22話 王座に座る者
フィニの寝姿に背を向けて、イーラ、ギルベルト、エミリアの三人で作戦会議を始めた。
ギルベルトは城の見取り図を広げ、エミリアが作った土の駒をトンと門の上に置いた。
「正面から突っ切って王の間に行く」
「それは無謀です。王子とはいえギルベルトは死刑囚。裏から入るのが得策かと」
「いや、裏は兵の詰所がある。一応鍛え上げられた兵士だから、少人数じゃすぐ鎮圧される」
「城内に通じる地下水路などは? 流石にそこなら······」
「この国の川は水の代わりにマグマが流れてんだ。地下水路なんて引いてねぇよ」
「そうでしたわ」
「イーラはどう思う?」
ギルベルトが不意にイーラに話を振った。
イーラは一瞬呆気に取られ、「へっ?」と素っ頓狂な声を出した。ギルベルトはやはりな、と言わんばかりに口をへの字に曲げた。
「城に乗り込む方法だよ。何かいい案ねぇか?」
「······無いわ。考えてなかった」
「お前薬剤師だろ。何か体を透明にする薬とか、兵士を眠らせる薬草とか、そんな感じのヤツねぇの?」
「無いわよ。薬剤師が作る薬ってのは医療薬よ。決して他者を欺く薬じゃないの」
ギルベルトは「あっそ」と言ってため息をついた。
イーラはギルベルトに苛立ったが、すぐに冷静になった。
「アンタ、城に乗り込んでどうすんのよ」
イーラはギルベルトに聞いた。
ギルベルトも不意をつかれ、「んぁ?」と間抜けな返事をする。
イーラは手拭いでフィニの額を拭きながら話しを続けた。
「城に乗り込んで王様に何すんのって聞いてるのよ。牢獄にまで閉じ込められてあと二日で死んでたのよ。王座を奪うの? 同じ目に遭わせるの? まさか、殺そうとかって考えてないでしょうね?」
イーラはマシェリーの予言を思い返していた。
男の火魔導師が王を殺す。
王は他の兄弟を殺したと思われる。現状、男の火魔導師はギルベルトしかいない。他に生きている兄弟がいれば別だ。
しかし、イーラはどうしても聞かずにはいられなかった。ギルベルトの口から何をするかを聞きたかった。
ギルベルト頭の後ろで手を組んだ。
少し考える素振りを見せると、エミリアに目線を送る。エミリアはそれに微笑みで返した。
「──怒ってもいいぞ」
そう前置きした。イーラは少し前傾姿勢になる。
ギルベルトは膝に手を置き、腹を括ってイーラを見据えた。
「───火魔導師の証を返してもらうだけにしようと思ってる」
「······はぁ?」
ギルベルトは頭を掻き、困った様に視線を逸らした。
イーラは力が抜けて、手拭いを桶に落とした。
「いや、もちろん散々な目に遭ったからその分は怒鳴るつもりなんだ。けど、俺は誰も傷つけたくない。元々牢獄に入ってもおかしくない事はしてた。それに、今の王は悪政を働いてた訳じゃねぇ。殺す理由も王座を剥奪する理由もねぇんだよ」
ギルベルトの本音を受けて、イーラは納得して頷いた。
エミリアは微笑ましく見守るのを止め、土の駒を城の裏手に動かす。
「裏手から塔の窓に侵入しましょう。その方が王座には近いですわ」
「いや土魔法は目立つだろ。せめて魔法は使わない方針で······」
「何人で乗り込むつもり?」
イーラが口を開いた。議論していた二人は口を閉じ、ギルベルトは指を四本立てる。
「ここにいる俺らだけで行きたい。正直、民を率いてちゃ反乱としか見られねぇだろ。兵士との衝突は避けたいし、俺の目的は兄弟と話をすることだ」
「そういえば全力でフォローするって言ったわ。裏には詰所があるんでしょ。兵士の数はどれくらいなの?」
イーラが議論に加わり、作戦会議が着々と進んでいく。
終盤に差し掛かると、フィニが重そうに身体を起こした。エミリアが身体を支えてやり、イーラが診察をする。
顔色も脈拍も正常だと確認すると、全身から緊張が抜けた。
「フィニ、ぶっ倒れたけど平気か?」
「はい。すみません。その······迷惑を」
「おう礼はイーラに言いな。俺は何もしてねぇから」
「ごめんねイーラ。情けないとこ見せちゃった」
「別に良いわよ。恥ずかしいことじゃないわ」
イーラがフィニの目を真っ直ぐ見て言った。
「辛いならすぐに言って」と。フィニは目を伏せて頷いた。
ギルベルトはフィニをじっと見つめ、目線を逸らす。
「じゃ、最後のトコ詰めてくぞ。開始は明後日にしてぇからな」
「何で明後日なのよ」
イーラが聞くと、ギルベルトはニヤリと笑った。
「めでたい日だからだ」
***
翌々日──死刑執行日
曇り空が広がっていた。人々は窓から広場にそびえる大きな煙突を見上げていた。
この火魔導師の国では死刑が執行されると黒い煙が上がるらしい。
イーラも、城門の影から煙突を見上げていた。
ギルベルトが複雑そうにイーラの横顔を見た。
「なんで煙突見てんだよ。国の発展のシンボルだぞ。今は死刑の合図に使われてっけどさぁ」
「ねぇ、死刑にならなかったら何色の煙があがるの?」
「はぁ? 使われねぇよ。······死刑になればいいのか?」
「いいえ。しばらく掃除の必要が無さそうだから聞いただけよ」
「お前のサッパリしてるとこ良いよな」
しばらくすると城の裏手から鳥が飛んでいくのが見えた。
エミリア達は準備が出来たらしい。
イーラは急いで作った草の玉に導線と布を巻き付ける。数個作るとギルベルトから火打石を受け取った。
「健闘を祈るわ」
ギルベルトに一つその玉を渡すと、イーラはコソコソと裏手に回った。
ギルベルトはイーラが城の角を曲がるのを見ると、深く息を吸い込んだ。
「············覚悟はいいな?」
ギルベルトはそのまま城門に身を投げ出した。
***
イーラがエミリアたちと合流した直後、城門から雄叫びと悲鳴が同時にあがった。
「早すぎるわよ。私が見えなくなって五秒数えるんでしょ!」
イーラが音のする方を睨みつけ、エミリアは詰所の方に真剣な眼差しを向けた。フィニはコソコソと詰所のドアの前に立つと、耳を当てて中を確認する。音が無くなると、エミリアとイーラに合図を出した。
「行きますよ。まずは作戦通り、城門を開きます」
フィニがドアを開けた。
詰所にはまだ数人、兵士が残っていた。
兵士とイーラたちはお互いに無言で見つめ合う。少しの間を置いて、互いに臨戦態勢を取った。
「砂塵よ! 刹那の時を惑わす歌を!」
先手を取ったのはエミリアだった。
杖で地面をひとつ叩くと、杖の先を兵士に向けた。土は細かい粒子となって吹き込む風に乗って兵士の顔にまとわりつく。
顔を押さえて呻く兵士から武器をたたき落とすと、エミリアは杖で兵士の顔を殴っていく。
「さぁ、今のうちです!」
エミリアの普段とかけ離れた行動にイーラは驚きつつも、倒れた兵士を踏みつけて城内へと忍び込んだ。
『詰所を抜けて右の廊下、鍛錬場の前を通ってまた右に走ると城門前のホールに出るから』
事前にギルベルトから聞いた道順を辿り、ドアの前に着いた。少しドアを開けてホールの様子を覗くと、大勢の兵士が剣や槍を構えて門の前に詰めかけていた。
イーラは兵士の様子を確認すると、先ほど作っていた玉の導線に火をつけた。導線を伝って玉に火がつくと、白い煙をあげた。ホールに転がし、ドアを閉める。
剣や槍の落下音と兵士が倒れる様を耳で確かめながら、エミリアが感嘆を漏らした。
「凄いですわ。よく眠り玉を作れましたね」
「······エミリアさん、褒めてくれたのは嬉しいんだけど、私が作ったのは眠り玉じゃないのよ」
イーラは微かに漂う臭いに顔をしかめた。
***
昨日──市場
ルッツに案内してもらった朝市でイーラは薬草を探していた。
元々持っていた薬草が底を尽きそうだったのと、新たな薬草が無いと対応できないことが増えると判断したからだ。
(······見たことの無い物が沢山売ってるわね)
それでもイーラは見たことの無い果物や肉類に目を奪われる。ルッツも丁寧に教え、ぼったくりや詐欺からイーラを守った。
「ここはダメッ! 本物より偽物を多く売ってらぁ。あっちの方が安心だぜ」
「ありがと······。その、タダで案内させるのも悪いわ」
イーラはルッツに金貨を五枚渡すが、ルッツは一枚も受け取らなかった。
「恩がある」と言ってイーラの巾着袋に戻し、薬草売りの店まで連れて行った。
案内された店は上等な薬草が扱われていて、珍しい薬草も多かった。
「すごい。見分けるのが難しいのもあるわ」
「あぁ、テモラの葉かぁ。葉っぱの筋沿いに斑点がある······」
「ええ。慣れた人でも間違えるのよ。メルッザの露店でも、よくディモーレィの葉が売られてて、よく怒鳴ったものだわ」
「あはは······イーラはどこでも強いんだな!」
カバンに入りきらないほど薬草を買うと、イーラは「うっ···」と鼻を押さえた。
匂いの元を辿り、涙目でルッツに問いかけた。
「ねぇ、アレナニ······」
「あれはな──」
***
兵士が全員倒れたのか、何の声も音もしなくなった。
イーラが二人に鼻まで布を覆わせると、フィニが恐る恐るドアを開ける。
やや濁ったホールに兵士が寝そべってピクリともしない。イーラが先陣を切った後ろで、エミリアとフィニがたまらず声を上げた。
「「くっっっっさ!」」
鼻が曲がり腐るほどの悪臭。目に触れた煙に涙が出る。
吐き気さえするような匂いを放つ煙玉をフィニが引き気味に蹴った。
「ねぇ、これ何入れたの? くっさぁ······」
転がる玉は槍に触れて割れると、腐った肉のような物が出てきた。エミリアが唸って目を背けた。
「ルッツに聞いたのよ。この国の保存食らしいわ」
門の前まで兵士を跨ぎ、両側にあるハンドルを回した。
歯車が噛み合い鎖を上げる。金属を擦れ合わせながら開門すると、ギルベルトの暇そうな姿が現れた。
襲いかかった兵士は一人残らず蹴散らされ、あたり構わず投げ出されていた。ギルベルトはホールに足を踏み出すと大きく息を吸った。
「──おお、『腐った肉詰』か。焼いたの? 普通に焼けばくっせーぞ? ちゃんと洗ってハーブつけねぇと失神するぜ」
「知ってるわよ。聞いたわちゃんと」
戦闘心で五感が昂る人間に悪臭はどれほど聞いただろうか。イーラは泡吹いて倒れる兵士に哀れみの目を向けた。
ギルベルトは傍らの『腐った肉詰』を一つまみ拾うとそのまま口に放り込んだ。
フィニが悲鳴をあげ、エミリアが杖でギルベルトの腹を突く。ギルベルトはソレを吐き出すと、フィニが追い打ちをかけるように頭を杖で叩いた。
「有り得ませんわ。あんな汚いものを口にするなんて······!」
「ちゃんと全部ペッしてください! そしてあまり近づかないでいただけると······」
「保存食だっての。発酵食品と同じだ。ほら、チーズとか」
「チーズと一緒にしないでください!」
「チーズに失礼ですわ!」
「こんな腐ったもの食べるなんてこの国はどうかしてるわよ」
「俺一応ここの王子なんだけど?」
イーラはもう一つの煙玉に火をつけるとそれをホールに転がした。
「帰りに臭かったら困るから、匂い消しよ」
ギルベルトが笑ってイーラの頭を撫でた。イーラはその撫で方にマシェリーの温もりを重ねた。
「やめて。腐敗肉触った手でしょ」
「ちげーわ!」
しかし、イーラは反射的にその手を振り払っていた。
嫌だった訳では無い。むしろ嬉しかった。でも拒絶した。
イーラはモヤモヤした気持ちを抱えて階段を登った。




