24話 王座に座る者 3
とある国に王子がいた。
王子は第一子として生まれ、将来を期待されていた。
王子は魔導師だった。
火の特性を持つ魔導師が、王の資格があった。
しかし、火魔導師は少ない魔導師で、国の王族しか魔導師がいなかった。
そのため、魔導師を多く排出すべく、王子には兄弟が増え、同時に継承権を争う魔導師も増えていった。
王子は自分こそが優れていると証明するために、あらゆる政策を行っては国の発展に貢献した。
魔法の勉学にも精を出し、魔導師さえも脱出出来ないような牢獄を建て、王となる覚悟を示した。
自分こそが、この国の王に相応しい、と───
後ろめたい、暗く深い影を引き連れて。
とある国に双子の王子が生まれた。
双子は片時も離れることなく、すくすくと育った。
あくる年、双子は火魔導師の力が宿り、兄弟同士の継承権争いに巻き込まれてしまった。
王座に興味のない双子だが、他の王子たちにはそう見えず、陰湿な嫌がらせを仕掛けられる日々を過ごした。
双子はお互いを励ましあって耐え忍んでいたが、ある日一つ上の兄が毒殺された。
原因は双子の皿に盛られた毒だった。
双子は目の前で死んだ兄を見て、恐怖を抱いた。
何もしなければ、殺される───
双子は生き残るために、その手を赤く染める道を選んだ。
二人で生きるために、その瞳を、心を歪ませたのだ。
***
ドーアは尻もちをついた。
膝を震わせて、炎の魔人と化したジギスムントを瞳に映す。
ドールはドーアを支え、ジギスムントを精一杯睨んだ。
しかし、ジギスムントは双子を一瞥すると、ゆっくりと腕を伸ばした。
「アノ時ノ恨ミヲ、怒リヲ、一日タリトテ忘レタコトハ無イ。オ前タチヲ裁ケル日ガ来ルコトヲ、ドンナニ待チ侘ビタコトカ」
ギルベルトは振り返らず、青ざめた顔で双子に問う。
「なぁ、ジギスムントをどうやって殺したんだよ」
ドールはドーアを包むように抱き、震えた声で答えた。
「ジグが造った牢獄に閉じ込めた。食事も与えずに······」
ギルベルトはその答えに笑うしかなかった。イーラは血の気が引いた。
食事もなく、水もなく、自分を食いかねない飢えに襲われながら果てる命は死の間際まで何を思うか。
自分を殺した双子を恨み、憎み、呪って死んでなお、忘れぬ怒り。
双子を同じ目に、いや、より酷い目に遭わせたいという思いが、フィニを依り代に地表に出てしまった。
「王座のためにお兄さんを殺すなんて──」
イーラは双子に叫んだ。しかし、途中で遮られた。それを制したのはギルベルトだった。
双子を庇うような視線をイーラに送る。
ドーアはか細い声を発した。
「······こうするしかなかったんだ」と。ドールに縋るように腕を回すと、すすり泣くように話した。
「ボク達は王座なんて興味なかった。けど、皆は王座を手にする為に生きていた。ボクはドールがいればそれでいい。ボク達はただ生きたかっただけ。一緒に、生きることだけを望んでいた」
ドールはそれに付け足した。
ドーアの背をさすり、慈しむように目を伏せる。
「僕達は普通に生きることが許されない。生きたいなら奪うしかなかった。それが王族の歴史で、僕達に突きつけられた道」
「僕達は誰かを犠牲にして生きなければ安寧が訪れない」
「ただ日々を過ごす幸せを得られない」
ギルベルトは「悪ぃ」とイーラに合図を出した。
平穏を望み、程遠い道を課せられた双子の覚悟にイーラは何も言えなかった。
命は尊く、いかなる理由でも奪う権利はない。しかし、自分が殺されかけても、命を奪うなと言うのは酷だ。
我慢しなければならない理由もない。
イーラが考えているとエミリアが目を覚まし、ジギスムントに小さく悲鳴を上げた。
ジギスムントの腕が双子のすぐそこまで伸びていた。
イーラは気がつくと、砂やら瓦礫やらを魔法陣に投げ込んだ。だが砂も瓦礫も炎に焼かれ、地理も残さず消え失せた。
エミリアが杖を振り、土で魔法陣を覆うが、ジギスムントが腕を一振りすると、土の下から炎が上がり、魔法陣を書き直してしまう。
双子は固く目を閉じた。ジギスムントの腕がドールの髪に触れる。
その刹那──
バァァン!
一発の銃声が鳴った。
ギルベルトが拳銃を構え、ジギスムントの腕を撃ち落とした。
炎はドールの目の前で消え、ジギスムントは肘から先が無くなった腕を呆然と見つめた。
「···んだよ。死人にぶっ放しても意味ねぇじゃん」
ギルベルトは肩に拳銃を乗せると頬を膨らませてぶぅ垂れた。
ジギスムントがギルベルトを睨むと、ギルベルトはもう一度拳銃を構えた。
「何ノ真似ダ。卑シイ弟」
「兄貴のお守りだ。俺に許可なく手ぇ出すんじゃねぇよ」
「オ前コソ、手ヲ出スナ。ソイツラハ俺ヲ殺シタ、王トナルベキ俺ヲ殺シタ大罪人ダ」
ギルベルトは言い返さなかった。
ドールもドーアも、お互いから手を離さずに目を伏せる。殺されても仕方ないと思っているかもしれない。
ジギスムントがまた双子に手を伸ばす。ギルベルトは引き金に指をかけなかった。ドールとドーアは離れないよう、しっかりと抱きしめ合った。
「生まれた時から一緒だった」
「死ぬ時だって一緒だよ」
「大好きだよイージドーア」
「大好きだよイージドール」
ギルベルトが歯ぎしりをした。
誰かの大きな舌打ちが聞こえた。
「ウガァァアァアァァァアァア!!」
ジギスムントが悲鳴を上げ、自分の顔に爪を食い込ませて苦しみ出した。
段々とジギスムントを形作る炎の火力が落ち、ついに普通の人と同じサイズにまで縮んだ。
「───やめてくれる?」
イーラが脂汗を滲ませてジギスムントに吐き捨てた。
右袖は焼け崩れ、露出した腕が煤けていた。黒い腕から鮮血を垂れ流し、フィニのローブのフードをがっちりと掴んでいた。
汗を拭い、フィニをエミリアに預けた。エミリアはとても驚いていた。
「知ってたのですか。魔術師が、魔法陣から離れると魔術が解けることを」
「いいえ、知らないわ」
ただ、フィニが魔術を使う時はいつも魔法陣の中にいた。ジギスムントが炎でフィニを囲っている以上、フィニが危険だと思っただけだった。
魔術云々なんてことはイーラは全く知らなかった。フィニの安否を確認すると、イーラはジギスムントに向き直った。
「国のために偉業を成した。自分の未来のために積み重ねた努力があった。殺されたことは不憫に思うわ。アンタが復讐をする権利はあると思うの。私がそれを止める権利がないように」
「ナラバ何故オ前ハ邪魔ヲスル? 俺ハ命ヲ奪ワレタ! ダカラアイツラモ、同等ノ対価ヲ支払ウベキダ!」
「ええ、そうね。私は止めないわ。私に止める権利はない。命がどうこうと言ったって、所詮は綺麗事よ。──でもね」
イーラは大きく息を吸い込むと、ジギスムントを睨みつけ、怒鳴りつけた。
「フィニに無理やり魔術を使わせた事が気に食わないわ! 復讐がしたいなら一人でやってちょうだい! 勝手に巻き込まれた挙句怖い思いしてんのは誰だと思ってんのよ!」
イーラは自分の腕にエンユトウエキスをかけて傷を癒すと、洗浄用の水を魔法陣に投げ込んだ。
水はすぐに蒸発したものの、炎が弱まり、ジギスムントは悶えて膝をついた。イーラはすぐにエミリアとフィニを連れてギルベルト達の側に避難する。
ジギスムントは怒り狂って炎を更に燃え上がらせた。
ジギスムントが腕を振るうと、ギルベルトの脇腹を弾く。ギルベルトは壁まで吹っ飛び、そのまま脇腹を押さえてうずくまった。
ドールが弓を構え、矢を放つが、ジギスムントの腹に吸収されてダメージを与えられない。
「炎で描かれた陣を消せばいい。そこの人、あなたは土魔導師でしょ。陣を土で覆ってくれる?」
「え? はい、分かりましたわ」
エミリアは言われるがままに杖を振るい、瓦礫から砂をかき集めて魔法陣を包み込む。円筒状のドームを作ると、中からジギスムントの絶叫が聞こえた。土壁を殴る音もする。
「えっと、ドーアさん? あれはどういう······」
「空気には酸素が含まれていて、火はその酸素で燃えるんだよ。つまり、土の防壁で外と魔法陣を遮断してあげれば、酸素が尽きて火が消える仕組み。······ちょっと時間がかかるけど」
見えないものまで研究対象とは、この国は本当に魔法とは真逆の方向に発展していることを納得させる。
イーラはよく分からないまま相槌を打った。
だが、ジギスムントの雄叫びと共に土壁は弾け飛んだ。破片をエミリアが防ぐが、ジギスムントはそのサイズを大きくしていく。
双子がイーラたちを窓際に引っ張った。しかし、イーラはギルベルトの側へと駆け出す。
置いていけない。ギルベルトの周りにはもう血溜まりが出来上がっていた。イーラは手持ちの薬を漁り、ギルベルトの止血を始めた。
ジギスムントがイーラに気がついた。炎の腕をイーラに伸ばす。
イーラは逃げずにギルベルトを庇う。エミリアが「逃げて!」と叫んだ。
顔が熱い。肌が焼ける。目の前が眩しい。逃げたい。ここを離れたい。でもギルベルトを放置出来ない。守らなくては。
(私が───守らなきゃいけないの)
───バシャァア!!
床に水が撒かれた。水が魔法陣を消し去った。
ジギスムントは悲痛な叫びを上げて消えてしまう。
誰も状況が読めなかった。双子もエミリアも、ぽかんとして宙を凝視している。イーラも、魔法陣があった所をじっと見つめていた。
すると、ルッツが顔を覗かせた。
「あの、今······火事起きてなかった?」
「ルッツ!」
イーラは驚いてルッツの名を読んだ。ルッツはギルベルトを見ると、持っていた鉄の塊を投げ出してギルベルトに駆け寄った。
ギルベルトの傷を見るなり吐き気を催し、エミリアによって引き離される。ルッツは半べそかいてギルベルトを案じた。
イーラは止血を済ませると、薬研を置いて、テキパキと傷薬の準備を進めた。
エミリアはルッツを慰めながら、ちらちらとイーラの方を見る。イーラはエミリアの言いたいことを汲み取ると、「三分で終わるわよ」と素っ気なく言った。
「すぐ手当ては済むそうですわ。ああ、そういえばさっき鉄の塊のようなものを投げましたわね。あれは何ですの?」
エミリアはルッツの気を逸らそうと王座の下に投げられた鉄の塊に目を向けた。双子はそれを手に取ると、驚いた様子で会話をしていた。
ルッツは鼻をすする。
「えっと、なんか白い鳩が飛んできてよぅ。それを持ってたんだ。手紙が括りつけられてて、慌てて来たんだ。手紙の通りになっててびっくりしたけどな」
「手紙? 宛名は分かりますか?」
エミリアが聞くと、ルッツは手紙を渡した。
エミリアは封筒を受け取ると、宛名の確認をした。そして、封蝋の印字を読み上げた。
「───アマノハラ、でしょうか」
その言葉を聞いた瞬間、ギルベルトが起き上がろうとした。イーラは反射的にギルベルトを押さえつけて治療を続行する。
ギルベルトはその間、不満だと言いたげな声を漏らしていた。
「うるっさいわね。アマノハラってとこから来た手紙ってだけでしょ」
「違ぇよ。他のとこから来たやつなら別になんとも思わねぇよ。アマノハラだぞ? あーもう、最っ悪だぜ」
「何が不満なのよ」
ギルベルトは寝転がったまま、双子と目を合わせた。
双子は手紙の封蝋と確認すると、イーラたちに教えた。
「アマノハラはボク達とは仲が悪い国なんだ」
「通称『水魔導師の都』って呼ばれてる」
***
薄暗い部屋があった。
ゆったりとした青い布がテントのように壁を覆い、辺りにはごちゃごちゃと本やら壺やらが積まれている。
部屋の真ん中には小さな丸テーブルが置かれ、その上では大きな水晶玉が光を放っていた。
部屋にローブを被った男が入ってきた。
水晶に手をかざし、水晶の中を覗き込む。
そこにはギルベルトの不満そうな表情が映った。
「······ふん、予想通りだ」
男は鼻を鳴らすと、水晶にまた手をかざす。
「この子は······!」
男は水晶を荒く置き直すと、バタバタと部屋から出ていった。
水晶にはイーラの姿が映っていた。




