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105話 終末に笑うのは 2

「っ! 僕だって、いつもイーラに頼ってるような弱虫じゃない!」



 フィニは叫ぶ。そして、魔法陣を展開する。

 会議室をのたうち回るゾンビの群れに、ギルベルトたちはあっという間に囲まれた。


 ギルベルトは手当たり次第にゾンビを撃つが、十発中四発だけが、ゾンビを仕留めることが出来た。ギルベルトは舌打ちをして魔力を装填する。


「だぁぁあ! どこ撃ちゃ一発で死ぬんだよ!」

「元々死んでる。あの人たち、無理やり起こされたから、ちゃんとした姿になれないの。ちゃんとした召喚をされてないから、フィンのあやつり人形になってるの」

「じゃあ心臓はダメなわけだ。それ以外を狙っていこう」


 魔導師達で話し合っていると、ジャックとエミリアが先頭に飛び出す。

 ジャックは頭を噛み砕き、エミリアは鋭い蹴りで頭を吹き飛ばす。二人の獣じみた戦いに、スイレンはぽかんとした。


「ゾンビは頭を狙うといい。それで再起不能になる」

「死人に心臓(ハート)は持ち合わせてないのです。同じ急所なら、頭の方がよろしいかと」

「あっ、はい。じゃあ、そうするとしようかねぇ」


 エミリアとジャックの隙間を縫って、赤い水が伸びる。スイレンは水晶を掲げて呪文を唱える。


「叡智の水よ 忌まわしき歌 命の底より目覚めし者を還し給え

 全ては大いなる流れのふちにて起きる 些細な氾濫(はんらん)

 光に落ちる一点の闇 深淵より出でし者よ、深淵に戻れ!」



「水砲弾 異流血水 篠突(しのつ)く雨!」



 ジャックとエミリアはゾンビを踏みつけ宙へと避難する。

 その瞬間、彼らの周りを這う水が、全て鋭く尖り、連鎖するように部屋中に広がる。

 剣山ように伸びる水は、ゾンビを残らず穿っただけでなく、フィニの体も突き刺した。

 フィニは悲鳴をあげ、杖でその針をなぎ落とす。


「くっ! ここに、水なんてないのに!」

「馬鹿だねぇフィニアン。人間の六割は水なのサ。血なんてまさに、水に等しいだろう」

「さぁさぁ追い込むぞ!」


 ギルベルトはフィニに魔法陣を作る時間を与えずに銃を乱射する。

 フィニはローブの裾を焦がしつつも、その弾丸を逃れ、新たな魔法陣を描く。


「させない!」


 カナはフィニの魔法陣に入り込むと、魔法陣に手をついた。


「風の戯れ 精霊の気まぐれ」

「邪魔をするな!」

「······フィンの願い、きっとカナたちが叶えられたよ」



「誰も! 僕達の味方なんかしない!」



 フィニはカナを杖で殴り飛ばす。ジャックが素早く駆け出して、カナを受け止めた。


「冥府を統べる我らが神よ」


 フィニは呪詛を止めない。

 次に呼び出したのは、禍々しい、大きな半獣の悪魔。

 牛の上半身に人間の下半身。俗に、ミノタウロスと呼ばれる悪魔だ。


「いかん。カナトを隠せ! あれは子供を食べる!」

「子供でなければいいのでしょう」


 エミリアは折れた杖を拾うと、魔力の核となる世界樹の根を取り出した。

 それを、何に移し替えるでもなく、ゾンビが落とした汚い紐でくくり、腰に巻き付けた。


「スイレン、言っていましたね。杖など所詮、魔法を使うための媒介にしか過ぎないと。そしてこの魔力核は、(わたくし)の力を、最大限に引き出すと」

「······ああ、言ったとも。忘れちゃあいない。物なんて、いずれ朽ち果ててしまう。どのような形になろうと、自分が納得してりゃあ、それでいいのサ」

「ええ、その言葉で再確認しました。わたくしは、エミリア・ロックハルト。『慈愛』を冠する土魔導師(ノーム)にして、盗賊であり、ヴォイシュの神殺しの巫女。わたくしの全てを以て、フィニもイルヴァーナさんも、救ってみせます!」


「救えるもんか!」


 フィニはミノタウロスに命令する。「全てを壊せ」と。

 エミリアはミノタウロスを睨むと、「土よ」と温かい祝詞を唱える。


「我が魔力を糧として 迫り来る悪を滅ぼし給え

 その深き慈愛の腕で 悲哀にのまれた者を救い給え」


 エミリアは腰を低くし、足に力を込める。

 ジャックはエミリアの行為を察すると、奇声を上げるミノタウロスの前に飛び出した。エミリアはジャックに向かって駆け出し、ジャックが構えた腕に飛び乗る。

 ジャックは腕を空へ放り投げ、エミリアを天井高く飛ばした。

 エミリアは天井に手をつけると、少し向きを調整してミノタウロスの頭に狙いを定めた。

 天井が砂に変わり、エミリアに足に集まり固まっていく。

 エミリアはグッと足に力を込めて、ミノタウロスの脳天にかかと落としを決めた。



愛ある怒りノームコア・シューティング!」



 ミノタウロスの頭に突き刺さったエミリアのかかと。エミリアは足にさらに力を込める。

 ──ブチッ、ブチッ! と音がして、ミノタウロスの体は真っ二つに裂けた。黒い煙を放って落ちる、ミノタウロスだったものは、悲鳴を上げる余力もなく消え去った。


「う、嘘でしょ」


 エミリアの物理攻撃にフィニもがく然とする。

 フィニの気が抜けた隙を、ジャックが容赦なく噛み付いた。


 肩を食いちぎり、杖を持てなくする。

 腹に爪を立てて、動けなくする。

 腕の骨を折り、足も折って、逃げられなくする。


 人間でも嫌うような攻撃を、ジャックは躊躇いなくやってみせた。

 フィニは痛みに悲鳴をあげるが、抵抗することが出来ず、苦しそうに動かない手足を、できる限りバタつかせるだけだった。


「俺は、人間じゃない。だからこれくらいの事は普通にやる。忠告はした。それを破ったのなら容赦はしない」

「うっ、ぐぅ······! このっ、離せ······ぃた!」

「俺はイルヴァーナ・ミロトハを守る。言え! どうしたら、あれは止められるんだ!」


 ジャックは唸り声を上げて、フィニを脅す。フィニは血をペッと吐き出すと、「無理だよ」と笑った。


「あれは、僕の力でも止められない。終末は必ずやってくる。彼女は僕達に与えられた希望なんだ。イーラは、僕達を救う『破壊神(エキドナ)』なんだ。止められるとしたら、彼女にしか出来ない。でもその彼女の中は、かの万能魔導師(エルフ)の魂が蘇ってる。どう足掻いても、君たちに勝ち目はないよ。世界の隅っこで怯えてて?」


 フィニはそう言うと、生きることを諦めた目をした。

 ジャックは「そう言うのなら」と、牙を立てようとした。


「待って、ジャック!」


 カナは慌ててジャックを止めた。


「なんだ。カナトネルラ・キニアラン。こいつを生かしたところで、イルヴァーナ・ミロトハは戻らない」

「うん。起きたことは、元には戻らないよ。でもね、でも······」


 カナは言いづらそうにジャックをフィニから離し、手を握った。


「······フィニが死んだら、イルルは悲しむと思うのね?」


 カナのその一言に、ジャックは鼻で笑った。


「自分を殺した奴が死んで、悲しむものか」


 しかし、カナは真剣な目で語る。

 もしも本当にこのまま世界が滅びたとしても、イーラは悲しむだろう。

 しかし、仮に自分も世界も助かったとしても、フィニが死んだらイーラは悲しむだろう。


「イルルにとって、命は尊いもの。それは、一人だろうと世界中だろうと変わらない」

「······それも、そうさね。イルヴァが悲しむかどうかは、あちしらの推測でしか語れないけれど、フィニをこの場で殺したら、あの鴉がうるさそうだし」

「たしかに。保釈金で出てきたにしても、フィニを殺したらまたあの牢獄に逆戻りだ。ならいっそ、フィニをタタラに渡した方がまだ安全だろ」

「世界が終わるって時に、そんな悠長なことが言えるか!」


「ええ、言ってみせますとも」


 エミリアはジャックをたしなめる。

 この旅を先導したのは誰か。歪んだ魔導師たちを、無理やり日向に引っ張り出した怒りっぽい女の子は誰か。今一度、ジャックにそう問いかける。


「もちろん、えぇもちろん。彼女が全ての理由にはなりえませんし、彼女がいるからそうするなんて短絡的な考え方はしませんわ。ですが、彼女がこのまま大人しく、世界を滅ぼす引き金にされるとは思いませんの」


 エミリアは微笑んでイーラのいる光の柱を見つめた。

 ギルベルトもククッと笑い、頭の後ろで手を組んだ。


「そーそー。イーラなら絶対何とか出来るって。だって、世界の終わりとか、一番嫌いそうだし」

「たしかに。嫌いなものを問われて『死ぬこと』なんて、堂々と答えそうな子だからねぇ」

「イルルならきっと乗り越えられる」


 エミリアはジャックに言った。


「あなたが見たイルヴァーナさんは、そんなにも生気がありませんでしたか?」


 ジャックはその問いにくすりと笑う。

 そんなはずがない。誰よりも生命力があったのに、と。


「今こそ、その分厚い殻を脱ぎ捨てて、真の姿を見せとくれ。愛しいマシェリーの子」



「──いや、全てを愛する命の化身よ」



 スイレンは祈った。

 エミリアもそれに倣って祈りを捧げる。

 ギルベルトとジャックは神妙な面持ちで、イーラを見守った。

 カナは少しだけ不安そうに、スイレンの服の裾を握った。


 ──赤黒い光の柱に、小さなヒビが入った。

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