39話 嘘の暴露大会
あるところに男がいた。男は大層勤勉で、自他ともに認める努力家だった。だが、男は魔法が使えなかった。
男の住む国は、魔導師が多い国だった。故に、男は肩身を狭い思いをしていた。
ある日男は国の長の娘と恋に落ちた。娘には婚約者がいたが、娘は男をとても気に入り、結婚の約束まで交わしてしまった。男も娘も幸せだった。
しかしそれをよく思わなかった人がいた。娘の父親だ。
父親は、何とか男と別れさせようと企んだ。だが、男を遠ざけようとすればするほど、二人の恋は燃え上がった。
ついに策は尽き、父親は人としてあるまじき行為に及んだ。
男を崖から突き落としたのだ。
だがその結果、娘は奇病を患い、国中の医者に診せても病は治らなかった。父親が頭を抱えていると、一人の男が現れた。
金髪の男は言った。
「病を治せば良いのだろう?」
父親は頷いた。すると、次の日から娘は回復していき、元通りに全快した。父親は大層喜んで、金髪の男にご馳走を振舞った。
父親は尋ねた。
「どうやって娘を治したのだ?」
金髪の男は答えた。
「私がエルフ紋だからですよ」
そして金髪の男は娘の父親に交渉をした。父親が内容を聞くと、金髪の男は酷く歪んだ笑みで言った。
「娘さんを私に下さい。その代わり、エルフ紋にかけて貴方の力になりましょう」
父親はそれを快く了承した。そこに娘がいるとも気づかずに······──
***
「なぁるほど」
スイレンは意地悪な笑みを浮かべた。城主からオリバーに目を移すと水晶を奴に突き出した。
「全ての元凶はお前か」
スイレンは次に、オリバーの記憶を映し出した。
***
あるところに旅人の男がいた。男は魔導師の素質こそあれど、紋章が発現せず、悶々とした日々を送っていた。
ある日男が訪れた街で、魔導師の国の長が外交をしていた。あまり表に出ない国の長だったので、珍しいと思いながら見ていると、その長はとても美しい娘を連れていた。
男は一目で心を奪われた。
何とか彼女に想いを伝えたい。そう思いながら彼女を何日も観察していた。しかし、娘は魔法でとある男と通信していた。
娘が魔法越しにその彼に口付けを交わすのを目撃すると、男の心は崩れてしまった。
男は嫉妬と絶望に狂い、その身を醜く変じてしまうと、やましいことばかりを考えるようになった。
男が使える唯一の魔法は幻像を見せることだった。その魔法で自分の見た目を変え、手の甲にエルフ紋章を描くと、その娘の国へと向かった。
そして困り果てた長の前に現れ、娘を治してやろうと言った。
そして娘の寝所に入り込むと、数日で健康体そのものになるように計算して幻惑を施した。そして長とあの交渉をした。
長の承諾を得て、男は飛び跳ねるほど喜んだ。身を変じるほどに恋焦がれた娘が、自分のものになるのだから。
***
「なんと言いますか、その······」
「最低だな」
「最低ですね」
「ゲスって言葉が良く似合うわ」
「そんなんだから醜くなるんじゃあないのかい?」
「言いたい放題かっ!!」
イーラたちはオリバーに蔑んだ目を向けた。
オリバーは怒りながらその醜い見た目をゆらりと歪ませると、金髪の男の見た目に変わる。そして、袖から白い球体を出したかと思うと、イーラたちに向かって投げつけた。
イーラたちが避け、地面に当たった球体は煙幕を張ってイーラの視界を遮る。イーラは咳き込みながら煙の向こうに目を凝らすと、目の前に城主が立っていた。
イーラは驚きつつも、城主の腹を思いっきり殴ると、「うぐっ······」と声がして城主は倒れた。
魔法が使えるというのに何の防御もしなかった。イーラがそのことに疑問を持っていると、イーラの横腹を、炎の弾丸が掠った。
ジリジリと痛む腹を押さえ、弾の飛んできた方を見ると、拳銃を構えた城主が立っていた。
「なんでアンタがギルベルトさんのもん持ってんのよ!」
そう叫んだ瞬間、煙が城主を隠し、また歪んだ視界に戻る。今度は後ろから土がせり出し、イーラの背中を思いっきり叩いた。
「きゃあっ!!」
イーラは遠くに飛ばされ、煙の向こうへと叩きつけられた。するとそこは崖で、イーラは真っ逆さまに落ちていった。
なんだか既視感がある、なんて思っていると、冷たい感触が背中を包み込んだ。ゼリーのように柔らかい感触は、イーラを崖の上へと押し上げる。イーラはちらりと下を覗いた。
水だ。海水がイーラの体を押し上げていた。
イーラはその水魔法に助けられ、崖上に手を伸ばした。そこでイーラの手を握ったのは、枝よりも細い手だった。
***
「ちくしょう! すばしっこい野郎だなぁおい!」
ギルベルトは怒りながら銃を煙の向こうに向ける。
「なんて卑怯な方でしょう。煙に紛れて奇襲をかけるとは!」
エミリアは杖を地面から離さないよう、集中しながら魔法を放つ。
「ひぇぇぇ! なんで皆と同じ魔法が飛んでくるんだよぉぉぉ!」
フィニは涙目でうずくまっていた。
「無粋だって言ったこと、根に持ってるんじゃないだろうねぇ。イルヴァに当たらないことを祈る!」
スイレンはイーラの姿を探しながら水を手繰り寄せた。
視覚的な妨害を受けての攻防戦。皆がみな、現れては消える城主に警戒していた。
朧気な城主に誰もが苛立っていた。だからこそ、現れた瞬間に魔法を放ち、攻撃を仕掛け、そしてあらぬ方向から反撃を喰らう。
スイレンはふと攻撃を止めると、魔法が飛んできた方向を指を指して確認した。
「えぇと、火魔法がこっちからで土魔法はこっちだろう? さっき物理攻撃が一回あって······ん? まさか?」
スイレンが顎に手を当てて考え事をしていると、また同じ方向から城主が銃を持って現れた。
その構え方を確認するまもなく、銃からは炎の弾丸が放たれる。スイレンは顔ギリギリでそれを避けると、ふむ、と確信した。
「叡智の水よ 一滴の雫 この地に祝福の雨を降らせ 大いなる巡りの輪を流せ」
スイレンはそう唱えると水晶を高く掲げた。
水晶はスイレンの手から離れると、青い光を放ち、空に雨雲を呼んだ。ゴロゴロと不穏な音を立てて黒雲が集まると、地を穿つような激しい雨が降り注いだ。
雨の音だけが響き、煙は雨に流れて自然と消えた。煙の中から、杖を突き立てるエミリアと、装填を済ませたばかりのギルベルト、プルプルと震えてうずくまるフィニが現れた。
スイレンは三人の姿を確認すると、足元の水溜まりを蹴り上げ、ギルベルトに泥を被せた。
「嗚呼ど畜生! あのクソガキに騙された!」
「なぁ俺に泥被せる必要あったか?」
「全く油断ならないクソガキだ! これだから悪魔導師は嫌いなんだ!」
「おいジジイ、何で俺に泥被せたんだっての」
「ハッ! イルヴァはどこだい? まさかオリバーと城主殿に······!? あちしらよりも危険な目にあってるんじゃないだろうね!!」
「おいジジイ! 耳遠いのかよ!」
ギルベルトの問いかけにも耳を傾けず、スイレンは慌ててイーラを探す。辺りをキョロキョロと見回していると、墓石の近くにびしょ濡れになったイーラを見つけた。
「イルヴァ! 無事かい!?」
スイレンが声をかけると、イーラはニッコリと微笑んで返した。
「ええ、スッキリしたわ」
イーラの傍らには、ボコボコになったオリバーの姿があった。
***
雨が弱まった頃、ボコボコになったオリバーを囲み、イーラはスイレンに視線を投げかけた。スイレンはふぅと息をつくと、「死刑だろうねぇ」と言った。
「詐欺も立派な嘘だから、ことが知れれば首チョンパは免れないだろうサ」
イーラはそう、とこぼした。ギルベルトはオリバーの頬をぺちぺちと叩き、銃口を額に押しつけた。
「どうせ死刑になんなら俺がやってやろうか?」
「馬鹿言ってんじゃないよ小僧。うちの国で起きたことはうちの国の法で裁くんだ。法に則らずにやったらそれは殺人だろう」
「ちぇー」
ギルベルトは銃を離すと、気絶したオリバーを引きずって街の方まで歩いていった。
エミリアは何かを探すように辺りを見回した。フィニもエミリアの考えていることを察すると、同じように辺りを探す。
「エミリアさん、どうかしたの?」
「いえ、先程から城主様の姿が見えないのです」
「ごめん、どさくさで逃がしちゃったみたい」
「仕方ないわよ。あの煙と幻惑じゃ、目を離すなっていう方が無理だわ」
「そうだねぇ。それに──」
スイレンは水晶を覗くと、傷ついたような表情をした。そして水晶を大事そうに撫でると、いつものように微笑んでみせる。
「いいや、何でもないさ。それよりイルヴァ、オモトを屋敷に戻さないと。病が大人しいうちに······」
「オモトさん、病気じゃないわよ」
イーラはそうはっきり言った。
「正確には、病気だったが正しいのかしら」
全員が目を丸くしていると、イーラはオモトの傍に寄り、墓前に祈りを捧げる彼女の背中に手を添えた。
オモトはスイレンたちの方を向くと、とてもとてもか細い声で「ご迷惑をお掛けしました」と、手をついて謝った。
スイレンは驚き、オモトのそばに駆け寄った。そして水晶をオモトの手の上にかざし、一滴の雫を垂らした。
すると、オモトのひび割れた手はみるみるうちに治り、痩せこけているが傷のない手に戻った。
スイレンは全てが腑に落ちると、「なんと危険なことを」とオモトを咎めた。オモトはしくしくと泣くと、スイレンに許しを乞うた。
「スイレン様、申し訳ございません。私は確かに病を患っておりました。しかし、私の魔法でツユハ様が亡くなっていることはとうに知っており、彼の死を知ると同時に私の病は治っていたのです。そこにあの者が現れました。醜い姿で私に幻惑をかけ、治ったように見せかけようとしていました。私がそれを利用したのがいけなかったのです。
私は父上とあの者の会話を聞いてから、近いうちに祝言を上げさせられると思っておりました。その予想通り、父上は数日も立たぬうちに祝言をあげると仰られた。私はそれはどうしても嫌でした。どうしたものかと悩んでいるうちに、私は思いつきました。スイレン様ならきっと止めて下さると。スイレン様に止めていただくために、私はもう一度病にかかったフリをすることを決めました」
オモトは泣きながら袖を探り、小さな小瓶を出すと、スイレンに差し出した。スイレンは受け取らず、代わりにイーラが受け取った。
イーラは中の粉末をじぃっと観察すると、「本当に危険なことをしたわね」と呆れた。
「イーラ、その中身には何が入ってるの?」
「ダラチュアの根っこの粉末。食事をほとんど取ってない容姿から察するに、直接摂取してたわね」
「どっ、毒をっ、直接!?」
「だから危険なことをしたって言ったのよ」
オモトは病が再発すれば祝言の日を伸ばせると思い、秘密裏に入手したダラチュアを摂取し続けていたのだ。
オモトは手で顔を覆い、何度もスイレンに許しを乞うた。スイレンはオモトの背を擦りながら彼女を慰める。
「だから占いでは治ってないって結果が出ていたのか。症状が毒草の摂取も心因性も同じなら、そう出てもおかしくは無い。辛かったろう。よく耐えたよ」
オモトはスイレンに縋るように身を寄せると、スイレンとしっかり抱き合った。そしてスイレンから離れると、オモトは自ら崖っぷちに立った。
「これで決心がつきました。嘘をついた己の大罪は、己で償います。どうかお許しを。スイレン様、あなたにはとても迷惑をおかけしました。これが、最期の迷惑です。どうか、どうかお許しを」
オモトの体が後ろに傾いた。
「待ちなさい! オモト!」
スイレンは急いで手を伸ばすが、オモトに触れられずに空を握る。
オモトは両手を広げて目を閉じた。宙に身を委ね、崖から足を離すその刹那、イーラの緑の瞳が強い光を灯す。




