表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/109

38話 ツユハとオモト

 この日はとても良い満月だった。

 イーラたちはスイレンに連れられ、こっそりと墓場を訪れた。

 墓場に着くと、フィニは満月に祈りを捧げ、早速魔術を使った。


「月よ、その慈しみの光を指輪に照らせ。亡き者と想いの品を結び合わせ給え」


 フィニが指輪に杖をかざすと、指輪は月光に反応するように淡く光を放つ。その光は筋状に伸びると、墓の奥地と指輪を結んだ。

 フィニを先頭にその光を追うと、途中でフラフラと墓を彷徨う影を見つけた。ギルベルトがその影に銃を向けたが、スイレンがそれをそっと止めた。ギルベルトの不満そうな顔を苦々しく睨むと、スイレンはその影の後ろに立った。


「そこに()はいないサ。あちしらも逢いに行くが、一緒に来るかい?」



「オモトや」



 スイレンに名前を呼ばれると、オモトがふらりと振り返った。

 落窪んだ目に痩せこけた頬、荒れてしまった髪を振り乱し、骨と皮だけの手をスイレンに寄せた。

 イーラはオモトの姿に舌を出した。


 前よりも酷くなっている。放っておいたら死んでしまうだろう。これは急がなくては。

 エミリアは青い顔で口元を押さえると、イーラにそっと耳元で聞いた。

「イルヴァーナさんには、こんな風に見えていたのですか?」

「そうよ。前に見た方が、まだマシなくらいだったけど」

 エミリアは祈るように杖を抱くと、先に行ったフィニを追いかけていく。ギルベルトはオモトを連れて、スイレンが戻ってくるとはっきりと「気持ち悪ぃ」と言った。


「お前さんもこんな風になった人を沢山見てきたろうに」

「俺ァ確かに見たけどよ。そんな姿になってる奴は大体死んじまってるから平気なんだよ。まだ生きてるっつーほうが怖ぇよ」


 四人で遅れてフィニを追うと、墓の先には崖があった。その崖先には他の墓とは違う、岩を置いただけの簡素な墓があり、名前はなかった。

 しかし、フィニが持つ指輪はその墓石と光が繋がっていて、これがきっとツユハなのだと思わせた。


「ああ、ツユハ様。ようやくお会い出来ました。ああ、ああ──」


 オモトは一人で駆け出すと、岩の前に伏してゴツゴツとした岩に縋った。そしてその体をブルブルと震わせて、枯れてしまいようなほどに涙を流した。エミリアは杖を地面に立てると、サッとしゃがんで祝詞を捧げた。ギルベルトも片膝を立て、故人に礼を尽くす。


 イーラは持ち続けていたポプリを墓前に供え、潮風を浴びた。とても濃い潮の匂いがした。

 黒い海に光が差すと、浄化されたように青さを取り戻す。満月の光が揺蕩う波は言い表せないほど美しかった。


 スイレンはそっとイーラの肩を抱いた。イーラはスイレンの方を見なかった。イーラを抱く手が微かに震えていたからだと思われる。

 しばらくオモトの鳴き声だけが聞こえた。フィニは杖と指輪を握り締めて墓石を見つめていた。



 突然、ギルベルトとエミリアが立ち上がった。スイレンもイーラから手を離す。三人は自分たちの来た道を向いていて、とても険しい表情をしていた。イーラも二人分の足音を聞くと、パッとそちらを向いた。



「土よ! 悪意ある力から我らを守り給え! 全てを遮る盾となれ!」



 エミリアが叫び、地面に杖を突き立てた。ボコボコと土が盛り上がり、大きな壁を造り上げた。水の剣がイーラ達を目掛けて飛んで来ていた。前線に立ったエミリアが間一髪でそれを止めると、ギルベルトは崖の方を向き、おもむろに銃を撃った。


 炎の弾丸が、オリバーの肩を掠め、オリバーは舌打ちをして墓石に着地する。


「キャッ······!」


 エミリアの壁が打ち砕かれ、その破片が辺りに散った。ギルベルトはフィニを庇い、腕に切り傷を作る。

 スイレンが水晶をギルベルトに向けると、海から上がってきた水がギルベルトの腕に絡みつき、みるみるうちに傷を癒した。


 そのスイレンを水龍が崖から突き落とす。道の先に居たのは城主だった。

 イーラとフィニを交互に睨むと、傷だらけの手を二人に向けた。すると、海から水が這い上がり、イーラ達を包み込んだ。


「貴様らがツユハなんぞを探すから、ガキの癖に出しゃばりおって」


 イーラ達がもがく間もなく、全身は水に覆われる。

 突然息が出来なくなり、イーラは水の外に出ようともがく。しかし、手を伸ばしても足を動かしても水の外に出ることは叶わない。

 イーラは霞む視界の中、体内に残った空気を全て吐き出した。意識を手放そうとすると誰かの手がイーラを掴んだ。



「お前さんにはまだ仕事が残っているだろう? 愛しいマシェリーの子」



 風船が弾けるように、イーラは外の世界に投げ出された。

 空気を胸いっぱいに吸い込むと、エミリアの手を借りて立ち上がる。スイレンは濡れた水晶を撫でると、城主を睨んだ。


「ここで奇襲をかけるとは、貴方は本当に無粋なことをされる。オモト様が愛しい方との再会を果たしたというに、諸共殺す気であられたか?」

「お前が言うと嫌味甚だしいな。スイレン、お前も邪魔をする気か?」

「はて? 邪魔、とは何のことでありましょう。まさか、こちらに眠られるツユハと何か関わりが?」

 スイレンはとぼけたフリをして墓を目で示した。城主は更に怒りを顕にした。


 傷だらけの手をスイレンに向ける。しかし、何も起きなかった。スイレンは嫌味ったらしく微笑んだ。

「魔法とは、魔導師が媒介を通して術式を与えることで、ものを使役する方法である。その媒介は魔導師によって様々であるが、媒介は魔導師に適したものであればあるほど、その力を高め、最大まで引き出せる」


 スイレンは水晶を高く掲げた。海に水柱が立ち、轟々と唸りを上げながら、飛沫を飛ばす。スイレンは月と同じ黄色い瞳を輝かせながら笑った。


「城主殿、貴方に媒介無しの魔法は早すぎる。水魔導師(ウンディーネ)の本質を忘れられたか?」

 スイレンはそう言うと、聞き取れないほど早く呪文を唱えた。後ろで唸る水柱は空に向かってその手を伸ばすと、スイレンの合図で雨となりイーラたちを巻き込んで打ちつけた。


「知識を蓄え、勤勉に、実直に研鑽を重ねる。『叡智(えいち)』を冠する水魔導師(ウンディーネ)が、聞いて呆れますな」


 スイレンは水晶に十分な水を被せると、びしょ濡れの口で呟いた。


「叡智の水よ 水面の光 全てを映せ 真実の鏡よ 嘘を暴け」


 水晶に月光が差し込むと、出来たばかりの大きな水溜まりに映像が浮き上がった。

 そこには、微笑ましく肩を寄せる男とオモトの姿があった。イーラはその男がツユハだと直感した。

 スイレンは、歯ぎしりをする城主を見据えた。


「さぁさ、城主殿。ツユハがここに眠る理由を、教えてもらおうか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ