第4話 後味の悪い現実
日が沈み闇に包まれた夜の森の道を優と亜理紗の2人は会話する事無く歩き続けている、ダンジョンの中で女神サティスが言っていた通り魔力に反応する苔が所々に生えており道をわずかに照らしていた。本来であれば軽口を言い合いながらもお互いを励まして進むのが正しいのかもしれないが、自分達の責任では無いにせよ1人の女性が野盗達に連れ去られ辱めを受けたあげくに自ら死を選んでいた事実が心に重くのしかかっていた。
「なあ、亜理紗。村に着いたらまずは宿を見つけて、それからどこかで美味い飯でも食おう。腹が減っては戦も出来んと言うしな」
重い空気に耐え切れなくなり優の方から話しかけてみる、気の利いたセリフでは無く飯の話題しか出せないのが少し悲しい。
「いらない・・・今は食欲が湧かないの」
亜理紗はまだ気持ちの切り替えが上手く出来ないみたいだ、自分の身に置き換えて想像出来てしまうからだろう。
「俺がもっと早く召喚されていればとか、お前がもっと早く封印から解放されていればはあくまでも仮定に過ぎない。もし仮に攫われる前に俺が召喚されていたとしても、野盗と遭遇せずに森を通り抜けていれば結末は変わらない。むしろ俺達が倒さなかった事で更に被害が増え続けるかもしれない」
「そんな事、言われなくても分かるわよ」
「とりあえず今回の件で、モンスターと暗黒神だけを倒せば良い訳では無い事を俺達は知った。なら、これからは俺達の手の届く範囲だけでも守れる様に行動しよう。そして少しずつ手を伸ばして範囲を広げる事が俺達が果たすべき役割じゃないかな?」
「ええ、その通りだわ。自分がもしも同じ目に遭っていたらと考えるだけで何度も鳥肌が立った。この悲しい結末を2度と起こさない為にも、私はもっと強くならなければいけないのよ」
どうやら上手く立ち直ってくれたみたいだ、出来ればもう暗い表情は見たくないから笑顔でいて欲しいと優は願った。
森を抜けるとなだらかな傾斜の平野が広がっていた、傾斜の先には大きな集落も見える。恐らくあれが亜理紗が立ち寄ったという村の現在の姿なのだろう。俺達の居た世界の倍近い大きさの月の光は森の中とは比べ物にならないほど明るく地面を照らしており、その月明かりに導かれる様に2人は集落へ向かった。
近付いてみると集落は村というよりも町に近い、入り口に行くと門番らしき人が居たので優が話しかけてみる事にした。
「こんばんわ」
「ああ、こんばんわ。っと言いたいところだが、こんな夜更けに村に何の用だ?」
「出来れば明朝すぐに領主とお会いしたいのですが、どこか泊まれる宿は在りませんか?」
「生憎ともうこんな時間じゃ宿の連中も既に寝てるよ、だが領主様に何故会わねばならないのだ?」
「実は夕方近くにこの先の森で野盗に襲われまして、何とか倒したのですが野盗の持ち物の中に領主の娘の遺品が混ざっていたので」
優が懐から懐中時計を取り出して見せると門番の顔色が変わった。
「何故それが遺品だと分かるのだ!?さてはお前達も野盗の仲間だな、領主様直々に取調べをして頂くから覚悟しろ!」
門番が笛を鳴らすと、町の中から武装した衛兵達がやってきて優と亜理紗を逃がさない様に取り囲む。衛兵は亜理紗のアロンダイトを奪うと兵舎の中に在る牢獄に2人を押し込めた。
「くそっ!俺達の話をまるで聞こうとしない、それにアロンダイトまで奪うなんてどういうつもりなんだ!?」
「あの剣も誰かから盗んだ物としか見ていないって事よ、寝心地は正直言って良くないけど地面に横になるよりはマシね。明日は領主が直々に取り調べてくれるという話だし寝ておきましょう、寝不足だと正常な判断も下せなくなるわ」
「自分の剣を奪われて悔しくないのか?」
「悔しいを通り越して、呆れてる。それにこういう扱いを受けて分かった事がもう1つ有るわ」
「それは一体何だ?」
「野盗達が出るキッカケを作ったのは多分ここの領主とやらの人格よ」
翌朝出された朝食は固いパンの欠片と味の全くしない豆のスープだった、犯罪者だと決め付けられた扱いに憤った優は抗議の意思を込めて食事を拒否しようとしたが亜理紗から反対された。
「とりあえず胃に入れておきなさい、空腹では力も出ないから」
亜理紗も強引に喉の奥に押し込んでいる感じだ、本当はすぐにでも暴れたい気持ちを我慢しているのが分かると優も今までで最も不味い食事を始めた。
食事を終えた2人の両手に手錠を嵌めると衛兵が領主の屋敷まで馬車の荷台に載せて運ぶ、そして領主の前に2人が引き出され衛兵の1人が領主に遺品の懐中時計を手渡すと領主は残念そうな顔を浮かべた。
「そうか・・・娘は既に死んでいたか。子爵家へ嫁ぐ事が決まっていたというのに可哀想な事をした」
しかし、次に口にした言葉に思わず耳を疑う。
「だが有力貴族の1人であるワイト伯爵家の遠戚となる機会を潰すとは、この後どう謝罪するべきか考えてから死ねば良いものをあの親不孝者め」
実の娘を罵る領主に怒りを覚えた優が思わず叫んだ。
「てめえにとっては実の娘が死んだ事よりも政略結婚の成否の方が大事なのかよ!野盗の連中が言っていたぞ、娘が自ら舌を噛んで死んだと。娘と同じだけの誇りとプライドが有るなら決してそんな言葉は口に出来ない筈だ、違うか!?」
「薄汚い盗賊風情はその口を閉じろ!食うに困って仲間を裏切る様な連中の話など聞く必要は無い、今すぐ広場で絞首刑にしろ!!」
ここで衛兵の1人が領主にアロンダイトを手渡した、鞘から抜いてその刀身を見た領主は何やら思いついた様だ。
「どうせこの剣も旅の商人か何かから奪った物だろう?これ程見事な剣ならば、我が家の家宝と言って差し出せば三男坊位を養子に貰えるかもしれないな。死ぬ前に我が家に幸福を齎してくれて感謝するよ」
その時、これまでずっと黙っていた亜理紗の口が開いた。
「戻りなさい、アロンダイト。そして私の手錠を切るのよ」
アロンダイトがわずかに光ると領主の手を離れ、本来の持ち主の元に戻りながら両手に嵌められた手錠を切るとその右手に納まった。
「優、絶対に動かないでね」
亜理紗は唇を重ねると優の手錠を切り2人は自由の身となる、それを見た領主が大きな声で叫んだ。
「衛兵共、この狼藉者を今すぐ殺せ!命令に逆らう者は家族諸共、絞首台行きだぞ!!」
衛兵達が一斉に槍を構える、亜理紗は剣を振り上げるとその剣圧で屋根を吹き飛ばした。
「死にたい者から私に挑みなさい!でも死ぬ前にあなた達が本当に挑むべき相手は誰なのか良く考えるのよ」
優は亜理紗に耳打ちされると、アイテムボックスの中から野盗が身に着けていたバンダナを取り出してその場に投げ捨てた。
「野盗は自分達の事を赤巾賊と称していたみたいね、彼らが死んだり絞首刑となったのはそれだけの罪を犯した報いかもしれないけど盗賊に身を堕とさねばならなかった原因は領主あなたのその身勝手さじゃないの!?」
「何を言うか!?領民は領主の命令に従うのが当然だ。それにどれだけ酷使して死んだとしてもすぐに子供を生んで数を増やす、家畜と同じ存在なのだよ」
亜理紗は輝きを失いつつある剣を領主に向けた。
「あなた達も今の言葉を聞いたでしょう!自分達の家族の未来をこんな男に託してそれで良いの?このままで良いのなら私達は今すぐ町を立ち去ります、けれどこの領主よりももっと相応しい者に町の未来を委ねる意思が有るのなら私がその助けになるとこの剣と共に誓いましょう」
衛兵達の動きが止まる、そして1人また1人と亜理紗ではなく領主に向かっていった。
「貴様らどういうつもりだ!領主である私の命令に逆らう愚か者を早く取り押さえんか!?」
両手を押さえられながら領主は衛兵に連れ出された、そして衛兵の1人が優と亜理紗の前に歩み寄ると兜を脱いだ。
「あなたの言葉で目が覚めました、私達は家族を守る為と言い訳をして本当の敵から目を逸らしていたのです。あの領主はこれまでに何度も重税を強いて民を苦しめてきました、その圧政で得た富で有力貴族の歓心を買い政略結婚の話を進めたのです。これからこの町に溜まった膿は全て排除される事になるでしょう、ですがその痛みをあなた達が背負う必要は有りません」
衛兵が男らしい笑顔で話を続けた。
「領主を勝手に裁いた罪は私が被ります、国に対する反逆罪とされるかもしれませんがこれまで大勢の民を見殺しにしてきた報いは受けねばなりません。それと私個人の身勝手なお願いですが、これ以上余計な血が流れない様に部下達を守って下さい」
男は頭を下げると待たせていた部下達の下へ戻る。
「残っている者達は屋敷の中を捜索しろ!圧政や不正の証拠を洗いざらい見つけるのだ、そして不正に関わっていた者を1人残らず検挙せよ」
屋敷の主の居なくなった部屋に優と亜理紗の2人だけが残された、気の抜けた亜理紗がその場に座り込む。
「どうやら、私達助かったみたいね」
「そうみたいだな、お疲れ様。凄く格好良かったよ」
「これは本来男の役目の筈なんだけど?」
「多分、俺だとここまで上手くいかなかった筈だ。それに君は昨日よりも遥かに強くなったと思う」
「お褒め頂いてどうも」
優の差し出した手を亜理紗は掴み立ち上がる、そして出来る限りの手助けをする為に先程の衛兵の男を2人は探し始めた。