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後編(ある賢者の後悔)

「行ってしまったか」


 フルフェイスの仮面を外して、乱雑に散らばった物と、床から消えた魔方陣を見てぽつりと呟く。


 薄葉色の短髪に、色気を漂わせる目尻の皺。

 魔法の使いすぎによる身体の影響で、桃色の瞳は感情に合わせて色を変えるようになってしまった。

その瞳は今、己の完璧なホムンクルスであり――――かつての最愛の人を見送った虚しさで、心は凪ぎ、本来よりも薄い桃色をしていた。


 己の不始末でホムンクルスの少女を―――アンジュを手放してから、彼はカナタは人間をもうほとんど辞めていた。

魔法と無茶な実験の影響で、ほとんど精霊化していたし、亜空間にいるせいで時間の流れからも切断されている。


 アンジュがホムンクルスだと知っていたから、空間の狭間に飲み込まれ失われた彼女を、残された腕一本を頼りに複製しようとしたのがはじまりだった。

 無から有を造るよりも、それは遙かに楽な作業であり、いつしか彼は賢者と呼ばれるようになっていた。

 そして、気づいた。アンジュの腕は、いや、アンジュ自身がどう考えてもカナタが造った存在であると。


「私は…いや、ぼくは、失うと知りながらにきみを造り続けているのだろう」


 取り戻すための作業が、過去の自分に最愛の女を与え、必ず訪れる避けられない別離があると知りながら。

 それでもアンジュはカナタにとって、天使であり、母のような存在であり、姉でもあり、やがて最愛の女性となった。

指に嵌められた指輪は、クエストの報酬をこっそり貯めて、彼女とおそろいで買ったものだ。

指輪を己が造ったアンジュに見咎められた時には少し焦った。「ママは?」と聞かれた時には頭に血が昇って、押し倒しそうになってしまった。必死に自制したが。


「ふははは…。なあ、アンジュ。きみはぼくの息の根を止められないと嘆いているようだったけどね、できてるよ。ううん、違うな。できるようになるというか」


 カナタは大の字になって、床に寝そべった。

 過去に有機物を送るという果てしない魔法に、もう魔力はほぼすっからかんだった。

精霊化している影響で、完全に魔力がなくなれば、人間をやめた自分は消滅する。

短い間だったが、もう一度アンジュに会えて過ごせて幸せだった。

過去の自分たちもそうだったのだろう。

1週間、毎日まいにち、このまま過去の自分にアンジュをやるのをやめてしまいたいと葛藤した。


 だが、できなかった。


 息の根を止めてくれるなら、アンジュに関わることがいい。


 カナタは生きることに疲れてしまった。


「もう一度、きみに会いたかった…アンジュ…」


 カナタの気持ちに比例するように、残りかすのような魔力が体から抜けていく。

体がつま先からどんどん透けていき、存在が消滅し始める。

空間魔法で作った亜空間が揺らぎ始め、主とともに消え失せようとする。


「―――ァ。―――タ」


「ふは、幻聴か」


 自分と過ごすうちに人間らしくなっていたアンジュの声が聞こえる気がする。

 未練がましいと自嘲するカナタの瞳は青く、頬を涙が伝っていた。


「カナタ様!いや!死なないで!パパ!パパぁ!」


 ついには幻覚が。


 ぐにゃりと歪んだ空間が吐き出すように、髪が足首まで伸びたアンジュを吐き出し、アンジュは転がるようにしてカナタの体に縋った。


 縋った?待て、温かい??


「ワタシを置いていかないで!ワタシがあなたを、パパを、カナタ様の息の根を止めます!勝手に死なないでぇ!」


「な、なんで、お前…いや、アンジュ…」


 本物の彼女だった。

 片腕のない彼女。体液の大部分を失ったからか顔色は悪く、ボロボロだった。

しかしその愛くるしさは失われることはなく、花緑青色からはエメラルドがこぼれ落ちるように泣いていた。

 あの日失ったカナタのアンジュがいる。

 カナタは直感し、まだ消えていない腕で、アンジュの華奢な体を胸に抱き寄せた。


「えへへ、身代わりの花だよ?カナタパパ」

「その呼び方はやめろ…」


 生まれたてのアンジュの相手をしていた影響で、どうにも娘扱いしてしまう。

というか、一度は愛し合った女に、パパ呼びされるのは勘弁して欲しい。

カナタはうんざりしたように呟いて、アンジュの髪を見た。

 たしかにアンジュの言うように、彼女の桃色の髪からは自分が与えた髪飾りが消えていた。


「花が助けてくれたの。それにこの空間はカナタが許してくれたものしか入れないんだよね?あとあと、カナタがワタシを呼んでくれから!」


 ぎゅうぎゅうとホムンクルスの怪力で抱きしめられる。

 魔力切れで存在が消失する前に、怪力で肺が潰されて死ぬ。

カナタはばしばしと強めに、アンジュの体を叩いた。

しぶしぶアンジュは力を弱め、そしてじっとカナタの色の変わる瞳を見つめた。


「生まれたばかりのワタシが何を考えてたかわかる?カナタ」

「さあ。きみはポンコツホムンクルスだったから…」

「もう!ひどい!パパなら分からないかも知れないけど、カナタならもうわかるでしょう?」

「それは……んんっ」


 躊躇うカナタの口を塞ぐように、覆い被さってきたアンジュの唇を奪われ、舌を絡め取られて唾液と一緒に魔力を流し込まれる。

 無尽蔵に流し込まれる魔力に、どこから――とキスで朦朧としながらも、ふと思い当たる。彼女を毎晩抱いていた己が注いだもののなかに、魔力が混じっていたのだろう。

アンジュは無意識に、カナタの魔力タンクとなっていたようだ。

 消えかけていた体が再構築され、体も活性化し、いくらか若返る。

 アンジュと横に並んでも遜色しない姿となり、消えかけていた空間も再構築され、何故か一面花畑が広がる小さな家の前に二人で横になっていた。


「亜空間で漂っていたせいかな?ワタシ、今ならカナタの赤ちゃんも産める気がするよ」「はは、まさ…か…。!」


 そんなバカなとアンジュの腹に手を当てれば、そこにあるはずのない器官を認めたばかりか、機能も確認した。

 カナタは顔が青くなったり、赤くなったりする。

 まるで母乳をし始めたときのような初々しい様子で、アンジュは懐かしくて微笑んだ。


「存在できるだけ、ここでずーっとカナタといたい。それで最期はパパのお願い通り、ワタシがカナタの息の根を止めてあげる」


 精悍なカナタの頬に、柔らかな頬をすり寄せて、アンジュは甘えた。

 アンジュの腹に手を当てたまま、固まっていたカナタはその言葉にはっと我を取り戻し、そのまま自分のほうに強く抱き寄せた。


「そうだな。この完璧で天才な賢者であるぼくの息の根を止めるのはアンジュにしかできそうにないよ」


「ワタシ以外にはさせないよ。それが―――あなたの唯一の願いであり、悲願だからね?」


「ああ、ポンコツなアンジュに任せるのは気が引けるが…きみにしか出来ない。

愛してるよ、アンジュ。この息の根が止まるまで、永遠にきみを愛すると誓う」


「ワタシもカナタともう三度も離ればなれになるのは嫌!愛してる!」


「く、苦しい…」


 少女の姿に似合わぬホムンクルスの馬鹿力で抱きしめ返され、カナタは息苦しい声を出す。


「ご、ごめんなさい!パパ!」

「だから、もうパパはやめてくれ…」


 慌てて離され謝罪されるも、アンジュの呼び名にイケナイ扉が目覚めてしまいそうだなとカナタは花びらが舞う空間を見つめながら思うのだった。 

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