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中編

 ――――とすっ。


 空中で魔方陣が輝き、桃色の物体が落ちる。


 物体―――ホムンクルスの少女は、空気抵抗をものともせず華麗に着地し、そこが賢者の座標指定していたあるスラム街の路地裏だと悟る。

 目の端に動く物体が汚らしいネズミ、それから光沢ある虫。

息をするたび肺に満ちる埃っぽい空気に、可憐な少女の姿である己に注がれるならず者たちの不躾な視線に、端正な顔を歪ませて不快感を露わにする。


「さっさとミッション終わらせる」


 賢者が与えてくれた動きやすい革のブーツで、どす黒い液体が点々とする地面を歩き出す。

道中で背後から不意打ちで、行く先を塞ぐように立つ男たち、ニヤついた笑みを浮かべる脂ぎった商人、己に不貞を働こうとする人間たちを華麗に捌きながら、遂に目的の人物を見つけた。


 昼間から飲む男たちのダミ声が聞こえる酒場の裏。

 元の原型も分からないほどに薄汚れた衣服に身を包み、新聞紙を全身で体を覆った小さな少年。

顔は隠れて見えないが、痩せ細った手足は棒のようで、抵抗する力もないだろうと判断した。


(魔法を使うまでもない)


 ワタシはそう判断し、手刀を少年の首に落として息の根を止めようとして――――。


「おねえさん、天使…さま…?」


 人の気配に気づいた少年が新聞紙から顔を覗かせ、少女を見上げた。


 珍しい裏葉色の髪を幼女のように無造作に伸ばし、薄汚れていてもわかる中性的な顔立ち。

虚空を見つめていたはずの桃色の瞳は、ワタシを映すと光が灯るように輝き、まぶしいものを見るように目を細めた。


(――――か、可愛いです!)


 パパのことは秒で忘れた。

 ミッションはあとにしよう。今殺さなくてもいいはず。

 ワタシは手刀を降ろし、そのまま羽のように軽い少年を抱き上げ、守るように抱きしめた。


「はい、そうです。あなたを守るためにやってきた天使のようなものです(パパ、ごめんなさい。こんな可愛い男の子、ワタシには無理です!)」


 ワタシはポンコツホムンクルです。

 少年を抱え、汚れるよと離れるようにもがく少年を力強く抱き込めば、少年は諦めたのかぐったりと全身の力を抜いて甘えてくれた。

 ワタシは口元がムズムズするのを感じながら、高速回転で現在の情報を整理し、与えられた知識から、少年と生きていくための計画を構築する。

 こんな可愛い少年が、パパのミッション通りの目に遭わせなきゃいけない理由がありません。

ワタシが全うに育ててあげればいいのです。そして死ぬまで見届ければミッション達成です。

亜空間にいるパパに時の流れは関係ないと判断しました。八十年くらい問題ありません。


 パパに言い訳するように必死に頭を回転させる。


「おねーさん…お名前は?ぼくは、カナタだよ」

「カナタ様ですね。ワタシに名前はありません」

「そう…なの…?天使様なのに…?」

「そうですね。必要なかったので」


 パパとワタシのふたりだけだった。

 必然、相手を呼べば、パパはワタシ、ワタシはパパのことになる。


「じゃあ、天使(アンジュ)って呼んでいい…?」

天使(アンジュ)ですか。くすぐったいですね。構いません。ワタシは、今からアンジュです」


 よしよしと汚れた髪を梳くように撫でれば、カナタ様はふにゃりと笑って、ワタシの胸元に顔を埋めた。


 カナタ様のほうが天使ではないですかね???



 それからワタシの行動は早かったと思います。

 スラム街から最寄りのギルドに行って身分証を発行してもらい、日払いのクエストを幾つか受けてお金を稼ぎ。

安くて質の良い宿を受け付けの女性から教えて貰い、カナタ様と一緒にお風呂に入って綺麗にしてあげました。

少年はちらちらとワタシの体を見て恥ずかしそうに身を縮めていましたが、手で体を洗って、一緒に湯船につかる頃には甘えるように抱きついてくれました。


 そうそう、ワタシ、何故か母乳出るんですよね。

 自分でも舐めたことあるんですけど、栄養満点です。


 だから、栄養失調でほぼ骨と皮のカナタ様に母乳をあげました。


「え…あ……うぅ……。アンジュはぼくの…ママなの…?」


 何故か涙目になられながらも、宿のベッドの上で、カナタ様を横抱きにしてワンピースをめくりあげて胸を差し出せば、意を決したように母乳を吸ってくれました。

 小さな手でもっともっと揉まれたり、慣れてくると先っぽを噛まれたりして、ワタシは悩ましい吐息を吐いてしまうこともしばしばでした。


 ワタシの母乳のおかげでカナタ様はすっかり美少年に育ちました。

スラム街で捨て置かれていた少年の頃とは別人です。

美しい顔と相まって、貴族といっても過言ではありません。

 ワタシの魔法と武術があれば高ランククエストも余裕なので、すぐにお金は貯まりました。二人で住む家をギルドで選んで買い、住み始めました。

カナタ様は好き嫌いなくワタシの作った料理を全て食べてくれました。

消し炭のような料理も虫よりは食べやすいよと無垢な笑顔を浮かべて食べてくれました。

 それでもワタシは心配だったので、毎晩おっぱいをあげました。

体が大きくなって羞恥心が増したようなカナタ様も、ワタシが胸をはだけて根気強く待っていれば、やがてベッドに上がって吸ってくれるからイイコです。


「―――ちゅぱっ。あ、あのね、アンジュ。ぼく、魔法習いたい。肉弾戦も教えて」


 この国での成人手前の年齢になった頃。

 恒例の母乳タイムが終わったあと、大きな体を縮めてもじもじするカナタ様。

カナタ様にお願いされて否とはいえません。

一瞬、ワタシがカナタ様に戦闘知識を教えるとよくないのではないかとパパの仮面が頭によぎりましたが、カナタ様は可愛い子なので大丈夫だと切り替えました。


「はい、ワタシの知ること全てお教えします」


 普通の人間には無理なんじゃないかと思っていた魔法を、カナタ様は水を吸うスポンジのようにぐんぐん吸収してものにしていきました。

それどころかワタシでも扱うのが難しい魔法を習得したときには、この子天才では?と誇らしい気持ちになりました。

パパから与えられた魔法書を一緒に学習すれば、カナタ様のほうが先に学んでしまう始末です。

 肉弾戦のほうもワタシの武術を基本は簡単に習得しましたし、10回に1回は負かされるようになり、もう最後にはほぼ簡単にねじ伏せられてしまうようになりました。


「ね、ねえアンジュ。ぼく、アンジュが欲しい」


 ????


 よく意味分かりませんが、いつものように母乳の最中、カナタ様に桃色の瞳を潤ませながらお願いされれば否と答える理由はありません。


「どうぞ。ワタシはカナタ様とお会いしたときからカナタ様のものです」


 そしてカナタ様の命はワタシのものです。

 ターゲットにそこまえ告げるつもりはありませんでしたが、カナタ様は少し日に焼けた肌を真っ赤にさせてて、襲いかかってきました。


 はい、そう襲われました。

 怪力のホムンクルスのはずなのに一切抵抗できませんでした。するつもりも、ありませんでしたが。

 可愛らしい少年のように想っていたカナタ様はいつの間にか立派な雄になられていたのです、ええ。


 それから毎晩の母乳タイムが恥ずかしくなってしまいやめようとしたのですが許されず、むしろそれを始まりに、カナタ様に余すことなく貪られるようになってしまったのでした。


 カナタ様は人間で、ワタシはパパの造ったホムンクルスです。


 少年から青年、やがて大人の男性になっていくカナタ様。

 対してワタシは、カナタ様に最初に出会った頃から変わらぬ少女の姿のままです。

カナタ様は日に日に、どこか焦りをにじませるようになっていきました。

ドラゴンさえも仕留め傅かせる英雄となったのに、ワタシを片時も離さず、まるで時間に追われるように生き急いでいました。


「アンジュ!アンジュ!アンジュ!君に子どもが出来る体にしようか、ねえ、そうしたらぼくは少しは安心できるのかな」


 大人になり壮絶な色気を纏うようになったカナタ様。

 熱を出して、実を結ばぬ種を蒔いた後、ワタシの薄い腹を撫でながら、カナタ様は呟きました。


「カナタ様が安心できるのならワタシは何をされてもかまいません」


 ですが、パパがその機能をワタシに与えてくれいないのなら、無理なんじゃないかと思いました。


「――――わかった、頑張る」


 それを知らないカナタ様は、それからクエストを受け付けるのを一切やめ、ドラゴンを討伐した功績から各地の国立図書館の利用許可を得て、毎晩遅くまで研究を始めました。


 ですがどんなものにも終わりはくるものです。

 パパ、ごめんなさい。ワタシは天才のパパが造った完璧なホムンクルスではありませんでした。


 カナタ様の功績を妬み、またカナタ様の存在を脅威に思い、都合良く動かぬ駒でないならばと、憎悪を持って集まった集団に、ワタシたちの住処は襲われてしまいました。

 日々の研究で本調子ではなかったカナタ様は遅れを取り、ワタシは咄嗟に庇いました。


「いやだ、いやだいやだ!アンジュうううううう!」


 腕が吹っ飛び、いくつも重なった魔法により因果が収束し、空間の裂け目にワタシは飲み込まれてしまいました。

 最期に見たのは、虚無が広がる空間に飲み込まれるワタシに必死に手を伸ばすカナタ様でした。


(カナタ様、ごめんなさい。パパ、ワタシ、カナタ様の息の根止めれませんでした)


 ワタシは本当にダメなホムンクルスです。

 あんなに慕っていたパパではなく、カナタ様に付き従うことを決めた天罰でしょう。

 ちぎれた腕の痛みに朦朧としながら、体液がこぼれ落ちていくのと同時に命さえも失われていくのが分かりました。

ワタシは目を閉じ、そのまま意識が闇に飲み込まれ…て…。


 ……。

 …………。

 ………………。

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