表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
108/109

108話 取り戻す

 世界は救われた。敵もいなくなった。

 万事解決。めでたしめでたし──に、なるはずもなく。



「なぁ、これ本当に俺らで直すの? 夜中なんだけど」

「当たり前サ! 壊した人間が責任もって直さないと! 英雄は免罪符じゃあない。『世界を救った。後はよろしく』なんて、愚か者のすることだろう」

「聖堂は私が直せるでしょう。石は砂が凝固したもの。なんとでも出来ます。が、世界樹は······どうしましょうか」



 エミリアは困ったように空を見上げる。

 枯れかけの世界樹は自力で再生出来る雰囲気ではない。今こうして見上げて考えている間にも、世界樹はじわじわと枯れていく。

 世界樹が枯れてしまったら、終末が訪れるのは時間の問題。イーラの中の魂を目覚めさせようがさせるまいが、世界が滅びるのは決定事項だった。


「イーラァ、何とか出来ねぇの?」

「ちょっと。私は薬剤師であって、樹木医じゃないのよ」

「でもよぉ。なんかほら、エルフ紋の力でパァーッと直すとか」

「出来るわけないじゃない! 私は今魔法が使えるようになったのよ!?」

「魔法を扱いきれてない小僧がなぁんか言ってるねぇ」


 喧嘩を始めるギルベルトとスイレンを放っておいて、イーラは世界樹の周りをぐるっと回る。

 カナは木の上に登り、枯れた葉っぱを労わるように撫でた。

 ジャックはフィニを監視しながら世界樹の様子をじぃっと見る。


 イーラは「タタラには怒られたくないな」と思いながら、スイレンに声をかけた。


「あのね、スイレンさん。原初の魔導師は、どうやって世界樹を育てたの?」

「あーっと、エルフ紋が木を植えて、あちしらが育てたのサ。何を考えているんだい? まさか、新しい世界樹を植えるなんて言わないだろうね。もしそうならあちしは全力で止めるよ。命の木を生み出す魔力は、今の人間にありゃしない。いくらイルヴァでも、体が四散してしまう」

「違うわ。そうじゃないのよ。私、さっきフィニを治したでしょう? その力をこれに応用出来ないかなって」


 イーラが考えたのは、イーラが世界樹を再生させて、弱った木にスイレンたちが魔力を与えるというもの。

 スイレンはしばらく考えると、「出来るかも」と提案に乗ってくれた。

 スイレンはギルベルト、カナ、エミリアに立ち位置を指示すると、自分も定位置についた。


「いいかい? イルヴァ。まずあちしたちが世界樹に魔力を与える。その間に再生させておくれ」

「分かったわ」


 スイレンにそう言われ、イーラは世界樹の根元に座る。

 スイレンはギルベルトたちに「いくよ!」と声をかけ、一斉に魔法をかける。


「水の知恵! 祈りの歌よ!」

「我が銃よ! 魔力を燃やせ!」

「土よ! 我が魔力を糧として······」

「風の戯れ 精霊の気まぐれ」


「世界に宿りし聖なる魔力よ 我が祈りを聞き届け給え」


 イーラは呪文を唱えて、世界樹を再生させようと試みる。

 だが、魔力は世界樹に入っていくのに、それがいまいち魔法として開花しない。


 スイレンたちも魔法を中断し、何とか息を合わせてみよう、タイミングを変えてみようと相談するが、全て失敗に終わった。

 最初にギルベルトの限界が来て、次にカナが疲れを見せる。

 イーラも初めての魔法に加減が出来ず、木にもたれて休憩する。


 スイレンはブツブツと独り言を呟いて「何がいけないのか」と原因を探る。

 フィニはイーラに恐る恐る近づく。ジャックの監視は厳しく、「大丈夫?」と声をかけただけでも威嚇するし、水を差し出せば毒味までする。


「ちょっと、ジャック。人の優しさまで疑わないで」

「さっきまで演技していた奴に、すぐ心を許せる方が不思議だ」

「もう魔物を召喚するだけの魔力はないよ。それに、イーラにもう、手は出さない」

「終末計画が失敗したからか?」

「助けてくれたから! 殺される覚悟で僕はずっと旅してたんだよ!」


 フィニの声を荒らげる姿に、イーラは少し和んでしまった。

 いつもオドオドして人の意見に流されてたのに。


「成長したって感じね」

「君は最後まで変わらない。お人好しだよ」

「褒め言葉だわ」


 フィニがジャックに怒られているのを見て、イーラはふと妙案が浮かんだ。

 ギルベルトとカナが寝そべっているところに行き、二人に魔法が使えるかを確認する。


「あと一回だな」

「カナも今はそのくらい。風が吹けば、いっぱい使えるよ」

「そう。分かった。あと一回だけ、頑張ってもらえないかしら」

「何を思いついた? お前いきなり『何で?』みたいなこと思いつくから。ちょっと聞いとかないと」


 ギルベルトに言われ、イーラはその妙案を伝える。案の定、ギルベルトからは「何で?」と呆れて聞かれた。

 スイレンとエミリアも集まって、イーラの口から作戦を聞く。ギルベルトと似たような反応をされたが、スイレンは「試す価値はある」と言ってくれた。


「いいんでしょうか。イルヴァーナさん、彼は······」

「手を貸してくれるわよ」

「何でそう言いきれんだよ。変な事しそうじゃん」

「しないわ。だって、私たちと一緒に旅してきたのよ。ねぇフィニ! ちょっと聞きたいんだけど!」


 イーラはフィニの方に走っていく。カナは「やっぱりイルルだ」と、嬉しそうに呟いた。



「──はぁっ!? 世界樹に『繋ぎ』!?」

「出来ない?」

「できるよ! 命であれば、何だって出来る。でも、世界樹にやった事ないんだ!」



 フィニはイーラの相談に、困り顔で乗ってくれる。が、フィニは難しいと言って中々やってくれない。


「前に言ったけど、あれは術者にも術を受ける側にも大きな負担がかかる。どんなに強い魔術師でも、連続でやるには三回が限度だよ」

「それは嘘じゃなかったのね。いいえ、一回でいいの。カナもギルベルトもあと一回が限界だわ。それにかけるしか今は出来ない」

「お人好しにも程があると思うよ。何で君を殺しかけた僕を頼るの」

「だって、お互い被害者なんだもの」

「──は?」


 日陰に追いやられた命の門番と、仲間の悲劇に怒り世界を滅ぼしかけた魔導師の、心の片割れを背負うもの。

 誰がどう言おうと、被害者であることに変わりはない。


 日向を望んだ彼らが、やり方を間違えただけ。


 今のイーラには、その程度なのだ。

 フィニは呆れたように笑うと、「本当にお人好し」とイーラを馬鹿にする。「それでいいわ」とイーラが返す。


「で、やってくれるの? 冥府の門番(オー・ジャック)さん?」

万能魔導師(エルフ)様に言われるんじゃ、敵わないな」


 フィニが了承すると、ギルベルト達は、再び定位置に着く。

 フィニはイーラと世界樹を挟んだ反対側に座った。

 杖を地面について、魔法陣を描く。指先の血を一滴世界樹に垂らし、最後の悪あがきが始まった。


「世界樹の下に生を受ける者、その命に祝福あれ。


 世界樹の元に眠れる者、その命に栄光あれ。


 世界樹の根に絡まる命ある者、死者の道に外れることなかれ。


 冥界を統べる我らが神よ。冥界に落ちゆく生者を救い給え。命の根源に慈しみの涙を恵み給え!」


 フィニがまず、世界樹に『繋ぎ』をする。その間に、ギルベルトとカナが十分な魔力を溜める。



「今一度、生きる喜びを与え給え! 『命を繋ぐ回廊インテングル・ハーデス』!」



 フィニの魔術が決まった。

 魔法陣の光は雪のように舞い、世界樹の幹に波紋が立つ。

 その瞬間を見逃さず、ギルベルト、エミリア、カナ、スイレンが魔法を叩き込む。


「水の知恵! 祈りの歌よ!」

「我が銃よ! 魔力を燃やせ!」

「土よ! 我が魔力を糧として」

「風の戯れ 精霊の気まぐれ」



「世界に宿りし聖なる魔力よ 我が祈りを聞き届け給え」



 イーラも魔力を注入する。

 だが、やっぱりダメなのか、世界樹が再生する様子はない。

 エミリアやスイレンも、魔法の威力が落ちてきている。


「やっぱり、無理なのでしょうか」

「諦めなさんな。気をしっかりもって」

「あーくっそ! そろそろ魔力切れんぞ!」

「カナもキツいぃ〜」


 イーラが少し、焦った時だ。



共鳴する狼の遠吠えリゾナーレ・ディ・ルーポ・ウルラート!」



 ジャックの遠吠えが、イーラたちの魔力に共鳴させる。

 共鳴するジャックの魔力が、四大魔導師に力を与えた。


「あざっすジャック!」

「ジャックは優しいね」


 ギルベルトとカナが元気になる。

 イーラは世界樹に額を寄せた。



(愛されたイリアーナ。あなたの愛した世界は、私が愛し続けるから)



「世界樹よ 全ての命の泉よ

 根を張り花を咲かせよ」



 イーラが呪文──いや、祈りと言うべきだろうか。

 世界樹に囁きかけるように、言葉をこぼす。それはとても小さな声だ。けれど、皆の耳に届く言葉だった。



「──慈愛の土よ 世界樹の根を支えよ」


 エミリアが愛を謳う。



「──叡智の水よ 命を潤す大河となれ」


 スイレンが知恵を湧かせる。



「──高潔なる炎よ 全てを等しく照らせ」


 ギルベルトが(こころざし)を掲げる。



「──自由な風よ 世界を駆け巡れ」


 カナが心を解放する。



 それぞれの魔法は繋がり、ひとつの輪を描いて世界樹に染み込んでいく。

 イーラの手元から伸びる光の芽は世界樹を上っていく。

 世界樹全体が眩しい光に包まれた時、イーラは力強い声で言った。


「終わらぬ今日が無いように、明けぬ夜もない。全ては等しく残酷に巡る時の中で起きること。

 涙で袖を濡らそうと、怒りに身を焦がそうと、喜びを知り、今あることを楽しみ、命の尊さを噛み締めなさい。

 月も太陽も、どちらもあなたを照らす光であるのだから」




貴方に(ドロップ・)生きる(ラーヴァ・オ)喜びを(ブ・イリアーナ)




 イーラの祈りが、世界樹に溶け込んでいく。

 世界樹は一際強い光を放つと、世界にその光を放つ。流星のように降り注ぐ光は、誰かの心に響くだろう。

 世界樹は、青々とした葉を揺らしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ