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27話 船上の混乱

 シュヴァルツペントを無事出航し、イーラ達は広い海を渡る。文句無しの快晴に風向きも良好、イーラはこの天気が続けばいいと何度も思った。



「だからぁ! ロープの巻き方はこうだっての! 何回言っても覚えねぇのな!」

「うるっさいわね! 私なりにちゃんとやってんのよ! その結び方自体がややこしいのが悪いわ!」



 それと同時に、ギルベルトが口を閉じないだろうかとも思っていた。


 火魔導師(サラマンダー)の国を出てまだ一時間弱しか経っていない。だが、イーラ達が船のノウハウもなく船旅をしていたことがギルベルトには恐ろしく、経験者たるギルベルトが三人に一から十まで叩き込むことになっていた。


「海図の見方は、方位磁石を合わせてだな······」

「エミリア風向きを確認しろ! ズレてるのが分かるだろ。取舵とりかじ!」

「これだとすぐにほどけるから! ここの穴に先を通して──」


 三人もの素人を相手に、ギルベルトはため息をつきながら甲板を走り回る。真面目にギルベルトの講義を受け、覚えようと必死な二人に対し、イーラは帆を張るロープを結びながら舌打ちをした。

 ギルベルトがイーラの舌打ちに気がつくと、わざわざイーラの横に立って嫌味を零した。


「はーぁ、エミリアもフィニもちゃんと覚えようとしてんのに、なんでお前は文句ありげに作業をこなしてんだろうなぁ」

 イーラは我慢せずにギルベルトを鼻で笑い、甲板の掃除に取り掛かった。


「はっ、先生の態度が悪いからじゃないの?」

「そもそも船の乗り方も知らないのが悪いだろ。海図が読めないわ帆の張り方も下手だわ、漁の手伝いくらいしなかったのか? 揃いも揃ってど素人!」

「仕方ないじゃない! 皆がみんな貿易や漁に携わるわけじゃないんだもの。普通は自分の地元から出ないでしょ」

「もったいねぇな。一回くらい新しいことしてみろよ。脳が止まるぞ」

「読書と薬学だけで十分だわ」


 ギルベルトは呆れながらイーラと距離を置く。エミリアと操舵を替わると、水平線の向こうに目を向けた。

 エミリアはイーラと甲板の掃除を始め、そっとイーラの気を宥めた。

「あまり怒らないでください。ギルベルトは覚えることが多かっただけ。未経験者を知らないだけですわ」

「知ってるわよ。そこまで怒ってないわ。覚えて損することでもないし、その気が無いわけでもないし」


 ただ『出来て当たり前』という雰囲気が気に入らない。それだけだ。

 エミリアは苦笑しつつ、手を動かした。イーラも頬を膨らませながらデッキブラシで甲板を擦る。

 海図とにらめっこしていたフィニが大きく背伸びをし、海面を覗き込んだ。

「落ちるぞ。顔引っ込めな」

 ギルベルトが注意すると、フィニはヘヘッと笑った。

「ギルベルトさん、石炭くべなくてもいいんですか? 船、動かなくなるんじゃ······」

「大丈夫だって。船ってのは風があれば進むもんだぜ。しっかしすげぇな。速いしデカいし、こんな良い船中々ねぇよ。こりゃ水魔導師(ウンディーネ)の都に着くの早まるかもな」

「そういや、どれくらいで着くのか聞いてなかったわね。ギルベルトさん、水魔導師(ウンディーネ)の都ってどのくらいで着くの?」

 イーラの問いにギルベルトはケラケラと笑った。



「ラッキーな時で、早けりゃ一週間だな」



「一週間!?」

 イーラが驚くと、ギルベルトはもう一度『ラッキーな時で』と繰り返した。

 水魔導師ウンディーネの都は、火魔導師サラマンダーの国からかけ離れた場所にあるらしく、大陸を一つ挟んで更に向こうだと言う。

 海域が変わると天候も違い、都の周りはしょっちゅう竜巻が発生するそうだ。それに飲み込まれて沈没した船は数知れない。

 ギルベルトは笑いながら舵をきった。

「普通に海域超えるのに五日。竜巻の発生しやすい領域に入って二日。何事もなければ一週間で着くけど、竜巻に巻き込まれたり魔物に遭遇したりすれば、それなりにかかるだろうな」

「それって、最悪何日かかるのよ」

「竜巻に巻き込まれて別の海域にまで弾かれた船があったな。死ななかったのは運がいい。その船がたしか一年かかったっつってたな」

「いっ、一年······」


 イーラの気が遠くなる。エミリアも途方もない時間に絶句した。ギルベルトは視線を逸らして頬を掻く。

「いやまぁ、俺が経験した中でも最長は一ヶ月だし、そう不安になるこたぁねぇよ。せいぜい二週間が妥当だと思っててくれ」

 ギルベルトは脅し過ぎた、と反省して前を向くと、突然表情が強ばった。


「フィニ、動力室にいろ。いいって言うまで出てくんなよ」

「えっ? は、はい」

 フィニは言われるままに動力室に向かった。エミリアがギルベルトに視線を送ると、ギルベルトは望遠鏡で海の向こうを覗く。

 イーラはギルベルトの見る方向に目を凝らした。向こう側から薄らと山のようなものが見えた。

 距離を縮めるとそれが船であることが分かる。さらに近づくと、樹木と狼がデザインされた帆が風にたなびいていた。



「人狼遊撃隊ですわ!」



 思いもよらない事態にエミリアは狼狽える。イーラも険しい顔で向こうの船を睨んでいた。

 しかしギルベルトは船を真っ直ぐ進め、人狼部隊の目の前に停めた。相手方もそれに倣い、船は一定の距離を保って向かい合った。

 向こうからあの人狼が歩いてきた。彼はイーラ達の前に立つと、蔑む目で睨みつけた。

 イーラも負けじと船先に立つと、背の高い彼を見下ろすように睨んだ。


死霊魔術師(デュラハン)を連れた少女、その他一行に告ぐ。大人しく投降しろ」

「久しぶりね。かなり前のことで忘れたかも知れないけど、私達が大人しく捕まると思ってんの?」

「前回は邪魔が入ったが、もう逃がしはしない」

「やる気に満ち溢れてるとこ悪いけど、そこどいてちょうだい」


 緊迫した空気が流れ、イーラと人狼は静かに睨み合う。イーラはふと、人狼の首に目がいった。

 掻きむしった跡と薄く残った筋状のアザに、胸が締め付けられた。人狼も、イーラの視線がやや下を向いていることに気づき、首元を隠した。



「よぉ、ジャック」



 ギルベルトがイーラより前に出た。ジャックと呼ばれた人狼はギルベルトに目を見開いた。周りの人狼もざわつく。ギルベルトは飄々(ひょうひょう)としてジャックと向かい合った。

「······まさかギルベルト様が、彼らの元にいるとは。脅迫でもされましたか」

「いんや、自分の意思だ。手を引いてくれ。こっちは聖堂に用があんだよ」

 ジャックは少し悩んだが、真面目な眼差しでギルベルトを見据えた。


「いけません。死霊魔術師(デュラハン)が居る以上、ギルベルト様も捕縛致します」


 ギルベルトは口をへの字にした。心底面倒だと言わんばかりに舵を取ると、床を二回踏み鳴らし、船を急発進させた。

「議会の忠犬に用はねぇからな。悪ぃけど逃げさせてもらうわ」

 タービンが回る音がすると、船はジャックの船のスレスレを横切ろうとする。ジャックは兵に素早く指示を飛ばすと、腰のサーベルを抜いた。

「反抗の意思あり。指示の無視と逃亡行動の確認。ギルベルトの王位剥奪! 死霊魔術師(デュラハン)及び一行の緊急逮捕を優先! 船をつけろ! 捕縛班はあの船に飛び移れ!」


 ジャックは真横を通るイーラの船に飛び移り、イーラに思い切り振りかぶった。イーラは反応出来ず、ただそれを見つめることしか出来なかった。

 エミリアが体を滑り込ませ、すんでのところでイーラを守る。ジャックはエミリアの首に鼻を近づけた。


「······神殺しの巫女、お前──」

「女の匂いを嗅ぐのはやめた方が良いですわ。いくら人狼でも!」


 エミリアが杖を傾け、サーベルを流すとそのまま杖先でジャックの腹を突いた。しかし、ジャックは杖先を受け止めると、自分に引き寄せてエミリアの腹をサーベルの柄で殴った。

 エミリアは空気の塊を吐き出し、そのまま気を失った。飛び移ってきた兵士がエミリアを縄で縛り、自分の船に連れていこうとする。

 イーラは兵士に体当たりをしてエミリアを取り戻すと、船室の廊下に放り込んで閉めた。


「そこを退け、薬師の少女」

「退けと言われて退いてあげるほど優しくないわ」

 イーラとジャックの距離がジリジリと詰められていく。相手は三人、鍛えられた兵士にただの小娘が勝てるわけがない。それでもイーラは逃げず、諦めずに思考を巡らせた。

 兵士の一人がイーラに手を伸ばした。イーラは腕を広げてドアを庇う。ぎゅっと目を瞑った。

(───母さん)



「ぐはぁっ!」



 兵士が甲板に倒れた。鎧は焦げ、首元から火が出ていた。仲間が助けにいくと、火の玉がその仲間も撃ち倒した。ジャックが見上げると、逆光でニヤリと笑うギルベルトが、拳銃をぶら下げて見下ろしていた。

「退散しろよ。数でかかってきても魔導師には勝てねぇさ」

「っ! ギルベルトは魔導師ではないはず! 魔法が使えるわけが──」

「後天性の魔力開花だよ。失せな。火魔導師(サラマンダー)の魔法の威力は知ってんだろ」

 ジャックは歯ぎしりをした。ギルベルトは飛び移ってくる兵士を一人残らず撃ち倒し、向こうの船から一歩も出さなかった。

 ジャックはポケットから小瓶を出すと、サーベルにかけた。イーラは無色の液体から微かに漂う薄桃色の煙にハッとした。

 ジャックが階段を駆け上がり、ギルベルトの居る舵取り場まで上がった。ギルベルトの首に向かってサーベルを振る。ギルベルトはサーベルに銃口を向けた。



「待ってギルベルトさん! 撃ったらダメ──」


 ズガァァァン!



 イーラの注意も虚しく、ギルベルトは引き金を引き、ジャックの前に倒れた。イーラは唇を噛んだ。ジャックはイーラを見下ろし、サーベルを肩に乗せる。

「眠り薬は卑怯だわ······っ!」

「卑怯で構わん。お前もすぐに眠る」


 ジャックはマッチを擦ると、サーベルに近づける。火がサーベルの液体に着く間際、イーラは強い力に押し飛ばされた。



「ごっ、ごめんイーラ! すごく大事なことを言わなくちゃいけなくて」



 フィニが慌てた様子で甲板に飛び出した。それを見るなり船に兵士が次から次へと飛び移ってくる。

 イーラはフィニをドアの向こうに押し込める。しかし、フィニもドアにしがみついて動かなかった。

「状況を読みなさいよ! アンタが出てったら格好の餌食でしょ!」

「それより大事なんだよ! さっき僕、海を見てたでしょ?」



 フィニは海でシーサーペントの群れを見たという。この時期は子供が生まれ、育てる頃だからきっと親子だろうと思っていた。

 イーラはその時点で嫌な予感がした。フィニはイーラの顔色の悪さに、申し訳なさそうに頷いた。


 イーラは兵士に腕を掴まれ、甲板に引きずられた。フィニも兵士に引っ張りだされ、床に押し潰される。

 ジャックは抵抗する二人に見向きもせず、エミリアとギルベルトを引きずって部下に渡す。

 イーラが離れろ! と叫んだ時だった。


 水面に何かが落ちたような音がした。すぐにボコボコと泡立つ音がして、六匹のシーサーペントが水面に現れた。

 イーラの顔が引き攣る。他の兵士もぽっかり口を開けたままだ。フィニは震え声で言った。




「ちょうど今、狩りを教える時期なんだよね」




 イーラは柱のようなシーサーペントを見上げる。

 蛇のような見た目で、十数メートルほどの巨体。黄色い瞳がちっぽけなイーラたちをじっと見ていた。

 一際大きな奴がいた。きっとそれが母親だろう。母親はイーラのそばにいた兵士に噛みつくと、そのまま一飲みにしてしまった。

 子供はそれを見習い、次々と兵士達を飲み込んでいった。


 船は阿鼻叫喚となり、兵士は逃げ惑うばかりで戦意を喪失していた。何人かは抵抗してシーサーペントの腹に槍を突き刺したり、切り裂いたりしたが、母親の怒りを買い、血飛沫を上げて喰いちぎられて海に破片を落とした。

 あまりの衝撃の強さにイーラは吐き気をもよおした。体を押さえていた兵士も喰われ、イーラは自由になると、真っ先に海に向かって吐いた。

 そしてフィニを解放すると、フィニを動力室に向かわせた。


 エミリアをギルベルトを引きずって室内に戻すと、ふいにジャックに目がいった。

 ジャックは呆然として、部下が飲み込まれていく姿を眺めていた。ある一匹がジャックに口を開けた。

 ジャックは抗うことも出来ず、死を迎え入れようとしていた。


 ──このまま食べられてしまえば、自分たちは追われなくなるのでは?

 ふと、そんな考えが頭を過ぎった。

 無視すればいい。知らん顔して喰われた直後に船を動かせばいい。それだけで、追ってくる者はいなくなる。


 歪んだ思考が甘い香りをさせてイーラに忍び寄る。

 シーサーペントの口がジャックの頭に被さった。鋭い歯にジャックの、顔が映った。




 見覚えのある、酷く、悲しげな顔だった。




「鼻つまんでなさい!」




 イーラは叫ぶと、ジャックは我に返り、姿勢を低くしてシーサーペントの歯牙から逃れた。ジャックが船室側に退いたのを確認すると、イーラは煙玉を奴らの母親に向けて投げつけた。

 母親は煙玉を飲み込むと、満足そうに目を細め、イーラ達に顔を近づけた。潮の匂いのする息がイーラの顔にかかる。


 ──ドタン!


 突然母親は倒れ、そのまま海の底に沈んでいった。

 後を追うように子供のシーサーペントも海底に潜っていく。

 静まり返った甲板で、ジャックはその場にへたり込んだ。


「い、一体······うぐぅ!?」


 ジャックは何かの匂いを嗅ぎ取ると、鼻を押さえ、涙目になった。イーラを睨むように見上げると、そのまま気を失った。


「残して正解ね」

 イーラは手に残った『腐った肉詰め(ゼンジェルマ)』の匂いでまた吐き気をもよおした。


 ***


「っあー、クソ。あの犬っころめ、次は容赦しねぇぞ」


 ギルベルトは随分と後方にある船を睨んで唾を吐いた。甲板に散乱した血や武器を片付けて文句を言った。イーラは舵を取りながらそれに適当に相槌を打った。


「ったく、揮発性の眠り薬は反則だろ! それに人の船に血を残すわ傷を残すわ!」

「仕方ないじゃない。シーサーペントの親子に襲われたのよ。あればっかりは······どうしようも······」

「ああ、助けられなくて当然だ。でもジャックをよく気絶させられたな」

「アンタんとこの保存食の残り香よ」

「ああ······」

 ギルベルトは納得すると、ヨダレをすすった。

 イーラは浮かない気持ちで舵を取る。もしあの時、自分が彼を助けなければ、どうなっていたのか。もしあの時、ギルベルトやエミリアが起きていたら、あの惨状は防げたのか。

 イーラは恐ろしくなった。人が目の前で消えていく事も、溢れる血の量も、イーラには未知の経験だった。



 何よりも、イーラはジャックに『死んで欲しい』と願ったことが恐ろしくてたまらなかった。



 何となく、イーラは母の手帳を手に取った。

「母さんだったら、あんな目に遭わずに······遭わせずに済んだのかしら。もしも、母さんだったなら」

 イーラの腕から力が抜ける。久しぶりにイーラは悔しさで胸が押しつぶされそうになった。

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