18話 人間関係ってのは面倒くさい
『紺野: 兄に文芸部に関わらないようにと伝えたとこ……』
夜。模試に向けて机に参考書を広げていると、そんなLINE通知が来た。既読をつけるかどうか悩む。
……後でいいか。
『紺野: 兄があからさまに落ち込むことは珍しいので……』
『紺野: 文芸部と兄の間に何かあったなら、私なんか……』
続けざまに振動するスマホ。気が散る。兄が落ち込んでいる程度のことがそんなに気になるのか。うちの妹だったら……気にはしないだろうなぁ。たぶん。
仕方なく勉強を中断し、LINEを開く。
『紺野: 兄に文芸部に関わらないように伝えたところ、とてもショックを受けた様子で、その理由をご存知でしたら教えていただけませんか?』
『紺野: 兄があからさまに落ち込むことは珍しいので、ちょっと心配でして』
『紺野: 文芸部と兄の間に何かあったなら、私なんかでは何もできないと思いますが、お願いします』
なんと返答すればいいんだ、これ。あんなの、放っておけよと思ってしまう。
『蒼井: お兄さんは文芸部をよく思ってくださったようですから。ただ、本当に近づかないようにはお願いします』
『紺野: 蒼井くん、兄のこと嫌いですか?』
あからさまに拒絶しているのだから、そう思われるのは当然だ。まぁ、先輩云々を抜きにしても、あの意識高い系は苦手ではある。
『紺野: 変なことを聞いてしまってすみません』
『紺野: ただ、蒼井くんの兄への当たりが強いような気がして』
『紺野: すみません。そんな気がしただけで。ごめんなさい』
立て続けに送られてくるメッセージ。紺野さん、打つの早い。
『蒼井: 紺野さんが謝ることなんてないですよ』
とりあえずメッセージを送る。このやり取り、面倒だな。早々に終わらせたい。なんと返せば終わる? 既読無視……は後で面倒くさそうな気がする。
『蒼井: 実際、お兄さんは苦手なタイプではあります』
『紺野: 兄のどこが問題でしょうか?』
無理矢理終わらせよう。ただただ面倒くさい。
『蒼井: 僕が個人的に苦手というだけなので。もういいですか?』
『紺野: すみません。夜遅くに。おやすみなさい』
話す気はないというニュアンスは伝わったようだ。別に夜遅くであることが問題なわけではないのだが。
『蒼井: おやすみなさい』
僕はLINEを閉じると、スマホを充電ケーブルへとさす。はぁ、と自然にため息が出た。
僕の紺野さんへの評価は、真面目で、普通で、仲良くできそうな人だった。実際、中間試験以来、友達だと言えなくもない関係だった。だが、少し認識を改めた方がいいかもしれない。
あの人は、人に対して適度な距離感を持っていると思っていた。こちらに踏み込んでこないから、接しやすいと思っていた。しかし、案外そうでもないらしい。
僕は、人間関係を基本的には面倒だと思っている。だから、人と近い距離感で話したくはない。
紺野さんと夜にLINEをやりとりするような間柄になりたくはないし、関係はないが、先輩についても近しい存在になりたいとは思えない。
僕はそういう考え方をする人間らしい。
人間関係ってのは面倒くさい。深く関わるほどに面倒くさくなる。面倒なのは嫌いだ。
紺野さんとのやりとりだったはずなのに、なぜか、結局は先輩のことを考えていた。あの人と、僕はどのくらいの距離感でいるべきか。
僕はあの人が好きだと思う。だが、それは恋ではなく、同族愛。今の距離が心地よくて、より近しくなりたいとは思っていない。現状維持が最良。あの人は僕にとって、かけがえのない友達なのだ、たぶん。
スマホを充電ケーブルから外し、またLINEを開く。
『真っ白最高: 明日蒼くんが死んだらさ』
『真っ白最高: わたしは蒼くんに恋をしていたって思うかもしれない』
何度もこれを見直している自分が嫌になる。この言葉をどう捉えたらいいのか、僕はきっと、まったくもってわかっていない。ずっと混乱したままなのだ。
その瞬間だった。
『真っ白最高: サラサラが会いたいってさ』
先輩からメッセージが送られてきた。
『真っ白最高: 既読はやっ!?』
先輩から見ると、ノータイムで既読がついたことになる。つまり、僕が先輩とのトーク履歴を見ていたことがわかってしまう……。
『蒼井: サラさんがですか? 一体どうして?』
僕はそれを誤魔化そうと、そう送った。でも。
『真っ白最高: 蒼くん、この前のメッセージ見返してた……?』
あぁ、もう、全部紺野さんのせいだ。そうやって意味不明に紺野さんを責めても、現状は解決しない。
『蒼井: あの暗号が気になりまして』
今度はそうやって誤魔化す。これで誤魔化せているだろうか。あの暗号、『04%6.04%2(0295☆』なんてのは、実際はすぐに解けた。
『真っ白最高: あー、あれか! 気にしないでいいよ。あの日はテンションがおかしかったからね、気の迷いだよ。全部サラサラが悪い』
『蒼井: それより、サラさんはどうして会いたいと?』
『真っ白最高: あのアンケートの今集まってる分の集計が終わったから、見せてくれるって』
『蒼井: それは興味あります。ぜひ』
『真っ白最高: じゃ、日付を決めよう』
それからは無難なやりとりが続いた。後はサラさんに見繕った日付の中から大丈夫な日を教えてもらえばいいというところまで決まって、僕は会話を終わらせるために『おやすみなさい』の文字を打つ。だが、それを送信する前に、先輩からのメッセージが届いた。
『真っ白最高: とりあえずこの日付をサラサラに送っておくねー。あと、あの日は本当にテンションがおかしかっただけだから、気にしないで。おやすみ』
そう言われるほどに気になるものだ。僕はすでに打ち込んだ『おやすみなさい』を送信して、それでもLINEは閉じなかった。
テンションがおかしかったという先輩の送った言葉。あの暗号、フリックで五十音と対応させれば、『わたしは、わたしがわからない』。本当に、あなたはわけがわからない。
僕はLINEを閉じた。しかし、それでも。
『真っ白最高: 明日蒼くんが死んだらさ』
『真っ白最高: わたしは蒼くんに恋をしていたって思うかもしれない』
この言葉たちは、僕の頭の中を回り続けていた。




