20話 脱獄
冷たい鉄檻に灯火が揺れる。
数分置きに看守が巡回し、出口も魔法で固められた脱獄犯泣かせの牢獄はいやに静かだった。
看守が交代し、新たな看守が凶悪犯を監視する。
早速二人で巡回をした。鎧の音だけがやかましく響く。
牢の中では看守を睨む者や、威嚇する者が多く、看守はその度に腰の剣で牢の囚人を殴った。ガリガリに痩せて命乞いをする者もいた。転がった白骨を見下ろし、団子鼻の看守が呟いた。
「これくらい静かだったら楽なのにな。吠えないし飯もいらない」
「はははっ! 違いねぇ。ギルベルト元王子も早くこうなって欲しいな。······俺たちでやっちまうか?」
「ばか止めろ! あれは王様のオモチャなんだ。怒られるぞ!」
「冗談だって」
タレ目の看守はヘラヘラと笑った。
囚人を見下し、殴り、巡回をしていると手前の牢から少し変な匂いがした。ライトを掲げ、看守が恐る恐る近づくと、囚人の足が照らされた。
看守がライトを動かして匂いの正体を探る。
ズボンに血が垂れていた。上に行くたび血の量は増える。
看守が頭を照らした。そこにいたのはギルベルトだ。
壁にもたれて項垂れていた。
額からは、血が滴っている。
「おい! 何があった!」
「薬を取ってくる! 囚人を横にしろ!」
「分かった! 急いで持ってこい! おい、しっかりしろ!」
タレ目の看守は慌てて牢獄を駆けていく。
団子鼻の看守は牢の鍵を開けるとギルベルトに手を伸ばした。
ギルベルトの腕を掴むと、その腕を掴み返される。ギルベルトは血塗れた顔でニィッと笑った。
「ぎぃっっっっ─────!!」
ギルベルトは叫びそうになった看守の顔を殴り、強制的に黙らせると、首に手刀を入れて牢獄に寝かせた。
軽く息を吐くと、看守から鍵束を盗んでイーラたちの牢の鍵を探す。
「いやぁ、ホントに騙されるとはな」
ギルベルトは顔の塗料を拭いて鍵をさしていく。
なかなか鍵が合わない様子にイーラは檻を掴んでギルベルトを急かす。
「早くしないともう一人が来ちゃうわ。それに私たちは丸腰よ。応援呼ばれたらどうしようもないでしょ」
「落ち着けって。ここは外からかなり遠いし、俺は王族だから薬も医者も、王族専用じゃなきゃいけねぇからな」
「それ、すぐには来ないってことで良いのかしら?」
それでもイーラはギルベルトの背後を気にしながら扉が開くのを待っていた。二十数個目の鍵でようやくイーラたちは牢から出られた。
フィニが大きく伸びをして、エミリアが看守からライトを奪った。
ギルベルトは服に染みた塗料をみて、引き気味に笑った。
「よく持ってたな。没収されたはずだろ」
ギルベルトの服にベッタリとついていたのはオトナキビワの汁だった。オトナキビワの汁は絞って時間が経つと、赤く酸化する性質があった。
「意地で持ってたのよ。持ってなかったら本当に頭打ってもらってたわ」
イーラは荷物を没収された時、カバンからこっそりそれを取って隠し持っていた。別にこのために使うつもりは全くなかった。
ただ、食事に毒を盛られたことを想定して三つ、握っていただけだった。
ギルベルトはビワの甘い香りを嗅いでケラケラと笑った。
そして、先頭を切って牢獄を駆けて行った。
***
「ちくしょう! 開かねぇか!」
ギルベルトが扉に怒りをぶつける。
出口の扉まで辿り着けたものの、イーラたちは扉の解錠に苦戦していた。扉には何重にも魔法がかけられていて、エミリアは触れることさえ出来ず、ギルベルトは扉の魔法を解こうと苦労していた。
エミリアから魔法の使い方を聞いて実践しても開かず、城で読んだ本の魔法を試しても無駄に終わる。
無闇に魔力を削ったせいか、ギルベルトは崩れるように倒れ、エミリアに支えられて扉の睨んだ。
「私も、杖さえあればきっと······」
エミリアが悔しげに呟いた。
イーラはそっと扉に手を伸ばした。しかし、扉は鞭を振るうようにイーラの手を弾く。
弾かれた手は酷く痛み、そこで雷が暴れているようだった。
「魔導師でも開かねぇって、守り硬すぎんだろ」
「ええ、幾重にも重ねた魔法が邪魔ですわ。内側から開けるのは少々厳しいかと」
「······やっぱり、脱獄なんて出来ないのかしら」
イーラは弱音を吐いた。諦めた訳では無い。しかし、弱音を吐きたかった。エミリアは力が使えず、ギルベルトも具合が悪そうだ。自分も何の役にも立てない。
意志はあるが、力不足なのだ。
それでも何か方法を、と考えを巡らせるが、浮かんでは消える泡沫のようで形を成すことはなかった。
ふいに、イーラの服をフィニが掴んだ。
フィニは青い顔で酷く冷や汗をかいていた。心なしか息も荒く、反射的に手首を掴むと、脈が早くなっていた。
「どうしたの?! まさか具合が──」
「ち、違う。違うんだ。イッ······イーラァ······」
フィニはイーラの顔を見ると、突然泣き出した。
イーラの肩に顔を埋め、「怖い」「うるさい」「助けて」と泣きじゃくった。イーラはフィニの豹変に困惑した。
背中をさすり、深呼吸をしてフィニの言葉に耳を傾ける。
「さっきからすごく耳元で囁く声がするんだ」
「殺せって誰かがずっと言ってくるんだ」
「それが段々人が増えてうるさくなって耳が痛い」
「すごく怒ってて、すごく憎んでて、僕の胸に入って来ようとする」
「怖いよ。知らない人たちがすごく叫んでるんだ。助けてイーラ」
イーラは「大丈夫よ」としか言えなかった。
フィニは泣きながらイーラにしがみついていた。
ギルベルトはフィニの様子をじっと見ていたかと思うと、フィニをイーラから引き離し、自分に向き合わせた。
フィニは怯えながらギルベルトの目を見つめた。
ギルベルトはフィニを真っ直ぐ見つめると、両肩を掴んだ。
「その声の中に、俺を呼ぶ奴はいるか?」
フィニは震えながら頷いた。
ギルベルトはきょろきょろと辺りを見回すと、折れた檻の棒を持ってきてフィニに渡した。
「このくらいの長さなら、魔術は使えるか?」
フィニは驚きながら棒を握る。
イーラは「本気?」とギルベルトに尋ねた。
「確かに死霊魔術は禁忌よ。しかもここはアンタのお兄さんの領域でしょ。ここで使ってフィニが捕まったら殺されるわ」
「俺の他の兄がここに捕らわれて死んだ。しかも、この牢獄を作った張本人だ。なら、本人に聞いた方が開け方が分かんだろ」
「でも······」
フィニは棒の尖った部分で地面に魔法陣を描き始めた。
怯えながら陣を黙々と描き、描き終えると、イーラたちに「離れて」と距離を取らせた。
「どうか通報だけはしないで」
誰もしないのに、フィニは震えながら言った。
イーラはフィニが魔術を行う姿をしっかりと目に焼きつける。
「冥府を統べる我らが神よ。世界樹に眠りし御霊を我が元に呼び出し給え」
涙を流す姿とは裏腹に強く唱える呪詛に、背筋が凍る。
フィニは怖がりながら『口寄せ』をする。エミリアもギルベルトも、その様子を固唾を呑んで見守った。
「憤怒に呑まれる御霊の渦に、希望を叫ぶ彼の人を!」
蜘蛛の巣のように這う光が魔法陣を包み込んだ。
鮮烈な光が辺りを照らし、その眩しさにイーラたちは目を背けた。
しかし、バキバキッと音がして光は消えた。フィニは亀裂の入った魔法陣の中でぐったりとしていた。
「フィニ!」
イーラは駆け寄り、フィニを抱きかかえた。
フィニは「すみません」と繰り返し、顔を覆ってまた震えていた。
「失敗しちゃった······ごめん、イーラ。すみません、ギルベルトさん」
「いや、いい。無理言ったわ。悪かった」
ギルベルトは頭をかき、また扉を見つめた。
「はぁ、内側からじゃ開かねぇか」
ガコン────
扉が小さく揺れた。
歯車の回る音がして、重い扉がひとりでに開き始める。
ギルベルトはフィニから棒を取ると、扉に向かって構えた。
イーラはフィニを守るように抱え直し、エミリアはイーラたちの前に身を出した。
看守の仲間を警戒していたが、扉が開いても看守はいなかった。
その代わり、とある少年がイーラたちの荷物を抱えて立っていた。
「内側が頑丈なら、外側は弱いんだろ」
ルッツはアザと泥に塗れて笑っていた。
「だってそうじゃないと、看守が交代出来ないもんな!」
ルッツはエミリアに荷物を託すと、先導役を務めて牢獄を走った。
道には倒れた看守が転がっていて、皆眠っているようだった。
ルッツは眠りこける看守に唾を吐き、足を踏みつけて走った。
外は牢獄よりも明るくて、その明るさに思わず目を細めた。
イーラが目を開けると、牢獄の前にはたくさんの人がそれぞれ武器を持ってイーラたちを待っていた。
ギルベルトの姿を見ると、人々は歓声をあげた。
ルッツはギルベルトに深々と礼をし、隠れ家へ案内しようと背を向けた。
しかし、ギルベルトはルッツの腕を引き、思い切り抱きしめた。
ルッツは最初は状況が読めなかったが、ギルベルトに「ありがとう」と言われると、大粒の涙を零し、人目もはばからずに泣き出した。
イーラは安堵のため息をついた。
しかし、エミリアに肩を叩かれ、振り返ると、フィニがエミリアの腕の中で意識を無くしていた。
「フィニ!」
イーラがフィニの顔を覗くが、フィニは先ほどよりも酷く弱っていた。




