第2話 真名
石像を前にして優は躊躇していた、石になっているとはいえ相手の了解を取らずにキスしてしまって良いのだろうか?それに・・・情けない事だが、これが優にとっての初キッスでもあるのだ。
『どうされました?ほら、思い切ってブチューといきましょう!』
「ブチューって嫌な表現だな!」
『じゃあ、レロレロ?』
「どこでそんな擬音を覚えた!?」
そんなやり取りを数分程していると、いい加減考えるのが馬鹿らしくなってくる。優は覚悟を決めて、石像の前に立つと目を閉じて石像の娘の唇に自分の唇を重ね合わせた。
チュッ
石の様な硬い感触がした、しかしすぐに柔らかい感触へと変わる。
「・・・・ん」
目を閉じていたので変化の様子を見ていなかったが石像にされていた娘は元の身体に戻っていた、長い黒髪を持ちブレザーの制服を着ている。
「何・・・この変な感触」
娘がゆっくりと目を開くと、眼前で知らない男に唇を奪われている光景が有った。
「きゃあ!!」
ゲシッ!
「げふっ!?」
娘が優の腹部に蹴りを入れた!腹を押さえその場に倒れこむ優、娘は優に剣を向けながら叫んだ。
「あなた一体何者!?私のファーストキスを奪ったのだから、死んでも後悔しないわよね?」
「後悔するわ!封印を解く為に俺だってお前に初キッスを捧げたんだぞ!?」
「あなたの初キッスを捧げられる位なら、ゴキブリとキスする方がマシよ!」
「ほう、そこまで言うか!なら、次にお前が石像になったら本物のゴキブリのキスで目覚めさせてやるよ」
サティスは目覚めた途端に喧嘩を始めた優と娘を見て、先程までの優とのやり取りが同じレベルなのだと気付くと自省しながらも2人に話しかけた。
『あの~私もあまり長い時間この空間に存在する事が出来ないので、今後の事を2人で相談して頂けますか?』
「そうだった、口喧嘩をしている場合じゃなかった。実はここに居る女神サティスが姿を消すとダンジョンの外に逃げていたモンスターが一斉に戻ってくるらしい。だから2人で協力して突破して欲しいそうだ」
「はぁ!?ここまで1人で来るのだって死にそうな思いをしてきたのよ。それなのに、こんな武器も持たないオッサンと一緒じゃ出られる訳無いじゃない!」
「オッサン言うな、俺はまだ30だ」
「30も私から見れば十分オッサンよ」
今度は優の年齢で口喧嘩を始める2人、喧嘩するほど仲が良いと言うがこのままでは2人仲良くご臨終だ。
『2人共口喧嘩をしている場合ではありません!私がこの空間に居られる時間も限界に差し掛かっております、優様は急いでアロンダイトの真の力を解ほ・・・
最後まで言い終わらないまま、サティスの姿が徐々に薄くなり完全に姿を消した。そしてダンジョンの中にモンスターの雄叫びが響き始めた。
「ちょっと、モンスターが戻ってきたじゃない!?さっきサティスが言い掛けていた私の真の力って一体何?」
「まだお前はそのアロンダイトの力を完全に引き出していないそうだ、そしてお前の真の力を俺が引き出せるって話だ」
「その引き出す方法って・・・・まさか!?」
「多分当たり、キスだそうだ」
ゴツッ! 思わず優の顔面をグーで殴っていた。
「2度も3度もあんたなんかとキスなんてしたくないわよ!仕方ないから、このまま切り抜けるわよ」
娘が剣を構えて走り出すと同時にモンスターが姿を現した、人の身体に犬の顔を持つコボルトと呼ばれるタイプで棍棒を持っている。
「死にたくなかったら、私から決して離れないでよ!」
娘がコボルトを斬りながら、前に進む。優は邪魔にならないだけの距離を保ちながら必死で後を追う、だがその裏で優の脳裏では妙なテロップが流れていた・・・。
【5Gが振り込まれました、5Gが振り込まれました、錆びた短剣が振り込まれました、5Gが振り込まれました・・・】
優は左手を右手の甲の上に乗せて錆びた短剣を取り出すイメージをしてみた、すると
【錆びた短剣を取り出し装備しました】
っとテロップが脳内で流れる。左手で持っている短剣を右手に持ち帰ると少しだけ距離を詰めた。
「ちょっと、その短剣どこに隠し持っていたのよ!?」
「いや、これはお前が倒したコボルトが持っていた得物みたいだ。報酬のお金と一緒に俺のアイテムボックスに送られてきた」
「私が倒したモンスターの報酬が全部あなたに送られているの!?それじゃ、手柄を横から掠め取るハイエナと一緒ね!」
口喧嘩しながら2人は襲ってくるコボルトの群れを次々と倒しながらダンジョンの外を目指す、真の力を引き出していないのにコボルトが全く相手にならない。ならば、彼女は一体何に敗れたというのだろうか?
走り始めてから15分ほど経過した頃、2人の目の前にダンジョンの出口が見えてきた。
「良かった・・・やっと外に出られるわ!」
娘が走るペースを上げ、優との距離が徐々に開いた。
「待ってくれ、少しは周りも注意しないと」
優の言葉も聞かずに娘は1人で先にダンジョンの外に飛び出した次の瞬間1升ビン程の太さの鉄の棒が横薙ぎに襲い掛かる、咄嗟に娘がアロンダイトで受けたが受け止めきれずに弾き飛ばされた!
「きゃあああ!」
娘は5m近く飛ばされ地面を転がる、ようやく追い付いた優の目の前に立っていたのは身長3m近い赤銅色の肌を持つ巨鬼オーガだった。
「くっ!まさか・・・まだあんたがここに居たとはね!?」
アロンダイトで身体を支える様にして立ち上がる娘を見ながら、オーガが急に笑い出した。
『ガハハハ、これは面白い!どんな手段を使ったのか知らないが封印を自力で解いた様だな、だが奇跡は2度は起きぬ。今度は石像ではなくミンチにしてあの世に送ってやろう!』
「それはこちらのセリフよ、今度こそあんたを倒してみせる!!」
オーガに剣を向ける娘を見下す様にしながら、オーガがゆっくりと言葉を紡ぐ。
【椎名 亜理紗】
ビクン! 娘の動きが急に止まった、何かおかしい。
【椎名 亜理紗よ、剣をゆっくり下げろ】
「何で・・・何で私の身体が自由に動かせないの!?」
娘が必死に抵抗する顔を見せるが、表情とは反対に構えていた剣がゆっくりと下げられる。
『お前はあの時、死の恐怖から我輩に真名を漏らした。故にお前は我輩の命令には決して逆らえぬ』
(椎名 亜理紗・・・それがこの娘の名前、真名と呼ばれる物なのか!?)
「動いて・・・動いてよ!そしてこの剣を喉元に突き刺すのよ!!」
亜理紗という名前の娘は涙を流しながら、剣を構えようとするが腕は微動だにしない。その様子を見ていたオーガが何かを思い付いたらしく残酷な宣告を始めた。
『そうかそうか、その剣で自害して果てたいのだな?ならば、その願いを叶えてやらねばいけないな』
亜理紗の顔が絶望に染まる、オーガは亜理紗に自分で剣で喉を突き刺せと命令するつもりなのだ。最早一刻の猶予も無い、優は思わず叫んだ!
「椎名 亜理紗!お前は俺以外から出される命令を全て無視しろ!!」
「えっ!?」
『何!?』
横から急に真名による命令を割り込まれるとは思っていなかったのか、オーガは驚愕する。そして慌てて言おうとしていた命令を叫んだ。
【椎名 亜理紗よ、その手に持つ剣で己の喉を刺しその命を我に捧げよ】
だがオーガの命令に亜理紗は反応を示さない、優の出した命令が優先されたらしい。ひとまず助かったがこのままでは勝つ事は難しい。優は申し訳無いと思いつつもこの場を切り抜ける為、亜理紗の真の力を引き出す命令を出した。
「椎名 亜理紗、急いで駆け寄り俺とキスをしろ!!」
「えっ!?ちょっと待って!!」
このままではこの男と再びキスをする羽目になってしまう!亜理紗はオーガの死の命令から助けられた事も忘れてこの場から逃げ出そうと試みるも無駄な足掻きだった・・・。
チュッ♪
再びキスをする優と亜理紗、セカンドキスまで奪われた亜理紗は既に半泣きだ。その場に崩れ落ちて泣き始める亜理紗を呆然と見ている優とオーガ・・・色々と状況が変わり過ぎてお互いに判断が追い付かず身動きが取れなくなっていた。
ポゥ! 未だ泣いている亜理紗の身体が光に包まれた、そして手に持っていたアロンダイトに集まると光輝く刀身に生まれ変わる。
「これは!?」
剣の急激な変化に驚く亜理紗、オーガも我に返ると鉄の棒を振り上げながら襲い掛かってきた。
『所詮、女の腕で我輩の攻撃を防げるものか!ミンチとなってあの世で後悔しろ!!』
振り下ろされる鉄の棒を亜理紗は咄嗟にアロンダイトで受けた、すると今度は豆腐みたいに簡単に鉄の棒を切ってしまった。
『馬鹿な、こんな事ありえん!?』
動揺するオーガの隙を亜理紗は見逃さなかった、トドメを刺すべくオーガの頭上へ高々とジャンプする。身体能力まで強化されたみたいだ。恐怖を感じたオーガが丸太に近い太さの腕で防ごうとするが、アロンダイトはやはり軽々と腕を切り裂きながらオーガを一刀両断にして斬り捨てた。
【50Gが振り込まれました、鈍らの剣2本が振り込まれました】
サティスがどうやら亜理紗の切った鉄の棒を鈍らの剣に作り直してくれたらしい。振り返ると息を整えている亜理紗の持つアロンダイトの光が徐々に弱まり初めに見た状態へと戻っていた。
「どうやら真の力は長時間引き出せないみたいだな、だけど無事に倒せて本当に良かったよ」
優が亜理紗に手を差し伸べるが、その手を勢い良く弾かれた。
「良い訳無いでしょ!!これから何度もあんたに無理やりキスを強要されるって事じゃない!?私のファーストキスを返してよ!」
再び泣き始める亜理紗、優は泣き止むまでじっと見守るしか無かった・・・。