19話 模試
僕も先輩も、殊更にいつも通りを取り戻そうとする。それは傍から、例えば紅林さんから見れば滑稽であったかもしれないけれど、それによって金曜日の部活は何もなく終わった。
お陰で僕は、落ち着いた思考の中で今日の模試に望むことができる。
センター試験は本来2日で行われるところを、この模試では1日に詰め込む。だから、朝はそれなりに早いし、夜も結構遅い。国立志望なので、科目数はフルだ。
社会科が2つの文系の人よりは少し遅れて、僕は試験会場へと入った。模試とはいえ、少し緊張する。僕は緊張をほぐすために、試験開始までの少しの待ち時間で参考書ではなく文庫本を読むことにした。
『カイコとアゲハ』というタイトルのついたそれは、妹にオススメの恋愛小説を貸してくれと言ったら渡されたものだ。
なんか、簡単に言うと、地味っ子が恋して頑張って綺麗になるというだけの話。何が面白いのかさっぱりわからない。僕にはやはり、人が死ぬ話の方が合っているようだ。
そんな話を、やっぱりつまらないよなぁとか思いながら読んでいると、すぐに試験開始時間となった。初めは社会科。申し込みは世界史でしてしまったが、なんか変えられそうだったので日本史を解くことにした。
*
模試は、まぁ、特筆するようなことはなかった。センター試験らしい問題が出て、それを普通に解いた。出来は、問題集でやった時と大差ないだろう。たぶん7割くらいだ。
7科目を終えて、時間は20時前。もうクタクタだった。さっさと帰ろう。
いくら疲れていてもふらつくほどではなく、普通の足取りで会場を出た。当然すでに日は落ちていて暗い。
「よっ、おつかれ」
そんな中で、突然に肩を叩かれれば、驚くし警戒もする。僕はぶるっと身を震わせて振り返った。
「驚かせたか。悪いな」
そこには、大白先輩が僕と同様疲れた様子で立っていた。
「いえ、大白先輩もお疲れ様です」
「おう。まっ、俺は理系科目だけだから半日だったけどな。蒼井は朝からだろ? マジでお疲れ」
「いえ、修学旅行から帰った直後の大白先輩の方が疲れていると思いますよ」
2人で会話をしつつ駅へと向かう。実際はそんなでもないのに、大白先輩と話すのが久しぶりな感がある。きっと紺野兄妹のせいだ。
「1日空いてるからそこまでじゃない。土産は明日の部活で渡す」
「結局何を買ったんですか?」
「ちんすこうとストラップ。茶番だってわかってても、明日の先輩とのやりとりは面倒そうだ」
大白先輩はそう言って苦笑する。そんなに嫌がっている風でもない。
「まぁ、茶番ですから」
「土産の話は置いといて、模試はどうだった? 9割はできてるとか言うなよ、俺が泣きたくなる」
「7割くらいだと思います。なんか、こう、ポツポツとわからない問題があるんですよ……」
「いや、1年で7割って十分だろ。センターって、受験生の平均が6割だからな。っても、お前は平均よりだいぶ上を目指すんだろうけどな」
別に目的意識があって上を見ているわけではないが。ただ、勉強が得意でなくなれば、僕はアイデンティティを失うというだけ。
「先輩は、8割取るのは簡単だって言ってましたよ」
「あの人基準で言われてもって感じだけどな……。俺、たぶん今回、英語8割乗ってねぇし」
「センター試験対策っていつまでには終わらせとかないとマズいんでしょうか?」
「塾の先生曰く、少なくとも2年の夏だと。俺、終わってねー」
大白先輩は笑いながら言うが、本当に笑い事程度に捉えているのかはわからない。
「センターの問題は簡単だってしきりに言われてさ。確かにわかるぜ、こんな問題解けるかってのは出てない。でも、だから解けるってわけじゃねーんだよなぁ……。数学なんて、ちょっと計算ミスすれば、やり直しで超時間を食う。それでアウトだ。厳しい。俺は記述の方が好きだね」
「理系科目については、マークシートより記述の方が解きやすいのは同感です。ただ、文系科目なら、僕は選択問題の方がいいです」
「そうか?」
「答えが1つに確定しますから。国語の記述問題って、いくらでも書きようがある感じじゃないですか。でも、選択なら嘘文は明らかに間違ってますから」
「そういうもんかね。俺には、嘘文も案外あってるように見えるけど」
「それは大白先輩の国語力の問題ですよ」
「あ?」
ちょっと調子に乗ったら、怖い顔で睨まれてしまった。
「冗談です」
「いや、確かに国語力はないけどな。でも、実際に読書する時とか、選択肢なんてないだろ?」
「実際に読書する時に国語の問題みたいな考え方はしませんよ。嫌ですよ、そんな読書」
「実際に本読む時に使わないなら、国語でいう読解力って何を問われてるんだよ」
「文章を分析する能力じゃないですか? 僕は、読書する時は分析よりも感動を重視したいです」
「考えなくても感じられるのが名作ってわけだ。蒼井は評論は読まないんだっけか?」
「読まなくはないです。確かに、評論を読む時は国語の記述問題的な考え方も必要だと思います。でも、行間を読む必要がある評論より、行間がない評論の方がわかりやすくていい評論ではないでしょうか?」
本を深く読んでしっかりと理解する、それも読書の1つのスタイルであることは間違いない。だが、サクッと読む手軽な読書だって、別に軽視されるいわれはない。そんな読み方でも楽しめる本を名著だと言ってもいいと、僕は思う。
「そういうもんかね」
大白先輩は興味なさげにそう言った。まぁ、僕がどういう風に読書をしているかなんて、大白先輩にはまったくもってどうでもいいことだろう。
そんなどうでもいい話をしているうちに、駅へと到着した。
「じゃ、明日な」
「はい。また明日」
僕たちはそう挨拶を交わして別れた。
さて、家に帰ったら自己採点するか。
16話が2つになっていて、ここ数話の話数がおかしくなっていたのを修正いたしました。このような間違いに気づいた方がいましたら、教えていただけると幸いです。




