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33話 海を照らす光

 潮の匂いを嗅いだ。揺蕩う波の音を聞いた。

 イーラは揺りかごのような心地良い揺れの中で、酷くうなされていた。




 助けられなかった命の叫びが、絶望に堕ちた生者の瞳が、イーラの心に、瞳に強くこびりついていた。

 手を伸ばせば届く距離で、助けられたはずの状況で、どうして自分はただ傍観していたのか。

 どうしてあの時、すぐに声をあげられなかったのか。どうしてあの時、持っていた薬で助けられなかったのか。どうしてあの時、自分の仲間ばかりを優先してしまったのか──


「どうして──」


 ゴンッ!


 強い衝撃があった。イーラが驚いて飛び起きると、とても暗い所にいた。イーラは胸を押さえ付けて状況を確認する。

 自分は小船に乗っている。そして辺りはゴツゴツとした岩がある。きっとここは洞窟だろう。

 どうしてここにいるんだっけ? 確かオリバーとかいう青年に呼び出されて、それで──



「あのクズ野郎!」



 イーラに元気が出た。洞窟にイーラの怒号が反響し、奥のコウモリを引っ張り出した。

 イーラはとっさに頭を下げて回避すると、オールを探した。しかし、どこを見てもオールはない。

「まぁ、当然でしょうね」

 どこかに流してしまうのにオールは必要ない。帰ってこなければそれでいいんだから。


 イーラは腕をさすった。そして袖をまくって船をぶつかった岩から離そうとした。ふと、洞窟の奥から淡く暖かい光が浮き上がった。

 ゆらゆらと揺れる光は忍び寄るようにイーラに近づいてくる。怒りが収まっていないイーラはその光に向かって怒鳴りつけた。




「そこにいるのは誰!」




 光は怯えたように跳ねると、またゆらゆらと揺れて近づいてきた。イーラはさらに怒りを覚えた。イーラは船から降りると、その光に向かってズンズンと勇ましく近づいた。



「誰だって聞いてんでしょ!」

「ヒィッ!」



 可愛らしい声がイーラの気迫に驚いた。尻もちをついた音がすると、イーラの足元にランタンが転がってきた。

 イーラはランタンを広い、手前を照らすと、黒いローブに白い髪の、イーラと同じくらいの女の子が涙目で腰を抜かしていた。


 女の子はイーラと目が合うと、声にならない悲鳴を上げて後ずさりした。

「ちょっと、もしかして──」

「お願いします! 連れてかないで! 私()()は何もしてないです! お願いします! お願いします!」


 女の子は突然イーラに土下座して懇願し始めた。体を震わせて泣きじゃくりながら女の子はイーラに頭をさげ続けた。

 イーラは突然の出来事に困惑するばかりで、どうしていいか分からなかった。女の子が必死になってイーラに懇願する後ろで、たくさんの靴の音が聞こえだした。それと同じく、ランタンの光が列を成して近づいてくる。


「ティファニー、どうしたんだ!」


 その中で父親らしき男が女の子に駆け寄った。男はイーラを見上げると、驚いて叫び声を上げた。



「議会の奴だ! 外の人間だ! 俺たちを捕まえに来たんだ!」



 その言葉を受けて、ざわめきが起きる。ざわざわと動揺したかと思うと、次にはイーラに攻撃を行う。


「出ていけ! ここは我らの住処だ!」

「お前らのせいで居場所を終われたのに、まだ足りないのか!」

「消えろ!」

「いなくなってしまえ!」


 イーラはランタンを掲げた。光に照らされた彼らは皆、同じ黒いローブを羽織り、白い髪をしていた。

 イーラは窮地に立ちながらも納得した。ここは死霊魔術師デュラハンの住処なのだと。

 イーラは弁解しようとしたが、彼らは石をイーラに投げつけてくる。イーラは腕をあげて身を守るが、この洞窟の石はやや鋭利なのか、当たる度に突き刺すような痛みが走る。


「待って! 私は議会の人間じゃない! そもそも、議会って何なのよ!」

「しらばっくれるな!」




「待っとくれ!」




 奥から一人の老女が顔を出した。息を切らせて仲間の脇を抜け、イーラの前に膝をついた。老女が肩で息をする息をするのが少し心配で、イーラは老女のそばに片膝をついた。


おさに近寄るな!」

「いいんだ。この子はいいんだ。はぁ、はぁ······すまない。本当にすまないね。マシェリーや」


 老女はイーラの頬に手を滑らせた。イーラはカサカサの手を取ると、自分からそっと話した。


「······母さんは死んだの。私はマシェリーの娘、イルヴァーナよ」

「そうかい。そうだったのかい。マシェリーの子」

「おばあさん、ここはどこ? 死霊魔術師(デュラハン)が沢山いるわ」

「ここは『命の灯台』さ。議会に追われた我らの、隠れ家なんだ」

「そう」

 イーラは老女を立たせると、海の方を見た。さざ波が静かに音を立てる。イーラは小船に乗り込もうとした。


「待ちな。イルヴァーナとやら。どこに行く気だい」

水魔導師(ウンディーネ)の都よ。やることがあるの。それに早く戻らなきゃ、みんなが心配するわ」

「やめな。夜の海は視界が悪い。たとえ星が出ていても、水魔導師(ウンディーネ)の都には一人でたどり着けないよ」

「でも、私には──」

「朝になってから行きな。ここに泊めてやるから」


 老女はイーラの乗った小船を腰に巻いていた布で近くの岩と固定する。仲間の魔術師たちから不満な声が上がるが、老女は全く気にせず、イーラを自分の部屋へと呼んだ。



 岩を削って作った洞窟はアリの巣のようで、奥に行くほど道がわからなくなった。イーラは老女に連れられるまま奥に行くと、死霊魔術師(デュラハン)の紋章が描かれたタスペトリーの部屋に着いた。

 そして老女はイーラに寝床を譲ると、自分はローブを床に敷いてそこに寝転がった。

「あの、おばあさん」

「あたしゃペウロさ。イルヴァーナ」

「ペウロさん、もしかしてどこかで母さんにあったの?」


 ペウロは身を起こすと、イーラの顔をまじまじと見た。そして、イーラの顔を掴み、霧がかった瞳をぐいっと近づけた。


「······マシェリーにそっくりだ。目の色は、あいつの方が薄かったけれども」

「あの、ペウロさん?」

「マシェリーには、昔世話になっただけさ。あたし達に新しい土地をくれて、見つからないように魔法をかけてくれた。いい人だったよ」


 きっと、マシェリーが死んだ後は魔法が解け、居場所を追われ、散々な目にあったのだろう。老女の腕に刻まれた傷がそれを物語っていた。

 イーラはその傷を哀れんだ。ペウロのイーラの目をじっと見ていた。

 突然、若い男がペウロの部屋に入ってきた。滴るほどに汗をかき、涙目になって縋るように叫んだ。




「族長! アインが!」




 ***


 一方、水魔導師(ウンディーネ)の都では、スイレンが忙しなく家の中を歩き回っていた。

 イーラがオリバーに呼ばれて家を出てからまだ三分しか経っていない。しかし、スイレンはソワソワと落ち着きがなく、ブツブツと独り言を呟いていた。


「だぁーもう! うっせぇな! ちったぁ落ち着け!」

「イルヴァを呼んだのはあの嘘つきだぞ。イルヴァに何かあったらどうするんだい」

「何もねぇだろ! イーラに限ってそんなこと」

「イルヴァがやらかすんじゃない! あの青年だ! 嗚呼イルヴァに何かあったら······」

「何もねぇっての! 良いじゃねぇか『ちょっと話が』つったんだろ!」


 スイレンの心配のしようにギルベルトが本を投げつけた。しかしスイレンは歩き回るの止めず、ずっとイーラの心配ばかりする。

 エミリアも窓から月を眺め、不安げなため息をついた。フィニはぐっすりと眠っていて、唯一安心しきっていた。

 ギルベルトは二人の落ち着きのなさに耐えかね、歩き回るスイレンに足払いをかけた。


「あーもー! そんなに不安なら少し占いでもしてろ! 当たるんだろ!?」

「ハッ!そうか、その手があった!」


 スイレンは袖から水晶を出すと、水晶に水をかけて占いを始めた。じぃっと水晶の中を覗いたかと思うと、袖に手を入れてカードを出した。


 まずエルフ紋のカード置いた。一枚分空けて、その下に人のマークのカードを置いた。空けた部分の右に水のカードを置き、左側には死霊魔術師(デュラハン)の紋章のカードを置いた。


「······うん?」


 スイレンは首を傾げた。空いた真ん中にカードを置かず、持っていた水晶を置いた。そしてスイレンは不思議そうに呟いた。



「······凶相。イーラは死霊魔術師(デュラハン)と共にいるだろう?」



 ギルベルトは「はぁ?」と気の抜けた声を出した。

 エミリアも口元に手を添えて悩んだ。

「その死霊魔術師(デュラハン)がフィニのことを指すのなら、もう既に帰ってきてもいいと思いますわ」

「でもいねぇじゃん。つーことは、別にいるってことか?」

「考えにくいねぇ。死霊魔術師(デュラハン)はその住処さえ分からないんだから。アマノハラにいるとしたら、とっくに気づかれているサ」


 ならば一体どこにいるのか。四人が考えているうちに、夜も更けていった。

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