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25話 王族のケジメ

 世界樹は光を浴び、風に葉を揺らし、世界を慈しむようにその枝を広げる。その木の根元、世界樹に埋まるように立てられた聖堂は何者も寄せつけない、厳格な佇まいで今日も世界を見下ろしていた。


 その聖堂の奥、窓もない薄暗い広間に大きな円卓が一つあった。

 その卓を囲む十三の席がある。そこにはそれぞれ性別も種族も違う人々が座り、ボソボソと議論を交わしていた。



「人狼遊撃隊隊長─ジャック。参上しました」



 議論に割って入る者がいた。

 イーラを追い回した人狼部隊の隊長だ。ジャックと名乗った彼は帽子を取ると、片膝を立ててこうべを垂れる。すると、入口から最も遠い席に座る男が、ジャックに問いかけた。

「例の件は、どうなった?」

「はっ、仰せの通りに例の少女の連行を試みましたが、恐れながら風魔導師(シルフ)と思われる少女に阻まれ、失敗致しました」

 男は「そうか」と言うと、ジャックに指を向け、すいっと一振りした。


「あぐぁ······っ!?」


 ジャックは首を押さえて倒れ、苦しそうに息を吸う。だが、ちゃんと吸えないのか、何度か浅く吸っては咳き込んでを繰り返した。

 男は静かにジャックに怒りを表す。

「しくじったからと言って、おめおめと逃げ帰るとは情けない。あの娘は魔導師をもう二人も仲間にした。この聖堂に行き着くまであと二人だ。早く止めねば世界は闇に包まれるぞ」

「かはっ······も、申し訳、ございませ·········」


 ジャックは見えない力に抵抗するが、いくら首を掻きむしろうと、身動ぎしようと、それは緩むことは無かった。

 男はジャックのもがく姿に何の関心も示さず、冷たく命令した。

「謝罪はいい。早くあの娘を捕らえろ」


 男が指を鳴らすと、ジャックは肺いっぱいに空気を吸った。

 そしてまた見えない力で無理やり立たされると、ジャックは帽子を拾った。男が円卓に手をかざすと、円卓の中央が霧がかり、真っ赤な火山が浮かび上がる。


「あの娘は今シュヴァルツペントだ。君はいい子だから、次は出来るな?」


 ジャックは帽子を被り直し、深く礼をした。その瞳には強い決意が秘められていた。


「──仰せのままに」


 ***


 薄いカーテンを閉めた城の一室で、イーラはベッドに横たわるフィニの横顔を眺めていた。

 日光の明るさもさる事ながら、マグマの発する炎の明かりも相まって部屋の中はカーテンを閉めても照明を付けているような明るさだ。


 フィニの肌は光に白く反射する。

 髪の色も白いが、フィニは不安になるくらい肌が白かった。

 イーラは異世界物の本を片手にフィニの様子を何度も確認する。いつ目を覚ますのか、もう覚まさないのか、そればかりが気になって本の内容も頭に入ってこない。

 身体に異常はない。つまり、イーラの分野での問題は無い。だからこそ、その安否の確認が取れずにモヤモヤと悩んでいた。


 イーラが本を半分読み終える頃、ギルベルトが双子の王を連れて戻ってきた。エミリアは立ち上がり、杖を立てて王に敬意を示す。

 双子はエミリアの敬意に、胸に手を当てて頭を下げて礼を示した。そしてフィニの寝顔を覗き込んだ。


「······フィニは、大丈夫なの?」

「心配ない。体に異常はない」

「短時間に魔力を大量消費した反動だよ」

「魔力が回復すれば目を覚ます」

 イーラはそれを聞いてホッと胸を撫で下ろした。ギルベルトがその安堵した雰囲気を切り込むように、ルッツが持っていた魔法道具をテーブルに置いた。


「やっぱり水魔導師(ウンディーネ)が作ったもんだ。エンジン部と発射口に特殊な術式が組み込まれてた」

「そうですか。それで、手紙の方はなんと?」

「それも今回のジギスムントの件がドンピシャで書かれてたよ。ちくしょう! ここまでされたらやったのが誰がもう分かるわ!」

「知り合いなの?」

 イーラが聞くと、ギルベルトは頭を乱暴に掻きむしった。

 それが答えたくないように見えたイーラは興味がそれた振りをして、別の話題に変えた。


「ルッツは? あの子はどこに行ったのよ」

「ルッツは別室にいるよ」

「ギルが()()()()()って、言ったから」


 その言葉に疑問を覚えていると、ドーアがフィニの頬をつつく。フィニの頬をつまんだり押したりと、弄りながら考え事に耽った。



「この子、死霊魔術師(デュラハン)だよね」

 そうイーラに聞いた。イーラは目を泳がせたが、数十分前のジギスムントの一件で、無言で頷いた。

 ドールはドーアに寄り添って、二人でまたボソボソと話し合いをする。


死霊魔術師(デュラハン)は禁忌だ。早く議会に渡すべき」

「でも今回の一件はこの子の意思じゃない。それはドールも見たはず」

「でも死霊魔術師(デュラハン)を媒介に無理やり世界樹の眠りから目を覚ますなんてことは前例が······」

「でも、相手がジグだった。兄弟の中でも特に魔力は強かった。魔術の勉強をしてたなら、出来たと思う」

「······ドーア、まさか」

「ごめんねドール。そのまさか」


 ドーアはギルベルトを呼んだ。ギルベルトが双子の近くに寄ると、ドーアはドールの手を繋ぐ。

 そして、イーラに向き直ると、頭を下げた。



「もし、あの子が──死霊魔術師(デュラハン)の子が目を覚ましたら、もし、君が良いと言うのなら、あの子の力をボクに貸して欲しい」



 イーラは目を見開いた。ドーアは真剣だった。それには流石にギルベルトもドーアを止めた。

「止めとけ! 死霊魔術師(デュラハン)に魔術を求めるのは処罰対象だ。知ってるだろうけど、『眠りについた人を呼び覚ましてはならない』──世界樹の掟だ」

「知ってる。その処罰は王族だって例外じゃない。でも、ボクはやらなきゃいけないんだ」

「でもドーア、もし君が議会に連れていかれたら僕は······」

「大丈夫。死にはしないよ。ボクは魔導師だ。時間がかかるけど、必ず帰れる」


 ドーアの意志は固く、ドールやギルベルトが止めても、決して首を縦には振らなかった。イーラも、ドーアの真剣な眼差しに見つめられ、「いいわよ」と了承した。

「ただし、さっきみたいなことになったら何回言われてもやらないわ。あとフィニが嫌だと言ったら、諦めてちょうだい」

「約束する」



「僕はやってもいいよ」



 イーラは驚いてベッドを見た。

 先程まで寝ていたフィニが半身を起こし、双子を見つめていた。

「フィニ、あなた今起きたばかりなのよ。それに、さっきあんなに──」

「心配しないでイーラ。あれはほとんどがジギスムントさんの魔力なんだ。僕の魔力は召喚を維持する程度。でも、無理やり引っ張られてたから魔力の消費は激しかったけどね」


 フィニはベッドから降り、イーラの横に立つと、イーラの手を握った。

 イーラは血色のいいフィニの顔に安心するも、どうしても魔術を使うことが躊躇われる。

 フィニは今一度、ドーアの申し出を受けると杖を立てて敬意を表した。

「僕も、思うところはありました。死霊魔術に応じます」

 フィニは紙を用意してもらうと四つん這いになり、もそもそと魔法陣を描いていく。ドーアはドールの腕の中でその様子をじっと見守っていた。


「待ってくれ。一応、俺が依頼したことにしてくれ」

 双子が目を離した隙に、ギルベルトがこっそりフィニに頼んだ。フィニは一瞬キョトンとしたが、ギルベルトの「二人を引き離せない」の一言に承諾する。

 魔法陣が描きあがると、フィニは早速杖を立てて『口寄せ』を始めた。



「冥府を統べる我らが神よ 世界樹に眠りし御霊を我が元に呼び出し給え」



 陣が青白く光り、部屋を包んでいく。フィニは固く閉じていた目を開き、ハッとして呪詛を唱えた。



「憤怒に縛られし嘆きの御霊 光を望みし彼の人を!」



 呪詛に応えるように、魔法陣は一際明るく輝いた。

 そして人の姿を形成すると、ギルベルトは懐かしむような眼差しをそれに向けた。


 王子とは思えぬほどに見窄らしい格好で、長い蓬髪をくしゃくしゃと掻く。先程の荒々しいジギスムントではなく、とてもおっとりとした温和な彼がここにいた。

『······イージドール、イージドーア』

「やぁジグ」

「さっきぶりだねジグ」


 ジギスムントは双子の姿をまじまじと見つめた。王族伝統の織物で作られた王様だけの衣装に、ジギスムントは悔しそうに目を瞑る。

 そして、目を押さえて涙を流した。



『──ああ、俺は間違ってしまったようだ』



 ジギスムントはそう呟いた。

 ドーアは堪えきれずに、ドールを突き飛ばしてジギスムントに近寄った。

「どうして───!」

 ドーアの手は、足は震えていた。俯いたまま、怒りをジギスムントに吐き出した。



「どうしてボク達を殺そうとしたのっ!」



 ギルベルトは驚いて声も出なかった。イーラも、フィニもエミリアも口を挟めなかった。

 ジギスムントは沈黙を貫く。ドールは震えた声でドーアに聞いた。

「ドーア、ジグが僕らを殺そうとしたって、どういうこと?」

 ドーアの声もまた、震えていた。

「ボクは聞いちゃったんだドール。ジグが僕らの食事に毒を混ぜたって。テモラの葉をすり替えたんだ。ディモーレィの葉に」

「そんな!」


 ギルベルトがちらりとエミリアに視線を送る。エミリアは険しい表情を浮かべた。

「テモラの葉には、滋養強壮の効果があります。けれど、それとよく似たディモーレィの葉には、強い毒が含まれますの」


 エミリアの説明に、イーラが補足をつけた。

「ディモーレィの葉の毒ってのは、即効性の神経毒よ。それも、十秒で死に至るような強力なね。食べてしまったら、すぐ側に解毒薬がない限り死は免れないわ」


 ギルベルトは納得した。ドーアは「答えて!」とジギスムントに怒鳴るように言った。ようやく、彼は沈黙を破った。


『──俺は、王となり民を率いてより良い国を築こうとした。だが、そうなるためには、自分の地位を守らねばならない。だからこそ、俺の次に魔力が強いお前達が脅威になると判断した。排除しなければと思ったんだ』

「馬鹿だろ! ジギスムント!」


 ドーアは怒り、声を荒らげた。ドールが止めようとしたが、ドーアはその手を振り払ってジギスムントに感情をぶつける。

 涙を溜めて、触れられないジギスムントに大声で、一生懸命自分の本音を吐き出した。


「ただ二人で遊んで、勉強して、朝起きて夜眠る、それだけで十分だった! なのにジグは、自分のためにボク達に刃物を向けた! 巻き込まれて、殺されかけて!」


 ドーアはついに涙を流し、胸を押さえてその場にうずくまった。

「本当は誰も殺したくなかった」

 そう零したドーアはすごく小さかった。

 ジギスムントは泣きじゃくるドーアを悲しげに見つめた。


「······殺す必要なんてなかったんだよ。ジグ、僕達はジグが大好きだったから。国のために、民のために行動出来たジグに憧れていたから」

 ドーアに覆い被さるように抱きしめるドールが、涙を零してドーアを宥めた。

 ジギスムントは唇を噛んだ。哀れむような眼差しで双子を見下ろした。

『兄弟はもう、ギルベルトだけか。当時、唯一魔導師になれなかった、卑しい弟。お前が王座を奪ってやれば良かったものを』

「俺が王座に座ったら、民の支持こそ得られても、貿易国の支持はだだ下がりだろ。つうか、単に議会がうるさそうでな」

『それもそうか。面倒な弟だ。責任感ばかりは強いのに』


 ジギスムントは一瞬だけ暗い目をした。何か思うような目をして、双子に手を伸ばす。


『二人は良くやっている。王の責務も十分に果たした』

 その指先から炎の花が咲き、腕を包んでドールに触れようとした。ジギスムントは酷く歪んだ笑みで言う。



『これからは、俺の復讐に付き合ってくれ』



 逃げられなかった。逃げようがなかった。

 イーラが反射的に手を伸ばした。だが届くはずもない。エミリアも杖を振るって土を集めるが、魔法を放つには遠かった。

 フィニは目を逸らした。杖にしがみついて縮こまる。

 ギルベルトの舌打ちが大きく聞こえたような気がして。



「我が銃よ 魔力を燃やせ 彼の者に制裁を」



 ギルベルトが聞いたこともないような早口でそう呟いた。

 拳銃をジギスムントに向けると、怒りを露わにし、引き金に指をかけた。


「悪しき力を振りかざす者に 炎のつぶてを降らせんことを!」


 引き金を引く間際、イーラはジギスムントが微笑んだのを見た。フィニが当たらないように魔法陣から身を離す。

 ギルベルトは気がついてしまった。歯を食いしばり、涙を堪えて叫ぶ。



制裁の弾丸ピストーレ・サンツォーネン!」



 ギルベルトの放った弾丸が、ジギスムントの胸を貫く。何よりも赤い、純粋な炎が彼を包んだ。

 双子はジギスムントに目を奪われる。ギルベルトは泣きそうな顔でジギスムントを掴もうとした。しかし、ギルベルトが触れる前に炎がジギスムントをさらって消えた。

 イーラは胸が苦しくなった。



 消えたジギスムントは、嬉しそうだった。

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