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35話 スイレンの怒り

 スイレンは占いの結果を反芻するように呟いた。


「エルフ紋と悲魔導師、水とデュール紋······。それがどうしてイルヴァが死霊魔術師(デュラハン)と一緒にいるって結果になるんだろうねぇ」


 スイレンはカードをピタピタと叩きながらまた独りブツブツと呟き続けた。ギルベルトはスイレンのその姿に苛立ちながら、カードを見ていた。


「どれが何を意味するかなんて知らねぇけどよ、お前の占い外したんじゃねぇの?」

「それは無い。一番上のカードにエルフ紋が出てるんだ。これがあの青年を表すのだからあっているはずサ」

「それの『はず』ってのが嘘くせぇんだって」

「しかしねぇ」


 スイレンは水晶を覗き、また占って見るが、結果は同じだった。

 ギルベルトは並べられたカードを薙ぎ払うと、「いい加減にしろ」と睨んだ。


「いつまで同じこと繰り返してんだ! そんなに気になるなら探しに行けよ! 自分から行動しないでいつまでも占ってんじゃねぇ!」

「お前さんなら分かるだろう。あの青年は約束を交わした。交わした以上、あちしは手を出さない」

「破ったら嘘になるってか? 善人ぶってんじゃねぇよ! お前が怖いのは自分が重罪人になることだろ!」

「あちしがそんな情けなく見えるかい! そういうお前さんこそ、イルヴァを探しに行く様子がないだろう! あちしを非難する義理はないはずサ!」


「このインドア根暗ジジイ!」

「悪人あがりの王族小僧!」



「あの、お静まりを。フィニアンが起きてしまいます」



 二人が掴みかかったところで、エミリアがストップをかけた。エミリアは口元を隠して欠伸をすると、胸ぐらを掴み合う腕をそっと外した。


「イルヴァーナさんを心配するその心は分かりますわ。ギルベルトは即決行動が手っ取り早いと仰るのでしょう? 対するスイレンは約束をしたから破られない限りは動けないのでしょう? お互いの言い分をしっかり聞いた上での話し合い、妥協点の模索は合理的ですが、感情任せにぶつけ合うだけは何も解決しませんわ」


 エミリアに諭され、二人は深くため息をついた。

 ギルベルトは「悪かった」とエミリアに小声で言った。エミリアは微笑んで会釈する。


「はぁ、『慈愛』の土魔導師(ノーム)言う通りだ。ここはここは折り合いをつけよう。小僧」

「仕方ねぇな。妥協点は見つけとこうぜ」

「既に約束が破られていますので、わたくしは即行動でも構わないと思いますけれど」

「エミリア、どうして約束が破られたなんて言うんだい。少ししか経っていないだろう」


 エミリアはスイレンに問われると、呆れた表情で外を指さした。

 まさか気づいていなかったなんて言うつもりは無いだろうな、と思いながら窓の外の紫色に注目させる。

 ギルベルトはすぐに気がついた。スイレンはぼうっと外を眺めた。そしてはっと、目を見開いた。



「もう夜明けですわ」



 エミリアに言われると、スイレンはバタバタと部屋を出ていった。

 ギルベルトはスイレンの背中に唾を吐いた。







「水よ 水面の光 全てを映せ」


 家の奥の小部屋。

 窓も無い真っ暗な部屋でスイレンは大きな水晶に語りかけていた。本を蹴散らし、ページを踏みつけて、慌てた様子だった。

 水晶は淡く光り出すと、スイレンに昨夜のイーラの姿を映し出す。

 ギルベルトは戸口に寄りかかり、スイレンの背中を横目に見ていた。

「だから言ったろ。さっさと動きゃよかったんだ」


 スイレンはイーラが小船で流される姿を目に焼きつけると、その水晶を持って早足で部屋を出ていった。



「嗚呼、本当だ。手加減しなければ良かったねぇ。あのクソガキ」



 ギルベルトから血の気が引いた。


 ***


 エミリアはフィニに膝枕をしながら、日の出を眺めていた。

 アマノハラの日の出は絶景だった。透き通った空の色がゆったりと変わっていく様がとても輝いて見えた。


 廊下からは急ぐような重い足音が響き、部屋を揺らした。その後から駆けるような軽い足音がして、突然ドアが開いた。

 ギルベルトが凄い剣幕で飛び込んできた。何度か玄関の方を見たが、エミリアに「いいか!」と焦ったように言った。



「家の周りを土で囲って守っとけ! そんで絶対に外に出んなよ! 絶対だからな!」



 それだけ言うと、ギルベルトはすぐに家を飛び出していった。

 エミリアはぽかんとしていたが、フィニをゆっくり下ろすと、杖を持って外に出た。


「土よ 命への慈愛を示し、迫る厄災から家を守り給え」


 エミリアが杖を突き立てると、ボコボコと土が盛り上がり、家を包んでいった。エミリアがふぅとひと息ついたとき、土の向こうから高波のようなものが見えた。


 ***


 スイレンは朝焼けの街を突き進む。肩で風を切る姿は軍神のようだ。

 スイレンが水晶をギリッと睨むと、そこにはのうのうと城主の屋敷を掃除するオリバーが映った。


『貴殿は客人なのだから、掃除は不要だと言っていよう』

『いえいえ、お世話になってる身ですから、このくらい当然です』


「何が当然だ、この大嘘つきめ」


 スイレンはそう吐き捨てた。ギルベルトがスイレンを追いかけて来た。

「おいジジイ! そんな焦んなって! 逃げやしねぇだろ」

「あのガキはな。イルヴァがどこに流れ着いたか、問いたださないと、イルヴァが危険なんだよ。この島にいるんじゃ分かりゃしない。穏便にやるつもりサ」

「どこが穏便なんだよ······」


 ギルベルトが何とか落ち着かせようと、スイレンの肩を掴んだ。その時ちょうど、スイレンが水晶に呪文を吐きかけた。

「水よ 我が庭を繋ぐ雫よ 城主の屋敷に道を繋げ」

「ちょっと待て今なんつ───!!」


 水路から水が溢れ、スイレンとギルベルトを包み込む。ギルベルトが言い切る前に水にすっぽりと覆われると、スイレンは叫ぶように行った。



飛龍(ひりゅう)! 水切りの(しん)!」



 スイレンの叫びに反応するように、龍は真っ直ぐ城主の屋敷へと飛んで行った。わずか数秒で屋敷の前に着くと、そこにはトウジロウとオリバーが仲良く掃除をしていた。


 水はどこかに消え、ギルベルトが飲んだ水に咳き込んだ。スイレンの存在にいち早く気づいたトウジロウは、あからさまに不機嫌になる。しかし、スイレンの眼中にトウジロウは無い。

 スイレンは真っ直ぐオリバーに向かっていくと、オリバーの胸ぐらを掴み、門に叩きつけた。


 突然の出来事に驚くオリバーを、最低限の呼吸しか出来ないくらい締め上げると、スイレンはやっている事とは反対に優しく問いかけた。


「ちょいと聞きたいんだがねぇ、イルヴァがどこにいるか知ってるかい?」


 オリバーはスイレンの腕を苦しげに掴み、何とか「知らない」と答えた。スイレンは苛立った眼差しで、オリバーを動けぬようにはりつけにした。

「しらばっくれんじゃないよ。あちしは優しいからねぇ、事実を知っていてもちゃんと本人の口から聞くまでは手を出さないのサ」



「もう一度聞くぞ。イルヴァをどこにやった」



 スイレンが声のトーンを落として聞くが、オリバーは答えなかった。トウジロウはスイレンを引き剥がすと、思いっ切り怒鳴りつけた。


「いい加減にしろ! 朝から万能魔導師(エルフ)に対して失礼な! お前の勝手な妄想で攻撃するんじゃない!」


 スイレンは流すようにトウジロウを睨んだ。トウジロウはスイレンに睨まれると、石にでもなったかのように硬直する。スイレンは落ち着いた声でトウジロウに口を開いた。


「トウジロウ、付き合いの長いお前さんなら分かるだろう。あちしが一度でも、根拠の無いことで他人を責めたことがあったかい?」

「······っ!!」

「お前さんは黙ってな。これはあちしとそこのクソガキの問題サ。さぁてクソガキ、お前さんはイルヴァをどうしたんだい? 今なら加減してやれるんだがねぇ」


 オリバーは地面に手をつき、激しく咳き込んだ。意味が分からないと言いたげに、スイレンを見上げるが、スイレンの苛立った眼差しに耐えられず、オリバーは昨夜のことを話した。


「彼女には、オモト様に近づかないように言っただけです。彼女も納得してすぐに帰りました。本当です」

「オリバー殿、どうして嘘をつかれるのか」


 スイレンより早く、トウジロウがオリバーの嘘を咎めた。驚いているオリバーにスイレンは水晶を差し出すと、土から染み出た水がオリバーの()()のエルフ紋をかき消した。オリバーからは血の気が引いていく。

 スイレンは水晶に囁いた。



「水よ 清らかなる鏡よ 本質を見抜く清廉なる力でかの者の正体を暴き給え」



 染み出した水がオリバーを包んでいく。オリバーは水から逃れようと必死に抵抗するが、水は服を這い、肌を這い、オリバーにしっとりと絡みついていく。

 トウジロウが止めようとした。それをギルベルトが後ろから止めた。

「何をする!」

「変に手ェ出すな! お前も巻き添えにされるぞ!」

「昔からの付き合いだ! あいつの手の内は全て知っている!」


 トウジロウはギルベルトを引き離すと、スイレンを止めようとした。しかし、目の前の光景にがく然とする。



 オリバーはボロ布を着た醜い男だったのだ。スイレンは立ち上がると、着物の裾の汚れを払い、トウジロウを睨むように見つめて微笑んだ。



「ほぅら、嘘だったろう?」



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