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17話 会長候補


 授業を終えて放課後。僕は紺野さんに、あの品行方正とは言い難い会長候補について尋ねることにした。できれば、妹という立場から文芸部に近づかないように言ってもらいたい。


「あの、ちょっといいですか?」


「えっ? あっ、はい」


 紺野さんは少し戸惑った風に頷く。この人は普通だよな。この人とあれが兄妹とは信じ難い。いや、うちも他人のこと言えないか。


「昨日、お兄さんと話しました」


「えっ!? おに、……兄が学校に来ていたんですか?」


 あー、朝39℃の熱が出たことになっていたんだったか。


「はい。ものすごく元気そうでしたよ」


 もちろん、この言い方は告発の意を込めている。


「熱はすぐに下がって、大したことなかったとは聞いてました。……本当だったんだ。よかったぁ」


 が、告発の意は読み取られなかった。この人はアレを信用しているのだろうか?

 いや、単に僕があの人に悪い印象を持ち過ぎているだけなのか?


「あの、ちょっと漠然とした質問なんですけど、お兄さんってどういう人ですか?」


「とても優秀な人です。なんでもできて、……私とは大違いです」


 うーん。優秀か。あまり参考にならない。勉強はできるんだろうけれど、そういうことを聞きたいんじゃない。


「あの、いや、なんというか、お兄さんの尊敬する人とかわかりますか?」


 なんかもう意味不明な質問だが、先輩信仰を確認したい。いや、これで先輩の名前が出たらかなりひくけど。


「兄は、フレーベルという教育学者を尊敬していると言っていました」


 この謎の質問に対して、紺野さんはすぐにそう答えた。冷静に考えると、よくそんなことを知っているなと思う。僕は妹の尊敬する人なんて知らない。


 フレーベル。僕はその人を知らない。あとで調べよう。


「教育に興味があるんですか?」


「はい。兄はとても子どもが好きで、ボランティアでよく小学校や幼稚園に行っています。そういうところもすごいです」


 小学校や幼稚園でボランティア……。子ども好き……。普通ならプラスの意味合いを持つはずの言葉なのだが……。


「あの、ボランティアって学校の他には?」


「小児科の病棟に行ったり、地域の交通安全教室に参加したり、兄は色々やっています。消極的な私と違って、行動力があって、身内贔屓かもしれませんが、自慢の兄です」


 ボランティアへの積極参加は評価されるべきことなのかもしれないけれど、そうだけれど、しかし、いやぁ……。


「えっと、お兄さんに、文芸部には関わらないでくださいと伝えてもらえますか?」


 迂遠なのが面倒になったので、もう直接言うことにした。決して、先輩と関わらせたくない思いが急上昇したわけではない。


「……それは、兄が優秀だからですか?」


 すると、何やら紺野さんはよくわからない話を始めた。


「兄と一緒にいると、私は何もできない自分によく絶望します」


 ん?


「蒼井くんも、だから兄と関わりたくないんですか?」


 全然違う。でも、なんかもう色々言うの面倒だし、それでいいか。


「まぁ、そんな感じです。理由はともかく、文芸部に関わらないように伝えてください」


「はい、わかりました」


 とりあえず、距離が取れるならなんでもいい。


「なんか、色々ありがとうございます。放課後に呼び止めてしまってすみませんでした」


「いえ、こちらこそすみません」


「いや、紺野さんが謝る理由って、完全に何もないですよ?」


「えっと、あの、すみません、ありがとうございます」


 なんかもうよくわからないので、とりあえず「では、また明日」と告げてその場を後にした。まぁ、理由もなく謝ってしまうというのも、わからなくはないけれど。


 さて、フレーベルだったか。


 廊下で一度立ち止まり、スマホを取り出してググる。


 フリードリヒ・ヴィルヘルム・アウグスト・フレーベル

 ドイツの教育学者。幼児教育の祖。小学校就学前の子どもたちのための教育に一生を捧げた。


 これだけで判断するのはどうかと思う。だが、なんというか。


 あの会長候補には、本格的に文芸部に近づかないでいただきたい。


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