41話 旅の仲間
夜が明ける。赤紫色の空に青い髪が光る。
スイレンは大きな水晶を持って街の裏、城主の屋敷の更に奥地の森に足を運んだ。
スイレンは空を仰ぎ、時折水晶を覗き込んでは草をかき分ける。そうして歩いていった先には、トウジロウが俯きがちに立っていた。
スイレンは風に乗った匂いに顔をしかめる。そして、「嗚呼······」と声を漏らした。
「間に合わなかったようだねぇ」
スイレンがそう言うと、トウジロウは振り向いた。顔にベッタリと血を塗って、足元に城主の死体を転がして。
トウジロウは片刃の剣を握っていた。剣の先から滴る血液は、今の今まで城主が生きていたことだけを物語る。
スイレンは何も言わないトウジロウに、勝手に話しかけた。
「占いでとっくに分かってたんだが。あちしが先手を打つ前にやるたぁ、流石は幼馴染ってとこかい」
トウジロウは薄暗い瞳でスイレンを見つめた。スイレンは変わらず笑みを保つ。
「お前こそ、占いで俺のやる事を知っていたなら、いつやるかくらい予想出来たクセに」
「まぁ、そうだね。でもねぇ、起きる事柄こそ分かれど、起こる時間はあやふやなのさ。あちしはあくまで占い師。的確に当てる未来予知は持ち合わせちゃいないんだ」
「はっ、そんなこと言って。お前は城主の死を、覆らぬ未来と知っていたんだろう」
スイレンは「否定はしない」と苦笑した。
トウジロウは剣を真横に振り、血を薙ぎ払った。すると、地面から染み出た水が剣に被さり、払いきれなかった血をぬぐい去る。
スイレンは澄んだ瞳でトウジロウを見据えた。
「トウジロウや。お前さんが城主の屋敷に勤めているのは、お前さんが刑の執行人だからだ。その剣で何人の罪人を斬ったか数え切れやしない。お前さんが城主だからと減刑するわけもないし、身内の仇討ちするとも思えない。
あぁ、気を悪くしないどくれ。あちしはお前さんを信用しているのサ。お前さんは真面目だから、自分の仕事をこなすと、ね」
スイレンはそう言うと、水晶をトウジロウに突き出した。
地面から滲み出でる水、朝焼けに輝く露、辺りに満ちたありとあらゆる水を自分の周りに控えさせた。
「トウジロウ、あちしの最後の占いを伝えるよ。お前さんはオモトと夫婦になる。その代わり城主として国の先頭に立った時、お前さんは大切な物を失うことになるがね」
トウジロウはふっと笑い、「覚悟の上だ」とスイレンに言った。スイレンは周りの水に命令を下すと、水は空へと登り、アマノハラを包むように広がった。スイレンは意地悪な笑みを向けると、口元に人差し指を立てる。
「前祝いサ。お前さんが失うものは一つに絞ってやった。後は自分で選んどくれ」
「全く、幼馴染に魔法で負けたなんて悔しいばかりだ」
トウジロウとスイレンは笑い合うと、お互いに拳を突き出した。トウジロウは先に森を出ようとする。スイレンはすれ違いざまに呟いた。
「良かったじゃあないか。元婚約者殿」
スイレンが「鼻が高い」と言ったのに対し、トウジロウは鼻で笑った。
「こんな嘘つきな幼馴染がいるか」
トウジロウがいなくなると、スイレンは土をひとすくいし、城主の体にかけた。
そして先程まで浮かべていた笑みを殺し、もう動くことの無い城主に語りかける。
「偽造も立派な嘘サ。元、城主殿。良かったじゃあないか。トウジロウが刑の執行人で。あちしだったら嬲り殺しているだろうよ」
「過去の事件の大罪人──カガシラの子孫」
スイレンは水晶を掲げた。森の中に、波の音が強く響いた。
***
イーラ達は急いで船の出港準備を進めていた。
朝一番の鶏が鳴くなり街が突然騒ぎ出したのだ。イーラが街に顔を出してみると、街の兵隊らしき人達が大通りを走り回り、『墓場に死霊魔術の痕跡があった』と叫んでいるのだ。
おかげで朝からてんやわんやの大騒ぎ。イーラたちも出港の予定を早めて準備を進めていた。
イーラは街で買い足した薬草を船に積み、ふぅと一息ついた。ギルベルトは面倒くさそうに出国手続きに必要な書類を書き続ける。
エミリアはフィニを船室に隠し、騒ぐ街を見下ろしていた。
「イルヴァーナさん、早く出港しませんと。魔法の痕跡を辿られるのは時間の問題ですわ」
「分かってるんだけど、書類が面倒なのよ。ギルベルトさんが今書類書いてくれてるから、もうちょっとだけ待って」
「そうも言ってらんねぇな。見ろよ。兵隊がこっちに向かって走ってきてんぞ。最悪の場合、強行突破するしかねぇ」
「ああもうっ! どうしたらいいのよ!」
「あちしを連れてったら解決するだろうねぇ」
スイレンの声に、一同は船の舵取り場を見やった。スイレンは手すりにもたれて、ヘラリと笑い手を振っていた。ギルベルトは「降りろジジイ!」と叫んだ。
「待っておくれな。あちしが入ればその面倒な書類は要らないんだ。それにあちしもこの国に居座り続ける理由もない。あちしの仕事は済んだからねぇ。それにギルベルトの小僧が言ってたんだ。
イルヴァ、世界樹の聖堂に行くんだって? なんであちしに言ってくれないんだい。つれないねぇ。マシェリーのよしみだ。あちしが協力してやろう。世界一の水魔導師がいれば心強いだろう?」
スイレンは一気にまくし立てると、ギルベルトに嫌味ったらしく微笑んだ。
「さぁさ、選びな小僧。あちしを連れてくか、面倒な書類と格闘するか。ちなみに兵隊はすぐそこまで来ているよ」
ギルベルトは歯ぎしりをしてスイレンを睨んだ。イーラはギルベルトに目配せをすると、ギルベルトは声にならない叫びを上げながら、書類をぐしゃぐしゃに丸めて空に投げた。
「イーラが言うから連れてくけどな! 俺ァ手前なんかと仲良くしねぇかんな!」
「それで構わないさ。あちしはイルヴァを支えられりゃあそれでいい。まぁお前さんが何と言おうがついて行くつもりだったけれどね!」
「こんのクソジジイィィィィィィィィイ!!」
スイレンはケラケラと勝ち誇ったように笑った。そして水晶を海へと掲げると、波を立て足早にアマノハラを離れた。
スイレンは晴れ晴れとした表情だった。イーラは潮風に髪をなびかせる。そして、スイレンの大きな背中を見つめた。
スイレンの隣には、母──マシェリーが立っているように見えた。イーラはそれを、物憂げに見つめた。
旅の仲間が増える度に、自分だけがなんの力も持たない存在なのだと気付かされる。イーラはそれが耐え難くなっていた。
エミリアはイーラが手のひらに爪を立てるほど握った拳を、見逃さなかった。




