持者なのだという。



「議会は必要とあらば軍隊にもなるし、一魔導師としても力を振るう。世界の均衡を保つ、管理局のようなものさ」

「へぇ、初めて知ったわ」

「知らない方が不思議なんだがねぇ。デュール紋が追われるのは知っているだろうに」

 確かに死霊魔術師(デュラハン)は見つけ次第、役人に引き渡すように言われていた。流された洞窟の死霊魔術師(デュラハン)も議会の存在に怯えていた。

 しかし、イーラは役人に引き渡された後の彼らがどこに行くかなんて知らなかった。これが議会に引き渡されて罰せられるなら理解出来た。

 フィニが怯えていた理由も納得出来た。



「スイレンさんは議会に選ばれなかったのね」

「当たり前サ! あちしは第一席に座ってる輩と仲が悪いんだ。同じ机を囲むと思ったらゾッとするよ」

 スイレンはそう言って大袈裟に体を震わせた。イーラはクスッと笑うとスイレンの首筋にある紋章を指さした。



「スイレンさんはそこに紋章があるのね」

「そうさ。魔導師の紋章ってのは、目に付くところにあるほど魔力が強いんだ。ほら、サラム紋の小僧だって額についてるだろう?」

 スイレンはコソッと舵取りするギルベルトを指さした。

 ギルベルトの額にはデカデカと紋章が浮かんでいる。イーラはなるほど、と頷いた。



「魔導師って力に差があるのかしら」

「そうだねぇ、同じ魔導師でも魔力量はかなり変わるサ。あちしはそれこそ海の水を操ろうと思えば出来るけど、コップ半分の水しか操れないような魔力の持ち主だっている。四大魔導師でもかなり変わるよ」


 スイレンはそう言うと船室に入り、大きさの違うコップを持ってきた。大、中、小のコップそれぞれをテーブルの上に並べると、真ん中のコップを持った。


「これが普通の器。中に入る水が魔力だと思っておくれ。普通の魔導師はだいたいこれくらいの魔力量なのさ。主に土魔導師(ノーム)風魔導師(シルフ)さね」


 スイレンはコップを置くと、右側にある一番大きなコップを持った。

「これが水魔導師(ウンディーネ)の基本的な魔力量さ」

「大きい。こんなにあるの?」

「その分個体差も激しいがね」


 スイレンは最後に、一番小さなコップを取った。

「これが火魔導師(サラマンダー)の魔力量サ」

「少ないわね」

「そうだろう?」


 しかしスイレン曰く、魔導師としての力が一番強いのは火魔導師(サラマンダー)だという。

 水魔導師(ウンディーネ)は四大魔導師のなかでも膨大な魔力量を有する代わりに、魔法をかける術式が異様に長い。だから攻撃的な魔法はあまり向かないのだという。


 それに対して火魔導師(サラマンダー)は魔力量が一番小さい分、体に負担をかけないために魔法の術式がとても短く、効率的なのだという。攻撃的な魔法に特化している代わりに魔力が尽きやすいのが難点だ。


 普通のスイレンはコップと一緒に持ってきたらしき筒をテーブルに置いた。太いものと細いものの二種類に交互に水を通し、イーラに説明する。


「こっちの太い方が水魔導師(ウンディーネ)土魔導師(ノーム)の魔力の管サ。ここから水を出すと、太いと量は多いけど威力は無いだろう? でもこっちの細い方、主に火魔導師(サラマンダー)だね。こっちは水は少ないけど威力がある。だから、仮に同じ魔力を持っていても、持っている紋章によってその威力も変わるのさ」



「へぇ、勉強になりましたわ」

「こうして見ると分かりやすいですね」

「だから魔法使った後ってめちゃくちゃ疲れんのか」


「なんでお前さん方もいるんだい」



 スイレンは呆れながら、いつの間にか増えていたギャラリーにも説明をする。四大魔導師にはそれぞれの特性があると。



『慈愛』を冠する土魔導師(ノーム)は人の心を敏感に感じ取れ、土以外からも魔力を得ることが出来る。


『高潔』を冠する火魔導師(サラマンダー)は誰よりも正義を追い求め、戦況に応じて魔法媒介を変じることが出来る。


『叡智』を冠する水魔導師(ウンディーネ)は知識に貪欲で、他者の魔力を目視することが出来る。


『自立』を冠する風魔導師(シルフ)は何に縛られることも無く、他人が真に求めるものを見極められる。



 イーラはスイレンの知識にすっかり感心していた。そしてふと気になった。胸の高さに手を挙げて、スイレンに問う。



「エルフ紋の話がまだ出ていないわ」



 スイレンは少しだけ、眉間にシワを寄せた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ