終末に笑うのは
隠されているはずの世界樹と聖堂は露わになり、世界にその赤黒い光を広げていく。
山を駆け下りるギルベルトたちは、イーラの無事とフィニへの怒りを募らせる。
「あぁチクショウ! こんなことになるなんて!」
「ここで怒ったところで何も変わりません。一刻も早く、聖堂に向かわなければ」
エミリアは苛立つギルベルトをなだめ、先頭を駆ける。
荒れ始める風が、もぎ取られる木の葉が彼らを襲う。カナは「風の戯れ、精霊の気まぐれ」とあの口癖をこぼす。
「こんなに風が吹くならきっと、カナが聖堂に運べるよ! 皆カナに掴まって!」
カナに言われるまま、皆が手を取って、カナに掴まる。カナの頬に、シルフ紋が浮き上がった。
カナは荒れる風に笑う。十分な魔力を体に受けて、楽しむように叫んだ。
「流浪の綿毛!!」
***
聖堂に着くと、そこは阿鼻叫喚だった。
脆く崩れた聖堂に威厳はなく、地面はひび割れ、草花は枯れている。
世界樹も幹が朽ち始め、ボロボロと表皮が落ちていた。
潤沢な水も乾き、世界の命が始まる場所は、全ての命が枯れる場所となる。
数十分前の見る影もなく、皆が呆然としていた。
「ああ、慈愛に満ちた土よ。命を飲み込む災いとなることなかれ」
エミリアは祈る。祈った直後、聖堂の中へと駆けて行った。
カナもエミリアを追いかけた。ギルベルトは舌打ちをして世界樹を見上げる。
「おいジジイ。あの野蛮な巫女を止めないと、フィニが殺されっかもしんねぇぞ」
「あちしは構わないと思うがねぇ。ちょいと、ジャックや。小僧も。手伝っちゃくれないかい?」
スイレンは覚悟を決めた表情で、二人を呼び止める。
ジャックに左腕を差し出して、スイレンは微笑んだ。
「あちしに札を剥がす術はない。だから、他人に手を借りる他ないと結論を出した」
ジャックもギルベルトも言わんとすることを察する。
この期に及んで五体満足なんて、スイレンは無理だと悟っていた。
「水ひとつで治る、便利な身体なんだ。体が欠けるくらいでピーピー言わないとも」
「本当に良いのか? イルヴァーナ・ミロトハが見たら、何と言うか」
「大丈夫サ。あちしを誰だと思ってんだい。原初の水魔導師、タキナミ・スイレンだよ。あちしはイルヴァを守ると約束したんだから、それを守るためなら安いもんサ」
スイレンの覚悟を聞くと、ジャックはギルベルトと目配せをする。
ギルベルトは無言で頷くと、スイレンに「恨むなよ」と言って、スイレンを押さえつけた。
「恨むもんか。腕なんか無くたって、あちしは偉大な魔導師なんだから」
──ジャックの唸り声と、スイレンの押し殺した悲鳴が響いた。
***
聖堂の奥で、エミリアは青筋を立てて杖を押し抱く。
ボロボロと涙を流しながらエミリア睨むフィニと、赤黒い光の柱の中に閉じ込められて眠るイーラ。
二人が迎えた結末を、エミリアは嘆き、祈りを捧げていた。
「よくも、イルヴァーナさんを」
カナはイーラとフィニの姿に涙をこぼす。
どうして、なんてカナは聞かなかった。
フィニは「もう止められない」と、イーラの前に立ち、終末を守った。
「僕は仲間を守りたかっただけなんだ!」
「私たちやイルヴァーナさんを、仲間とは思っていなかったのですか!」
エミリアは苦しみを吐き出すフィニを威圧する。
「あなたを支えたのは誰ですか! あなたを助けたのは誰ですか! ええもちろん、あなたが私たちを救ってくれた事もあります。だからこそ、これまでの旅路で培ってきたものを、偽りだなんて思いたくありませんの。私たちとの思い出を、嘘だなんて言わないで!」
「世界が滅ばないと、僕たちは永遠に日陰に生きることになる! 僕は世界を滅ぼして、死霊魔術師が統べる世界を創るんだ!」
フィニは魔法陣を展開する。
エミリアが杖で壁を殴ると、壁が砕け、無数のクナイに変わり、フィニに襲いかかる。
フィニはテーブルの下に潜り込んでそれを避けると、反対側に出て、魔法陣を描く。
「冥府を統べる我らが神よ! 命を貪る魔の精を呼び給え!」
呪詛を唱えると、魔法陣から女の手が伸びた。
ずるんっと体を引きずって現れたのは、上半身が女、下半身が蛇のラミアだった。
ラミアはカナに襲いかかる。エミリアはカナを守ろうと、杖をラミアの口にはめた。
しかし、エミリアの杖はラミアによって噛み砕かれる。
また半分に折れた杖に、エミリアはショックを受けた。
「一度とならず、二度までも······」
よろけるエミリアにカナは寄り添う。魔物が待ってくれるはずもなく、ラミアはまた、カナに襲いかかった。
「か、風の戯れ、精霊の気まぐれ!」
カナはラミアに立ち向かう。しかし、呪文を唱える前に、ラミアの牙がカナの首に刺さった。
「カナトネルラッ!」
エミリアがラミアを引き剥がす。カナはヒューヒューと、苦しそうに息をしていた。血が止まらないカナに、エミリアの冷静さが失われていく。
こんな時に限っていつも、自分は無力だと知る。情けない限りだ。
「落ち着いとくれ。エミリア」
状況に対して穏やかな声が降ってきた。
一発の銃声が響き、ラミアを遠くへ吹き飛ばす。吹き飛ばされたラミアに、トドメだと言わんばかりに狼の唸り声が飛んでいく。
「ジャック、首だぞ首。きちんと噛み潰せよ」
「誰にものを言っている、ギルベルト・シュヴァルツフラム。狼が獲物の仕留め方を知らないとでも?」
ギルベルトはフィニに銃口を向け、ジャックは血だらけの口で威嚇する。
スイレンはカナの首に手をやって傷を観察した。
「うん、がっぷり食われたねぇ」
「スイレン、薬を持っているのですか?」
「いんや。あちしはイルヴァみたいに、薬を持ち歩かない。かといって、今のイルヴァから薬をもらうことも出来やしない。なら、魔法で治すしかないだろうねぇ」
「······っ! しかし、治癒の魔法を使えるのは水魔導師だけ。あなただけです。あなたは魔法を、封じられているでしょう」
エミリアは目線を落とす。そして、ハッとした。
スイレンの片方の袖は血だらけだ。そして手を見せる様子がない。
「封じてる札が取れないのなら、いっそ腕ごと取っちまえばいい。そうすりゃあ、あちしは魔法を使えるだろう?」
そう言ってスイレンは水晶をカナの上に掲げる。
「水の知恵 祈りの歌よ 自由な風に癒しの雫を」
水晶から垂れた一雫は、カナに落ちて波紋を立てる。
カナの傷はみるみるうちに治り、青白い顔に温もりが戻る。
スイレンはフィニを見据えると、意地悪な笑みを浮かべた。
「降参しとくれ。そうすりゃ無駄な戦いを避けられる」
「降参しないって、言ったら?」
エミリアはカナを立たせ、テーブルを蹴り飛ばす。
フィニはしゃがんでテーブルを避けると、テーブルは壁にぶつかって割れた。ギルベルトが思わず口笛を吹く。
「やるなぁ」
「······肉弾戦の方が得意なもので」
エミリアは折れた杖の片方だけを手にすると、ギザギザした方をフィニに向ける。カナもシルフ紋を浮き上がらせたまま、フィニをじっと見た。
スイレンは自身の血を周りに従え、ギルベルトは撃鉄を起こす。
唸るジャックは、自ら狼に変化させようとしていた。
少し怖気付くフィニに、スイレンは「逃がさない」と言わんばかりに睨む。
「イルヴァが怒るより、怖い目をみせてやる」




